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第二十話 自習! 自っ習っ! 


 目の前に、浴衣の少女がいた。

 しゃがみこんだその手には線香花火。小さなきらめきを映す瞳が、こちらを見上げて微笑んだ。

 ……30cmサイズなんだけどね?


 「そっか。自習なんて概念、昔は無かったんだろうし」


 「儚いお祭りでしょ?」


 ああ、だからその格好。

 白地はともかく薔薇色に輝く大輪の花なんて意匠も、昔は無かったはず。


 「食い入るように見詰めているとこ悪いけど、防透け加工されてるからね?」


 間違いなく現代妖怪ですね!

 技術の進歩ってすばらしいなーコンチクショー。



 「この時間、C組は体育だったよね」


 窓際から聞こえる声に振り向けば、人の塊ができていた。

 高みから眺める体育の授業、至福のひと時ですなあ。

 いえ何も、女子の授業だからって話じゃなくて。



 「分かるよユウタ。普段見られない景色って新鮮だよね、ちっちゃなことでも。その辺が私の管轄だから」


 梅雨も近づき陽射しと湿気が強まりつつあると言うのに、ここんとこ体育はサッカーで。 

 隣のクラスの連中がひいこら走り回る様子を上から気楽に眺めるのが良いんだよ……なんて趣味の悪さでもないだろうけれど。窓際に集まっていた数人、気楽なことを言い放題。



 「あー。反応遅いって!」

 「走ってれば間に合ったよね」


 スポーツを見るとき、なぜか人は評論家になる。専門家でもないくせに。

 これも「現代あるある」じゃないですかね? 

 妖怪さーん、隠れてないで出ておいで。できれば防透け加工されてないヤツ。


 「みんなで観戦しながらわいわい騒ぐ。それもひとつのお祭じゃない?」


 姿を消した浴衣女子、いつの間にか俺の背後に回っていて。

 

 「今のユウタも、傍観者の評論家だよ?」


 何か含みのある物言いだけど、相手が30cmの女の子では、苛立ちをぶつけるわけにもいかなくて。

 それでも睨みつけてやれば、背を向けた窓から歓声が聞こえて来た。


 「あのスルーパス、狙いは最高だと思うんだけど。追いつけないだろ……え?」

 「誰あれ? 足速くない!?」


 ゴリこと佐藤香里の声はよく徹る。姿勢が良いからだろうか。

 大したことない疑問まで、まるでおおごとみたいに聞こえる。

 

 「そんなに……って、ああハイハイ」


 背中越しの気配、わざわざ立ち上がって覗き込んだ割には無頓着で雑な返し。

 聞きなれた声の主はジュリーだった。


 こいつは同じ中学の出身で、英語の授業で7月(July)を読み間違ったせいであだ名がついた。

 他人がつけたあだ名だの、自分でつけた名乗りだの(黒歴史)には妙にこだわるお年頃のはずが、根が大雑把なこいつは無頓着で。悪ふざけがそのままあだ名として定着しても、眉ひとつ動かすことはなかった。

 

 「何その微妙な顔。ほら、追いついて折り返してるよ! ゴールキーパーと一対一! ……って、そこでふかすかぁ?」


 「微妙な顔にもなるだろ? ヒロって言うんだけど、恵まれた身体能力から糞みたいな運動神経ってヤツなんだよ」


 雑にもほどがあるだろ、女子の前で糞ってお前。

 でも20mもオーバーしたボールを拾う羽目になったキーパーの災難を思えば当然か。

 ともかくゲーム再開、憂さ晴らしのようなロングキックが、カウンターに繋がったらしく。

 

 「あ、さっきスルーパス出してた人……敵のドリブルもスルーしてる」


 「アクセルは知ってるだろ? あいつはヒロの逆。恵まれた運動神経からジジイみたいな身体能力」


 「しょうがないよ、ぜんそく持ちだもん。それでも授業に参加しようってのがアクセルだよね」


 これまた聞きなれた声、中学からの同級生。

 佐藤香里といつもつるんでる、吉田佳奈。


 背を向けたまま視線を落とせば、浴衣妖怪も俺に背を向けていた。

 ちりちりと、俺にだけ見える線香花火のほとばしりが、やけに刺々しくて。

 

 「根性あるんだ?」

 

 「何事にもいっちょ噛みせずにいられないだけ。自分をスルーして物事決められるのを嫌がるんだよねアクセルは」

 

 佐藤の問いに、吉田はその代名詞にもなってる毒舌を叩きつけてたけど。

 彼女の毒は本気じゃない。褒め言葉の割引きだったり、真摯な忠告だってことを俺は知ってる。


 放たれたシュートはゴールキーパーに阻まれたらしい、背後の歓声を聞くに。

 再びカウンターが始まり、ヒロが激走し、あさっての方向にシュートを放ち、それでも幸いコーナーキックを獲得した、ようだ。

 

 「またヒロ君? 背、高くないよね?」


 最高のポジショニング、皆から頭ひとつ抜き出るほど高くジャンプしたところに、アクセルのコーナーキックがピンポイントで飛んできて。

 ピンポイントだったおかげで、飛び上がりすぎていたヒロの鼻とアゴを強打したボールは再びフィールドの外へと飛び出していった……らしい。


 「やべえ、見てて飽きない。面白いね彼」


 「大したことないって。何の特徴も無い、つまんないヤツなんだから。いつもぼーっとした顔で、何考えてるか分かんなくて」


 少し焦ったような早口。

 何の捻りもない吉田の毒舌が、俺の耳に刺さる。


 「ゴリが気にするような男じゃないって。興味持つだけ時間の無駄。ガリガリ君賭けても良い」 


 いつの間にやら、浴衣妖怪は消えていた。


 「だからゴリ言うなし。だいたいその賭け、安すぎない? せめてピノぐらいは張ってよ。……お、キックオフ」


 「サッカーなんかよりさ、香里! ねえ香里ったら!」


 佐藤の気を引こうとするその声が、俺には悲鳴に聞こえて。

 耳を塞ぐ代わりに席を立っていた。



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