東へ進め!リュールとサンドウィッチ
朝食後、お腹を休めがてらお互いの一日の予定を報告する。エルダは本日は午前中に幾つかの店に買い物へ出かけ、午後は作業に没頭するそうだ。
「ついでに要る物があったら買ってくるけど、何かいる?」
「そうですわね、ではお言葉に甘えて…黄蝋をお願いしても良いかしら?」
午前中に買いに行こうと思っていたが、エルダが快諾してくれたので出かけずに済みそうだ。
元気良くエルダが出かけるのを見送って、朝食の後片付けから始めて居間の掃き掃除まで一気に済ませる。
「さて。まずは風邪のお薬から始めるといたしましょうか。根っこ達からですわね、ええと…」
裏庭の納屋や、二階の作業スペースから必要な材料を集めてリュールの作業用の机に並べる。
傍目には乾いた根や干からびた瘤、何かの種ぐらいにしか見えない。濃淡の差はあれども根っこ類は全て茶色。
「膿混じりの喀痰、化膿性の腫れ物、咽喉の痛みにはコレですわね。間違い無く、適量で。正確に…と」
やや反り気味の根を慎重な手つきで扱いつつ、根そのものを別の根と見間違えていないか何度も確認。
「続きましては、こちら。土は残ってませんわよね?腐ったり黴たりも…無いですわね、良かった!」
掌大のくるくると丸まった細長い根っこの塊を角度を変えてあちこちから観察。
これには痰の多い慢性的な咳嗽や気管支炎を治す作用があるのだが、パッと見にはただの干からびた植物の根にしか見えない。
その後も、鱗茎だの細根を除いた根などの根っこ類ばかりが続く。神経を張り詰めて一つ一つを慎重かつ丁寧に目視で確認しながら計量を進める。
「全部揃いましたわね。では残りは戻して…の、前に。残量を書き出すようにするのでしたわ、うっかり忘れる前に思い出せて良かったわ」
在庫管理をキチンとしようと決意したのは数日前の事なのだが、癖づけるのにまだ苦心中のリュール。
薬種管理用の帳面にメモをしてから、残りの使わない根っこ達を元の保管場所へとそれぞれ戻した。
「一番硬いのは種ですわね、どう見ても。はぁ、力仕事になりますわよねぇ…」
比較的簡単に作れる上、汎用性が高い薬なのだが。種を砕く過程が面倒というか、億劫。しかし、砕いてしまえば後の過程は楽な物ばかり。意を決してリュールは金槌を握った。
ガン ゴンゴンゴンゴン ドゴッ ゴリッゴリッゴリ…
鈍く重い音を響かせること十数分。作業中は窓を閉めているとはいえ、近所迷惑にならないかと心配になる音量だった。
「ふー…はぁ。出来ましたわ…ふー」
晴れ晴れとした顔でリュールが金槌を置く。硬い種を包んでいた布をそっと捲ると、見事に木っ端微塵になっていた。
…ここまで細かくしなくても良かったのだが、思いの外に力が入ったようだ。
他の材料は纏めて薬研へ。難なく作業を済ませると、砕いた種と一緒に金属製の乳鉢に投入。
「ただいまー」
階下からエルダの声が聞こえて、リュールは手を止める。乳鉢の上に紙を乗せ、一旦作業を中止。
パタパタと軽やかな足音をたてて階下へ急ぐと、エルダは籠からゴソゴソと中身を出してはテーブルに広げていた。
「お帰りなさい、エルダ。早かったのね」
「うん。まだ買う物があるけど、野菜とかいっぱい貰えたから一回置きに戻ったんだよー。あ、黄蝋も買ってきたよ〜」
「有難う。とても助かりましたわ!一休みでお茶にします?」
「えー、お水で良いよ〜。リュールはまだ作業中だったんでしょ?」
エルダのさり気ない気遣いが嬉しく、リュールが目尻を和らげる。素早く水を魔法で冷やして差し出すと、エルダはニコニコと受け取った。
「今作っているお薬はお昼前に完成できそうだから、お昼の支度は私がしますわ。とは言っても、サンドウィッチぐらいですけど。宜しくて?」
「わぁ、ホント?うんうん、とっても凄く宜しいよ!お昼、楽しみにしてるね〜」
簡単に手早く作れるので、サンドウィッチはリュールが良く作るメニューの筆頭。
エルダの作る繊細なサンドウィッチと違って、リュールが作ると野趣溢れる漢料理風になるのだが。エルダは『食べ応え満点』と言って喜んでくれる。
「ピリ辛と、普通のと両方食べたいなぁ。ね、お願いしても良い?」
「ええ、もちろん。エルダはいつも私好みの美味しいご飯を作ってくれますもの、今日は私がエルダ好みのサンドウィッチを作りますわ。楽しみにしていてくださいね」
ご機嫌でスキップしながら次の買い物へと出かけるエルダ。
「ふふふ。可愛いらしいお願いをされてしまったもの、張り切って作らなくてはね!」
まず、その為に風邪のお薬を完成してしまわなければ。
乳鉢の中身をすり潰し終えると、天秤の片側に乗せた紙の上へ薬匙で掬って一包ごとに纏めて包む。
全部で四十の包みが出来た。このまま煎じ薬としても良いのだが、リュールの実家に伝わるレシピではここから更に一手間加える。
蜂蜜を加えて丸剤にする事で保存が利く上、煎じ薬に比べて格段に飲みやすくなる。
「大人から子供まで、どなたでも。喉が痛くて、声が出なくなる風邪にはコレがバッチリ効いてくれるはずですわ。メレンガート先生宛てにレシピも書いておかなくてはね」
ライセンスの必要な医薬品に分類されるので、普段以上に神経を使った作業が漸く終わった。
「さて!お昼の支度をしなくては」
手早く片付けながら、頭の中はサンドウィッチの具材について検討中。…ピリ辛ソースはエルダ向けに辛さを少し控えめにしよう、普通のサンドウィッチは野菜たっぷりが良いだろう…。
「あら、お芋が沢山あるわね。…茹でて潰したらピリ辛ソースと相性が良さそうですわね。でも、茹でるのに時間がかかるかしら?」
考えること3秒。
「切って焼けば大丈夫ですわね、多分」
ガシガシと洗い、芽だけ取って皮を剥かずに切る。厚さにバラツキがあるが、頓着しないリュール。
フライパンに油と一緒に切った芋を入れて、焼く。
エルダであれば少量の油をフライパンにしっかりと馴染ませてから火をつけ、フライパンを温めてから水気を拭いた芋を入れると思われるのだが。
リュールは「生はダメ、火が通れば大丈夫」ぐらいの感覚しかない。油が多くて焼くというより揚げるに近いのも、全く気にしない。
「あら、パンを切っている間に少し焦げてしまったわ。でも、これぐらいなら香ばしいの範囲ですわね。生より遥かにマシですわ」
フライパンから皿に移す手間を省いてパンに直に芋を乗せ、油が染み込むのを気にすることなくソース作りを始めた。
「乳鉢で纏めてゴリゴリですわ、ほほほ」
元々は薬作り用に使っていたが、取っ手が欠けて新しく金属製の乳鉢に買い替えたものの、捨てるのは勿体無いので調理用として今も使っているものだ。
「辛さは控えめですが、美味しく出来たのではないかしら。エルダが喜んでくれると良いのだけど。普通のサンドウィッチも急いで作らなくてはね」
鼻歌混じりで野菜を洗い、切る。サンドウィッチ用にしては厚いのだが気にしない。
「あっという間に完成ですわ。…あら、もしかして逆の方が良かったのかしら?常温の普通のサンドウィッチと、熱々のピリ辛サンドウィッチ……不覚でしたわ!」
ガクっと項垂れたのも束の間、過ぎた事は仕方ないと気をとり直して食卓へ並べる。
「そろそろ帰って来るかしら。もう一品ぐらいは用意して差し上げたいのだけれど…無難に酢漬けを添えるだけにしておきましょうか」
キャベツの酢漬けをサンドウィッチを乗せた皿の隅に置き、ウンウンと満足気に頷くリュール。
「エルダのように芸術的な盛り付けは出来なくとも、無難に出来たとは思いますわ。ええ、ええ。私にしては上出来ですもの。余計な事はしてはいけませんわ、蛇足になりますもの」
と、口では殊勝な事を言っているのだが。
リュールの濃緑の瞳は『食べれる葉っぱ』から動かない。ジリジリと葉っぱに近づき、手を伸ばしかけた所にエルダが帰ってきた。
「二回目のただいま〜!」
ビクッと肩が飛び上がったのを咳払いで誤魔化しながら、さり気なくエルダを出迎える。
「お帰りなさい、エルダ。お昼の準備はすっかり出来てましてよ。さぁ、籠は私が受け取りますわ。手を洗っていらっしゃい」
「わーい、ありがと〜」
無邪気に笑うエルダに罪悪感を抱きつつ、受け取った籠を抱える。未遂だったとはいえ、葉っぱに手を伸ばしかけた己を反省するリュール。
「うわぁ!これ、凄くすごーくすごーく美味しい!!お芋を揚げるなんて、手が込んでるね!ピリ辛ソースと相性抜群だし、最高だよ〜」
純粋無垢な瞳を煌めかせて大喜びするエルダに、リュールは謙遜しつつ控えめな微笑みを浮かべていた。
食後、黄蝋を使って軟膏作りを始める前にリュールは葉っぱを何度か躊躇いつつ、処分した。