第八話 守護者・姫騎士
う~トイレトイレ。
今トイレを求めて全力疾走している僕は高校に通うごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすれば。
トイレから出てきた男子のファスナーが外れていたのだ!
「おいヒロ!ファスナー!」
「あっ……。サンキューな、ユウタ」
良いことをした後は気分が良い。
けど。
「妖怪を載せながら人に声を掛けるのは、どうも居心地が悪いよな~」
俺の手の平の上には、30cm級……ひとまわり大きい35cm級の女騎士が乗っかっているのであった。
「貴殿!いま虚言を弄したな!」
何も嘘なんかついてないんですけど。
「いいや、嘘だ!貴殿が感じた居心地の悪さ!それは私を手の平に載せていることによるものではない!」
――友人のファスナーを指摘する前に、貴殿自身のファスナーが開いていないか、確認したであろう?そのことに後ろめたさを感じているのだ!――
「くっ……!なぜそれを!」
「私がそのような状況を司る妖怪だからだ!開いているファスナー、歯についている青のり、こんにちはしているhanage……指摘する前に、つい自分を確認してしまうのは、私のおかげなのだ!」
いかにも騎士、全身鎧という大げさな格好で、やっぱりやってることは小さいんだよなあ。
「小さい!?ならば大げさな話にしてやるぞ!……およそ人は他者の過ちを非難する前に、守りに入る!己に過ち無きことを確認してしまう! それだけではないぞ?バカッ○ーを見よ!自分が犯したことのない罪を他人が犯したときは容赦なく指弾するくせに、自分が犯したことのある罪を他人が犯したときには寛容になる!なぜか分かるか?自分も許されたいからだ!」
その場に崩れ落ちそうになった。
トイレに行きたいというのに。
「貴殿のその罪、私が許そう。私は聖騎士、そのために存在しているのだからな。私は人の弱さを守る!何があっても絶対に守る!」
輝く鎧、もろ手に丸い盾。槍も剣も持っていなかった。
全長35cmの妖怪に、神々しさすら覚えた。
……ファスナーからこぼれ落ちてきたことに目をつぶれば。
「細かいところにこだわるな! 見るが良い、ユウタよ! あそこにまた罪びとが……」
優等生のくせにどこか間が抜けているクラスメート、通称「キーパー」のファスナーが開いていた。
隣のクラスのリア充、通称「アクセル」が、それに気づいた。
まさに俺がしたように、アクセルが自分のファスナーに手をかけ……。
引き下げた!?
「おいキーパー、ファスナー開いてんぞ?」
「おっと、ありがとなアクセル! って、お前も開いてんじゃん!」
「そんなわけ……うわっ!」
談笑の輪が広がってゆく。周囲の男子全員がファスナーに指をかけ、上げ下げしながら。
リア充しゅごい。
姫騎士さん?
「くっ!殺せ!」
敗北宣言早すぎません?
ああもう、全身鎧で膝をついちゃって。自分で起きられないのに。
ともかく助け起こそうとしたその時、高笑いが聞こえた。
「ふっ!所詮貴様はその程度!守りに入ることばかり考えるから、真に大切なものを守れず失うこととなる!」