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足掻く貴女は美しい!

種明かし。シリアス風味のまま終わらせたい方は、『花でもなく、宝石でもない献上姫は』で、終わらせておいて下さい。

「魔王候補たるもの、ときには派手に」

「ときにはこっそりと」


「「国を自ら操るのだ!!」」


黒曜石を砕いて糸に紡いだかのような漆黒の艶やかな髪と、輝く黒曜石のような瞳を持つ、大輪の薔薇のように美しい顔が二つ。彼女たちは、声を揃えて叫んだ。

声までも美しい二人の少女は、何故か興奮しはじめて更に囀り続ける。


「知ってる!?ゆーちゃんがベリーショート通り越して、すっっっごく髪の毛を短くしたの!!」

「魔女ねぇ様が教えてくれたの!しかも、『似合ってる』ってあの邪悪なのに褒められて、はにかんでたって…!あぁ…」


「「私たちのゆーちゃんがっ」」


「いい加減、黙りなよ」


話が完全に脱線している二人を止めたのは、彼女たちによく似た…しかし低い声だった。美しい二人に対する声にしては冷ややかで、この世にそんな対応をする人間がいることに驚く者がいてもおかしくない。それほど二人は、現実離れした美貌の持ち主である。


ところで、『この世には同じ顔をした者が三人いる』という通説がある。ある異世界の言葉だが、ついでに『同じ顔に出逢ったら死ぬ』という“ドッペルゲンガー”なる魔物の噂も聞こえてくるが、それはともかく。

二人といない、このような美しい顔が二つ並んでいるという現実離れした光景に、更に恐ろしいことが。

同じ顔が二つではなく三つ、あるのだ。


「あと、暴れないで。スカート丈、短いんだからさ」


騒ぐたびに上下するスカートに視線を向け、冷たい眼差しを向ける。スカートが膝上丈のため、中身が見えそうなのだ。


「見せてあげてんの」

「感謝しなさいよ」


「いらねー」


美しい顔同様、筋肉が程よくついたまさに『おみ足』と呼ぶに相応しいナマ足と眩しいほど白いむっちりとした太股を見ても心底迷惑そうな態度である。


…まあ、それもそのはずだ。どこの世界に自分とまったく同じ顔の、血まで同じ姉たちのナマ足をよろこぶ弟がいるだろうか。


「アリス」


「「「なにー?」」」


まったく同じタイミングで、同じ言葉が同じ顔の三人から返ってその圧巻な光景にエルは思わず仰け反った。


「あら、エルちゃん。私のことはハナちゃんでいいっていったじゃない」

「私はチョウねぇ様でいいわよ?」

「あっ、ズルい!だったら私もハナねぇ様がいいわ!」


「えっ…えぇ…」


迫力のある美貌(×二)に詰め寄られて、エルの視線は泳ぐ。とても、断れる雰囲気ではない。

エルが困って婚約者のフリをしてくれている、二人にとっては弟である彼に助けを求めようと、その美しい顔を見上げた。


「ボクのことはフウと呼ぶようにいっただろ?」


ダメだ、通じていない。エルは項垂れた。


「えーえぇー、あのですね。いい加減、教えていただけませんか?」


「「何を?」」

「だから、ボクのことはフウと呼ぶようにって」


「今は黙ってて!」


結局、逃げを打つエルはまだ続けようとする少年の言葉を遮って、ことのはじまりから今に至るまでを三人に問い掛ける。


「あなた方は、結局は何者なのですか!!」


三人は美しい顔を見合わせてから、同時にエルに向かって同じ言葉を返した。


「「「魔王候補」」」


異世界出身の三人は、“まぞく”と呼ばれる種族の長から生まれた三つ子らしい。当時の“まぞくの王”…つまり魔王だった母親と先代魔王だった父親の間に生まれた三つ子は、弱肉強食の“まぞく”の中で他から大きく実力が上回った存在だったらしい。

そして周りからは『次期魔王』と呼び声が高かったわけなのだが……。


「「三人共、同じくらいの実力だったのよね」」


それでも、現魔王である母親が何かいったら違ったようだが、彼女は傍観の構えらしい。大臣にせっつかれようが、後継者については何一つ口を開かない。


「父様は三人で仲良く治めたらいいっていうし」

「母様は呆れて何もいってくれないし」


「「でも、三人で仲良く何てないよねー」」

「小さな子どもでもあるまいし」


フウもこればかりは、姉たちの意見に同調しているらしい。

エルはといえば、やはり三人と同意見だった。自分は双子だったが、見た目も境遇も違うため、性格はまったく違う。そんな相手と『仲良く』国を治められる気がまったく、微塵もしなかった。それはまったく同じ顔の三つ子も同じだったらしい。


「それで、まあ私たち三人のうち誰がいいかって話になって、国が三分割しかけたんだけどね」

「母様が私たちが十六になるまで待てって、みんなにいったの」

「実力主義だからね。母様が『白』っていったら、カラスも我が国では『白』になるの(物理)。だから、今まで混乱は起きてないわよ。安心して、エルちゃん」

「そうそう。あの人、我が国では最凶だから、誰も口答えしないからね」

「「あの小国も、エルちゃんに対してそうだったらよかったのにね」」


「ははは……」


エルは心の底から、自国民が脳筋じゃなくてよかったと思った。あと、姉のどちらかがボソッといった『物理』って何だ。本当になるのか。


「それで、何故十六になってからと?」


「成人ってことと、後は母様の血筋のせいね」

「血筋?」


「母の血筋は特殊でね、何故か十六になると、どこかの世界に召還されて面倒事を押し付けられるんだよ」


溜息混じりに、少年はそういった。


「今のところ、例外は一人もいないよね」

「最近じゃ、母様の上の妹の娘が友だちと召還されたね」

「確か、結婚相手だったっけ?」


「「私たちの魔女ねぇ様を……許すまじ、異世界人」」

「あばばばっ」


美少女二人の目が殺気立っていた。恐ろしい。大国の王の前で盛大にグチったときよりも正気なせいか恐怖を感じ、エルはビビッて涙目になってしまう。


「フフッ、エルったら。あんなの、視界に入れなくてもいいんだよ?」

「そういうわけにはいかないわ。だって、フウの姉上たちだから」

「エル……」


視線を逸らして見なかったフリをしたいが、出逢って短い期間しか一緒にいないフウのことをそれなりに知っているエルは、その姉たちが何かやらかさないか不安でとても彼のいう通りには出来ない。

監視の意味が強いのだが、しかし何故か、美しいかんばせをとろけさせた美少年が感極まった声を上げた。恋愛レベルが一にも満たないエルはまったくもって、どういうことかわからなかったが、無視することにする。何か、面倒な予感がしたから。


「そ、それにしても、申し訳ないわ。あたしたちの世界の面倒事を押し付けてしまって」


「んー?いいよ。むしろ、エルの世界に呼ばれてボクはうれしかったな」

「そ、そう?」


「うん。だって、どうせ面倒なことだったら、好きな人に頼りにされる方がずっといいから」


「アリス殿ー!それはわたしのことでぐはぁっ!?」

「うるさい」


「あわわわわっ」


エルはこれこそ見なかったことにしたかったが、そういうわけにもいかない。

無表情になったフウにぶっ飛ばされたのは、大国の王であり王太子・エルフレッドの父親であり、今回の三人曰く『面倒事を押し付けた』張本人であるからだ。

決して、急に無表情になったのに、自分には満面の笑みを浮かべてくる仮初の婚約者が恐ろしかったからではない、断じて。


「ああ、アルフレッド様……」

「か・い・か・ん!」


「あわわわわ、アルフレッド様がご乱心!!」


「いつもだから」


いつもこうだと恐ろしいが、抱き起こした義理の父親が恍惚としているのを見るとフウがいっていることは正しいのかもしれない。嫌だな、こんな国王陛下。こんな父親。


「確かに、召還者はこのブタ野郎で、ボクらには基本的に拒否権はないけどさ」

「御褒美!」

「ブタが人間様の言葉を使ってんじゃねーよ」

「ぶひーっ!!!」


どぐしゃぁっ!と大国の王を踏み付ける婚約者を遠い目で見ているしかないエルは、ブタへの調教(御褒美?)に忙しい彼の代わりに続きを話してくれる姉たちの話に耳を傾けることにした。


「この世界では魔法はないけど、それに近い“奇跡”があるよね。それが、私たちでいうところの『異世界召還』なの」

「召還の条件は、『国を安寧に導く者』」


「「まさに、魔王候補である私たちに打って付けの条件だったのよね」」


「え?」


「母様がいっていたの。三人のうち、見事に国を盗ることが出来た者を次期魔王とするって」

「魔王っていうのは、本来は先代から力で玉座を奪った者がなるからね」


「「母様に一目惚れして、玉座をソッコーで明け渡した父様はともかくとして」」

「ははっ」


一目惚れだったのか、そうだったのか。それもある意味、三つ子の母の実力だからいいのではないかとエルは他人事として考えていた。


「と、いうわけで。私たち三人は条件だけはわかっただけの状態でそれぞれ別の国に飛ばされてしまったわけ」

「たぶん、三人も召還された影響だと思うけどね。最初から、なんか術が不安定だったし」


何だか不安になることを聞いたが案の定、大変な事態になっていたらしい。


「あぁ、そのせいで召還陣がぶっ壊れた」


「「何ですって!?」」


エルにはよくわからないが、姉妹の様子を見る限り、マズい事態なのだろうと悟る。しかし、フウの方はあっけらかんとしていて、事の重大さよくわからなくなった。


「大丈夫だろ。ボクらには魔女ねぇさんがいるんだから。無事に戻れるさ」


エルは、フウの『帰る』という言葉にズキリと痛んだ胸を無視した。自分たちの勝手で呼び出しておいて、勝手だと思ったからだ。


ふるふると頭を振って邪念を払いのけようとするエルを、気付かれないように横目で観察していたフウはそのまま話を続ける。


「あとは、三人それぞれが国盗りしてたってわけだ。ハナは妹姫の親友って地位でいろんな人たちに会って、不満の溜まっていた人たち同士の橋渡しをしたり、扇動したりして最終的には城を無血開城させた。チョウは自ら拷問しに牢屋にやって来た皇帝を魔女ねぇさんから借りたスキルカードの能力で魅了して、邪魔な皇女を協力者の伯爵に嫁がせるように唆して見事に寵妃の座に着いた。…まぁ、最終的には伯爵ら協力者の傀儡になるように骨抜きにしておいた皇帝を、自分の裏切りによって絶望させて更に仕事をさせないようにしたところがえげつないよなぁ。皇帝、自分の後宮に篭りっきりで仕事ほとんどまかせっきりだろ?」


「そうですね。おかげさまで、独裁政治から脱却出来ましたよ」

「あら、伯爵」


「ご無沙汰しております、アリス様」


この屋敷の主がいうのもおかしなセリフだったが、確かに伯爵と顔を合わせるのは久し振りであった。彼の別邸に表上、皇帝に断罪された元寵妃であるアリス…この場合はチョウが匿われてだいぶ経ったが、伯爵がここに来る機会はほぼなく、代わりに使用人たちが全て請け負ってくれていた。


「新妻に骨抜きね、このスケベ」

「フフフ、当たり前ですよ。ずっと片思いをしていた相手ですから、片時も離れたくはないのです」


エルには『片重い』としか聞こえず、鳥肌の立った自分の腕を青い顔で擦った。


王太子の発表のとき見た、他国の使者としての伯爵とその妻となっていたかつての義妹が寄り添う、いかにも『政略結婚』感が漂う二人の距離感を知っているだけに。

あの皇女ははっきりいって今も嫌いだが、エルの中で少々同情心が芽生えつつある。だって、笑っている伯爵の目がイっちゃってるから。


「無血開城の折、大変お世話になりましたねアリス殿」

「あら、フレッド大臣も来ていたの?」


ハナに声を掛けたのは、エルの国の元宰相である。目深に被っていたフードを下ろした彼は相変わらず堅苦しい態度で自分の息子より幼い娘に、丁寧にお辞儀をしてからエルに向かって微笑んだ。彼にしては、珍しい表情である。


「エル様…立派でしたね」

「宰相……」

「もう、宰相ではありませんよ」


ぐっと詰まったエルは、『父』と呼びかけて…やめた。当たり前だ、この国の王太子であるエルフレッドの父は国王であるし、小国の王女であったエルもまた幽閉されている元国王が父だった。だから、彼は父親ではない。

しかし…あるときは師として、またあるときは父親のように接してくれた彼はエルにとって唯一の『父親』であった。例え婚約者との関係が破棄されていようと、小国の王女という肩書きがなくなっても、それは変わりないのだ。


「フレッド……ありがとう、国を」

「いいえ。もともと、私たちが王を諌めるべきだったのです」


そもそもの発端は先々代の時代、側室が先に男児を産んだことだったのだから、本当にエルにはどうしようもないことである。

母である正妃にさんざん優秀な異母兄と比べられ、『しつけ』と称した過剰な体罰を受けて続けて歪んでしまったまま王になり、自身の子どもが生まれてから病弱な下の娘に自分を重ねて溺愛した彼を諫めるべきは上の娘であるエルではなく、傍に付いていた臣下たちであり、異母兄である宰相であった。溺愛が過ぎ、国庫に手を出しはじめる前に本来であれば諫めるべきだったのに、その後始末を異世界の少女に手伝わせたのはフレッドの落ち度だと、彼は自分の罪を認めている。


「ですから、かならずエル様が憂うことがないように、今度こそ国を、民をお守りします」


「…ありがとう。本当に、ありがとう…っ!」


エルは、宰相でありながら王を諫めれなかった彼が革命を成功させた今、職を辞していなくなってしまうような気がしていた。しかし、新しい体制になったばかりの幼い国に彼の存在は必要不可欠である。

それは、彼自身もわかっていて、もう国へ戻れないエルの代わりに国の今後を見守ってくれるとしっかりと請け負ってくれたのだ。

彼は自分にも厳しい人だ。エルに宣言したのだから、かならず国を良い方向へと導いてくれると信じることが出来た。


感極まって、言葉に詰まるエル。感動的な場面に、誰もが口を挟むことなく優しい目をして見守っていたのだが、彼だけはどうしても周囲と同じようには見ていられなかったらしい。

鼻息が荒いブタを苛立ち紛れに蹴り付け(いい音だった)、不貞腐れた様子のフウはむっつりした顔でエルを見た。


「あーあ、だからヤだったんだ。大臣とキミを会わせるのは」

「え?」


「だってさ、名前を改めるときに真っ先にその大臣の名前を思い出したでしょ?」


「そ、それは…」


『エル』という、王族にしては短い名前をそのまま使うわけにはいかなかった。

小国では外交も担っていたため、どこで小国の王女・エルと帝国の皇妃・エル、そして大国の王太子をつなげる者が出るとは限らなかったためだ。


さすがに顔は変えられないが、まったくしたことのない化粧をし、そして目立つ容姿のフウと並べることによって他者から気付かれる可能性を減らし、そして名前を変えることで疑惑から更に遠ざけようという魂胆だった。


そしていざ、改名にするに当たってエルが考えた名前が『エルフレッド』だ。前半の『エル』は馴染みのない名前だと生活に支障が出るからで、ちょうど大国の王の名前が『アルフレッド』で王妃が『エルフレア』だったことも大いに後押しになったのだが、本当は……。


「だって、あたしの憧れだったんだ」

「ふーん、へぇぇぇ?」


何やら含みのある態度にムッとするエル。自分で振ってきた話題なのに態度の悪い仮初の婚約者に、最近はガマンをするのをやめている怒りに任せて怒鳴り付ける。


「いつか、フレッド伯父様のように政をしたいと思っていたの!!」

「……へ?」


いつか『父』の次に呼んでみたかった『伯父』という言葉を、勢いに任せて叫んでしまったのも恥ずかしい。エルが真っ赤になりながらそう叫べば、一瞬だけポカンとしたフウはそれからみるみるうちに同じように真っ赤になって、急に笑顔になった。


「あぁあ…あぁ!なんだ、そうなんだ」

「何なの、急に不機嫌になったり、機嫌がよくなったり。おかしな人ね」

「うんうん。そうか、憧れね。そうか、そうだよねー」


ぱぁっと明るくなったその笑顔は花が咲いたかのように美しかったが、ある意味凶器だとエルは思った。目がしばしばする。


「帝国はどうなったのですか?」


「もとは皇帝による独裁政治でした。それが変わったのは、側妃を母に持つ私の妻を皇帝が見出してからですね。独裁政治といっても、考えの根本となっていたのは亡くなった皇后とその一族の思考が元になっていましたから、かの一族が繁栄するのもムリはありません。しかし、おもしろくないのが後宮にいた他の妃たちであり、前皇帝が最期に寵愛していていた側妃とその一族でした。その一族は、父の妃に横恋慕していた皇帝の淡い恋心を利用して、彼女そっくりな皇女を使って意のままに操ろうとしたのです。二人以外は皆、敵だと信じ込ませた上でね」


あの気持ち悪い近親相姦は、周囲が皇帝と皇女を操った結果だと知って、エルはなんともいえない気分になる。自分に対するひどい扱いには相変わらず怒りしか沸かないが、二人の思うを利用した挙句、踏みにじる行為はとても『ざまあみろ』とはいえることではなく、後味が悪い感じがした。


「そして、自分たちが考えて政をしていると思い込んでいる異母兄妹を、末永く操れるように『二人は血のつながりがない』という嘘を吹き込んだ…というわけでしてね。二人が婚姻を結んで子どもが生まれた場合、親族だからと怪しまれることなく一族の思考を幼い頃から植え付けることが出来るのでね。まぁ、その皇帝にかかった呪いも異世界の少女が『真実の愛』とやらで解いてくれたので、今後は他の者たちにも意見を聞いてよりよい国に導いてくれますよ」

「……さっき、後宮に閉じ籠っているといっていませんでしたか?」

「フフッ、言葉の綾ですよ。皇帝は今、後継者作りに尽力されているだけです」


「……………」


ああいえば、こういう。

どうせ、皇帝が後宮に籠っている間に皇后の一族や側妃の一族を潰しただろう。特に、側妃の一族は念入りに。

のんびりと微笑むこの伯爵は、見た目以上に狸なようだから、彼の妻を利用した・もしくは更に利用しようとする者を容赦なく潰しそうである。

恋とか愛とかって何だろうと、エルはちょっとわからなくなった。


「この国については、エルちゃんの方が知っているわよね」

「えぇ、まあそうですね」


この大国は、帝国よりも領土を有していて、中はもっと混沌としている。

寵愛した一人の異世界から来た少女ばビッチ(演技)だったためフラれ、傷心のまま遊び呆ける皇帝とは違い、差し出される側妃は人質以外の扱いを一切せず、手を出さない王にしびれを切らせた者たちが妊娠中だった王妃を毒殺。妻と子を一時に失い、失意に暮れる王にその一味は自分たちの縁者から娘を送り込んで意のままに操ろうとしていた。そして、思惑通り他国に醜聞が広がるほどの『色狂い』となった王だったが…それは演技であった。

長い時間を掛けて油断を誘っていた王だったが、相手もなかなか尻尾を掴ませない。焦りを浮かべていた王は、ついに王位を継ぐ者しか教えられない❝奇跡❞を使い、無事に召喚されて来た美少年・フウと共に敵を炙り出すことに成功した。


「突然現れた妃に寵を独占された他の側妃たちが、彼に攻撃を仕掛けるのを待っていたというわけです」


「さすがに人を平気で暗殺するような人たちに、普通の女の子を使う訳にはいかないでしょうからね。その点、フウは男だから身の危険だろうが生命の危機だろうが、きちんと回避出来るもの。まさに適役よね」

「魔族と人とのハーフだから、身体は丈夫だもの。それに、魔王候補だからたかだか人間の暗殺者如き、息をする程度の労力で返り討ちに出来るでしょうしね」


「ははは…」


さすがに『息をする程度』はいい過ぎだろうが、こちらに召喚されてそう月日が経たない内に国の膿を取り除けたのだから、王の事前準備だけが成功の鍵だったわけではないだろう。それにしても、そんなフウのようなのがうようよいるらしい異世界というところは恐ろしい場所だと、エルは少し失礼なことを考えていた。


「それで、まーだいたい膿を出せたかなー?ってとこで、そろそろ寵妃業を引退しようかなー、ってときにやって来たのがエルだったんだ」

「『寵妃業』『引退』……」


微妙な顔をするエルは深くは突っ込まずに、聞き流しておいた。


「それでまあ、話を聞いててうちの姉さんたちがどうも見え隠れしているからさ、連絡を取ってついでにこの国の最終仕上げといこうかって話になったんだ」


確かに話はした。妹に出来た同世代の黒薔薇のように美しい友人のことも、帝国の地下に囚われている不思議な服装の黒曜石を使って造り上げられたような美しい少女のところに皇女が通っていることも、噂に流れていたのだ。

グチとは別に、気持ちが落ち着いてからした自分の話しが姉たちを探すきっかけになったことにエルは驚いた。


「ここのところ、千客万来だったね、エル」

「あぁ、そうね。普通のお姫様だったら、とっくに落とされていたと思うわよ」


エルの言葉にしなかったところには、『心』『身体』『命』が入るのだが、誰もそれは指摘しなかった。ここにいる協力者たちは、若い二人に押し寄せて来た悪意を無事に追い払ったことをよくわかっていて、心配していなかったからである。


こうして大国の王の望み通りに、そして三つ子の狙い通りにそれぞれが以前あった国を亡ぼすか、もしくは最高権力者を傀儡にする、または協力関係になって権力を握ることが出来るまでになり、四人が納得のいく形に収まった。

こうして、異世界召喚における目的を達した三人は心置きなくのんびりとすることが出来るのである。


「そーいえば、大国の王は色狂いでブタでハゲで背が低いって聞いてたけど?」

「あぁ、それは敵を欺くための仮の姿なのだ!」


チョウの疑問に答えるのは、どう見ても壮年でありながら鍛えているとわかる肉体を持つ王である。

派手ではないがカリスマ性を持つ平凡顔の男はしかし、特別色狂いのスケベ面をしているわけでもない。じゃっかん背が低いだろうが、元宰相も背は高くはないし、伯爵は身体が細いためにあまり背が高い印象はない。エルや三つ子は成長期のせいもあり、まだちんまいので、あまり王の身長については気にならなかった。


「…あれ、チョウさんの罵倒に興奮していない?」

「あぁ、何でもボクと死んだ奥さん以外の罵倒には性的興奮は得られないグルメらしいよ?」

「あれー?」


肖像画に残っている穏やかで慎ましやかな王妃の笑顔と、王太子紹介のくだりの感動がエルの中から一気に消え失せる。と、いうか、一国の主の性癖がこんなん(ドМ)なのはいいのか。こんな、罵倒されて蹴っ飛ばされて興奮するような国王陛下。


彼にとってもは些末なことなのか、フウは何もいわずに婚約者の最近食生活が改善されて、ふっくらしてきた頬を突いて幸せな感触を楽しんでいた。


「アリス殿と運動をして、健全な汗を流して身体を絞ったのだ!」

「全然、健全な気配がしないわ…」


エルはハナのセリフに、覗いてしまった光景を思い出しそうになって遠い目になった。ワタシ、何モ見テナイネ。

取り敢えず、頬を突いて来る指が今はうっとうしかった。


「あぁ、でも髪の毛はさすがにどうしようもないから、かつらだけど」


フウの何気ないこの言葉に、全員が沈痛な面持ちになる。特に目頭を押さえる元宰相は、不摂生のせいで髪が寂しくなっている息子を思い出しているのかもしれない。


「ま、まあ、これで三国の憂いは取れて、裏で手を組むことが出来たから目的は達成ということでいいのね?」

「つまり、私たちは帰れるということよね!」


元気な姉妹が表情を更に明るくした。

家族や友人たちがいる元の世界に帰るのだ、何だかんだいいながもうれしいに決まっている。


協力してくれたそれぞれの『アリス』に各々が礼をいう横で、エルは一人だけ喜べない自分がイヤだった。


「ねぇ、エル」

「何よぉ」


捨て腐れているエルが、口を尖らせているのを見て笑うフウはやはり美しい。きっと、帰ったらたくさんの人に囲まれて、自分のことなど忘れてしまうのだと更に落ち込みながら思うエルだったが、次の瞬間それは覆される。


「逆算して婚約式をしなきゃいけないらしいから、いつ結婚式をしたい?エルの希望を最優先するよ」

「はい…?」


何をいわれているかわからず、エルはキョトンとフウを見上げる。彼は少し申し訳なさそうにしていた。


「儀典を司る大臣にいわれているのを忘れてたよ。今回のあれも、急だったから不眠不休で準備させちゃったし」

「あ、あぁ…そうね」


王太子とその婚約者の発表だ、そんじょそこらの舞踏会とは訳が違う。

と、いうことで仕事に並外れた情熱を燃やす、大臣とその部下たち恐ろしい鬼気迫る勢いで準備してくれたのだ。おかげで大国の面子が潰れることなく、無事に終了出来たのだが、変わりに気が抜けたらしい彼らは屍と化した。


さすがにエルも悪いと思っていて、次になにか式典なりをするときは早めに知らせようとは思っていたのだが。


「ボクとしては、王族のやたらと長い婚約期間なんてすっ飛ばして、早く結婚したいんだけどね」

「ちょっと待って!」

「うん、何?」


「何でフーと結婚するの?」


「「…え゛」」


押し殺したような声は、三つ子の内の姉たちからしか聞こえなかった。エルに正面切っていわれた側は、微動だにしない。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!何で!?」

「何故といわれましても、フーは故郷に帰ると」

「違うわ!ちょっと、フウ!あんたエルちゃんに…ヒィッ!?」

「きゃぁっ!?」


「ハナさん、チョウさん、いったいどうし…」

「どうしたのかは、こっちが聞きたいよ」


「フー?」


呆れたかのような溜息混じりに、そういったのはフウだった。憂い顔はやはり美しいが、何やら不穏な空気を醸し出している。三つ子の姉たちも、弟の空気に呑まれて硬直していた。


「まったく、ボクの愛情表現が足りてなかったってことかな?」

「ああああぃ?」

「そう、愛だよ」


艶っぽく微笑む美しい少年は、いわれた言葉が恥ずかしいのと信用出来ないのとで混乱しているエルを首を傾げて見下ろした。


「善意だけでこの世は渡れないよ?王は元から帰すすべを餌に協力させるつもりだったし、ボクはボクで国を盗りたかった。まあ、最高権力者は面倒だから、裏で操る黒幕くらいがちょうどいいけど」

「ははは…」


だから『寵妃』だったのかと、エルは今更知る。さすがに妃が政の場にいたのは不自然だったから、フウの趣味かと疑っていたが違うようで何よりだ。


「…待って、じゃあ何であたしを王太子にしたの。血なんてこれっぽっちもつながってないのに」

「利害の一致だって話はしたよね?王は王妃を殺した者たちを、全て引き摺り出したい。それが出来さえすれば、王位はいらないって。でも、ヤツらに連なる者には意地でも渡したくない」

「気付いていて傍観していた者、今回の騒動で空席になった場所に座って更に新たな権利を欲していた者ね。それは聞いてた。あたしは母国を護りたい、護るための権力がほしい。確かにそう願ってはいたけど」


だからといって、『利害の一致』の一言で大国の玉座をくれるのは違うと思う。

エルのいわなかった言葉を察したフウは、笑いながら首を振ってそれをあっさり否定した。


「まさか!確かにキミは、母国では優秀な次期国王だったみたいだけど、それだけじゃ国は回せない。ここほど大きければ、なおさらね。だからこそ、ボクには補佐として残ってもらいたかったんだよ、王は。どのみち、表に出たがらないボクをムリに立たせるよりは、自分で見て決めた後継者の補佐をさせたかったみたいだし」

「ん…?」


「裏切って捨てた家族や理不尽な扱いをした帝国のやつらすら切り捨てられない、そんなキミに足りないのは冷酷さだよ。本来なら、ぐちゃぐちゃに尊厳も何もかも踏み潰してから大々的に処刑してもよかったのにさ。…逆にボクに足りないのは優しさ。慈悲っていうのかな?どちらかだけでは国は滅ぶ。それか…その前に何らかの手を打って傀儡にされたかも」


軽くいいながら、何やら物騒なこともいっているがともかく。


だいたい、そんなことをしなくても十分、かつて妹だった元小国の王女も、かつて(たぶん)義理の妹であった帝国の元皇女もエルの溜飲を下げる程度にはひどい目に遭ったのだ。

雰囲気が変わってしまう程の目に遭い、なおかつもうエルの脅威にもならない二人を見て怒りを鎮める自分が『優しい』などとは思えない。


逆にフウは、家族と引き離されて面倒事を押し付けられたのに、しっかり仕事を終えて自分の目的までも達成している。更にエルを自分たちの世界に帰るまでの間、仮初めの婚約者として支えてさえくれるのだ。

それなのに、どこに『優しさ』が必要なのか。


「ぜんぜん優しくないよ。事情は説明されて知ってたけど、あれ以上面倒だったら、この国から出て行ってたし。ボクだって、盗る国は選べたよ。いずれは身内が迎えに来てくれる手筈だったから、ここにこだわる必要はなかったんだ。盗る手段だってそう。何も、王妃殺しの犯人捜しを手伝う理由はない。だからこそ、王はエルを見たときのボクの様子から、キミを自分の後継者という立場に縛り付けて餌にしようとしたのさ。さすがブタ野郎でも一国を治めてるだけはある!ボクもまんまと食いついちゃったよ」


「ぶひー!!」


罵倒されて喜びの声を上げるブタのことなど目に入らないエルは、何となく理由は理解出来た。ただ、理解は出来たが、フウの口ぶりではまるで、エルが来たからこういう結果になったといわれているようではないか。


「じゃあ何故、フーはそのあた…餌に食い付いたの?」

「うん?」

「そ、それに、あたしなんかをあああああ、あいしてるって」

「フフッ、真っ赤になった。可愛い」


両親や妹、婚約者から愛情を、ましてや言葉でなんて向けられてこなかったエルは盛大に吃ながら、真っ赤な顔をしていた。

派手さもなければ美しさもなく、花にも宝石にも例えられなそうな少女だったが、真っ赤になって狼狽える姿はとても可愛らしかった。


もちろん、フウは彼女のこの表情も好きだ。しかし、あのときの決意に満ちた表情は、一瞬にして恋に落ちるには十分なほどに美しかったのだ。


「だってさ」

「だって?」


「必死に、自分のプライドも命さえも投げ打って足掻く貴女は、とてもとてもとても!…美しかったから」

花「でも、よかったわ」

蝶「そうね」


花・蝶「「風が一番、魔王に近かったものね」」


花「父様にそっくりな冷徹さと残酷さと無慈悲さを継いだのは、結局は風だったもの。家族ですら、障害になるなら平気で消せるもの、あの子ったら」

蝶「エルちゃんがいなければ、私たちも危なかったわよね」

花「本当よ!まあ、風も父様と一緒で」


花・蝶「「好きな相手には甘いのよ」」


蝶「この世界に残るってことは、これで風は脱落でしょ?なら、後は」

花「私と、蝶との戦いね」

蝶「フフッ」

花「アハハッ」


まだ二人は知らない。

弟の結婚の話を聞いた父親が、妻似の娘たちの結婚まで意識し、並み居る求婚者たちを蹴散らすために妻から玉座を奪い返してしまうことを。


何だかんだといいつつ、家族には甘い母ではなく最凶な父が二人の前に立ちはだかることを美少女二人は知るよしもない。

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