Act.72 ギルティアの涙
Act.72 ギルティアの涙
ズィルヴァンシュピスの方でも、ギルティアと憐歌の戦闘が確認されていた。
「あの攻撃が防がれた…!?」
シリウスが、驚愕する。
「無理もありません…今、ギルティアさんが戦っている相手は、この宇宙群の鍵…本来の宇宙群での鍵の力は、それ以外の場所での二倍と言って良いレベルです。
むしろ、彼女だからこそ、あそこまで戦えている、と言った方が良いレベルなのです」
「嬢ちゃん…とうとう、来るべき時が、来ちまったようだな…前に、たこ殴りにしてやる、と言っていたからな。
…ありゃ恐らく、嬢ちゃんは死んでも退かんぞ」
ファラオ店長の言葉に、イセリナが堪らなくなってギルティアに通信を入れる。
「お姉ちゃん!!」
「…イセリナ…手出しは無用です。これは、私の…私の成すべき事です!
宇宙群を守る者として…この私が戦わねばならない!!」
「けど…!!」
そして、ギルティアは微笑んだ。
「…心配をかけて、ごめんなさいね。
お願いがあります。もし、私がここで負けたら…この宇宙群から、可能な限りの人々を、宇宙群の外へ脱出させて下さい」
「え…!?」
「ここで勝ったとしても、私の力ではきっとインフィナイトには勝てないでしょう。
いずれにせよ、頼もうと思っていた事です。一人でも多く…救わなければ。
力不足の鍵で…ごめんなさい、ね。イセリナ。私よりも、宇宙群の全ての人々の事を想ってあげて。
…私は、所詮、宇宙群を守る為だけに生まれた存在…人形に過ぎませんから」
そう言って、ギルティアは笑った。その目からは、涙が流れていた。
「お姉ちゃんは…人形なんかじゃないよ!!人形は…そんな涙を流したりしない!!」
「…涙?」
ギルティアが、おっと、と言いながら、涙を拭う。
「…私が人形であろうとなかろうと、イセリナが私を想ってくれた事を…私は、嬉しく思います。だからこそ、この戦いは、負けられないのです」
ギルティアは、そう言って通信を切った。
「お姉ちゃん…」
「…今は、見守るしかあるまい。わしらが、お嬢ちゃんにその覚悟をさせてしまったような物なのだからな」
シリウスが、モニターを見ながら、呟いた…。
力を完全に取り戻した憐歌は、既に、感じていた違和感の正体に気付いていた。
「オーバーヒート・プリフィケーション…アタァァァァァァァァック!!!」
ヴェネディクスの周囲に、先程より遥かに大量の熱量の槍が展開される。
「プリズナーブラスター…バァァァァァァァストッ!!!」
熱量の槍を、ブラスターが迎撃する。再び、爆風の中をエルヴズユンデが突っ込む。金属音。
エルヴズユンデの剣が、受け止められる。
見ると、ヴェネディクスの左腕に、白い大盾が装備されている。
そして、その盾の一押しで、エルヴズユンデが揺るぐ。
「…それだけの力を持ちながら…!!」
エルヴズユンデが、崩れたバランスを翼の羽ばたきで強引に補正し、左腕のレーザーを刀身として展開する。
更に、左腕のレーザーの色が、紅へと変わる。
光が、ヴェネディクスを一閃する。
「今の私よりも遥かに多くを救える力を持ちながら…!!」
更に、エルヴズユンデが渾身の蹴りを叩き込む。
「何故誰も救おうとしないのです…!!」
「誰かを本気で愛した事もないあなたが…勝手な事を言わないでよ!!」
エルヴズユンデの蹴りを、ヴェネディクスが受け止め、そのまま投げ飛ばす。
エルヴズユンデが、地面に叩き付けられる。
「大切な人のために生贄である事を受け入れて、それで、残された大切な人は幸せになれるの!?
…それで本当に救われてくれるの!?答えなさいよ!!」
ヴェネディクスが、エルヴズユンデを踏みつける。
イセリナに先ほど通信で伝えた言葉が、ギルティアの本心だった。
鍵を愛するよりも、世界を、人間を愛したほうが、人は幸せになれる。
「鍵は他者と繋がる事は出来ない…そう言ったのは…他ならぬあなた自身…!!
本来、私達には、人として誰かを愛する事自体が不可能なのです…我々はそのように作られてはいません!!
私達を愛しても決して救われはしない…ただ不幸になるだけ…!!
私達を愛する事自体が…不幸そのもの…そんな事、分かりきった事でしょう!!」
人間と鍵は身体の外見と構造こそ似てはいるが、その根本からして違う。
事実、鍵と人間との間に、愛の証、つまり子孫を設ける事は不可能だ。
エルヴズユンデが、胸部からブラスターを地面に向けて放ち、その爆発の反動で強引に起き上がる。
更に、背後にいるヴェネディクスに向けて、振り向き様に剣をぶち込む。
ヴェネディクスが吹き飛ばされるが、空中で姿勢を立て直す。
「宇宙群よりも愛された事も無いくせに…知ったような口を!!
あなたの言う宇宙群に住む大切な人々だって、結局あなた自身の命よりも宇宙群の未来の方が大事なんでしょ!所詮はその程度よ!!
あなたはただ、その力を…彼らが生きる事に利用されているだけ…!!」
ヴェネディクスの羽ばたきで飛び散った羽根に熱量の槍が重なり、凄まじい威力の光の矢が、エルヴズユンデを襲う。
「何を当たり前な事を…私は…鍵はその為に生まれた者…それで良いのですよ!!
鍵は幸せになる必要は無い…愛される必要などありません!!」
エルヴズユンデが、ブラスターでそれを迎撃する。
凄まじい爆発が、エルヴズユンデを飲み込む。
「あなたには、本当に、使命しか、存在意義しか存在しないのね…可哀想に…」
「私は、この使命を持って、そして、この使命に生きてきた事を後悔してはいません!!」
爆風を突き破って、紅の翼が、空中にいる白の翼に喰らいつく。
紅の光を纏った左腕の爪が、ヴェネディクスの右肩をえぐり取っていく。
「私は…あなたには負けない!こんな私を姉と慕ってくれた、イセリナの為にも…!!
こんな私をまるで娘のように扱ってくれた、ファラオ店長やアルフレッド、シリウスの為にも…!!
そして、今まで出会った沢山の人々の笑顔に報いる為にも!!」
その言葉に、憐歌は叫んだ。
「その中に、一人でも、あなたを救ってくれる、救える人はいたの!?
自分一人救えないくせに、誰かを救える訳が無いじゃない!!
救世主を気取るのも大概にしなさいよ!アクセスブロック…コンプリート!!」
同時に、エルヴズユンデの紅の翼が、まるで火が消えたように消滅する。
「…な…!?」
それは、宇宙群へのアクセスが途絶えた、という事でもある。
機体に内蔵されたサブ動力のジェネレーターをフル稼働させて、機体の姿勢を保つ。
「…な、何をしたのです…!!」
「やはり…知らないのね。これは、鍵のアクセス能力の本来の機能の一部よ」
「本来の…機能…?」
まさか、鍵がアクセスのブロックという能力を使えるなど、ギルティアは知らなかった。
もしも相手の言う事が本当ならば、ギルティアは、本来知っていて当然の事を知らなかった事になる。
ヴェネディクスが、エルヴズユンデに突っ込む。
「くっ…対応が間に合わない…!」
剣の一閃。迎撃しきれずに直撃を貰う。
エルヴズユンデの胸部に、深い傷がつく。
「…一体、何故…!!」
何故、同じ鍵でありながら、情報に差異が存在するのだ。
まして、これだけ戦況に大きな影響を与える情報が、欠落しているなど。
「分からないのなら…教えてあげる…!!」
ヴェネディクスが、エルヴズユンデの背後を取る。
エルヴズユンデが、振り向き様に剣を叩き込む。
これくらいの事は、今のギルティアでも出来る。
剣と剣の激突する音。
「あなたは、鍵として不完全なのよ」
「…!?」
しかし、完全な力負けで、エルヴズユンデが押し飛ばされる。
「完全にアクセス能力を取り戻した今の私には分かる。あなたは…誕生したその時から完全に機能不全を起こしているわ」
大量の熱量の槍が、エルヴズユンデに襲い掛かる。
「それは、一体どういう意味です…!!」
ブラスターが、槍を迎撃する。
直後、ヴェネディクスのシールドから、凄まじい出力のブラスターが放たれる。
「うあ…っ!!」
エルヴズユンデが左腕の爪で光学シールドを展開して防ぐが、防ぎきれずに落下する。エルヴズユンデが、地面に叩き付けられる。
「二つに分かれた宇宙群の、片割れの鍵…その時点で、気付くべきだった…本来、そんな宇宙群に鍵なんて誕生する筈が無いのよ!!」
「…ならば、この私は…この私は一体何だと言うのですか!!」
「あなたは、封印された、崩壊前の宇宙群の鍵の力が、消える事も出来ずに不自然に宇宙群に残留した、その力そのもの…。
ただ宇宙群を救うため、戦闘用に最適化された…まさしく、亡霊…!!
そして、それが鍵としての姿を取れたのは…」
ギルティアは、相手の返答に嘘は無いと理解する。
確かに、それならば今までの自分の事の説明もつく。
過去の亡霊、まさしく、その通りだったというのか。
今、目の前にいる、使命を放棄している相手が鍵で、使命をひたすらに果たしてきた自分は、鍵ですらない。
ギルティアの中で、くすぶっていた、怒り以外のもう一つの感情が、爆発した。
『…あなたには負けられない…負けたく…ない…!!』
ギルティアの心に浮かんだ一言は、そのまま機体とギルティア自身への異変となって現れる。
エルヴズユンデの目に、不気味な紅の光が宿る。
それは、普段アクセス時に変化する眼とは違う。狂気が垣間見られるような、そんな眼だった…。
同時に、メキメキという音を立てて、四枚の翼がエルヴズユンデの背中から生える。
それは、まるで悪魔のような黒い翼だった。
「その力…そう、異形の力が、不自然に残った鍵の力を繋ぎ止め、形にした結果よ!!」
「…そん…な…」
ギルティアの目から、涙が溢れ出す。
「…あ…あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!!」
「それがあなたの本当の姿…あなたは鍵ですらない…あなたこそ、本当の異形…!!
ギルティア…名の意味は『罪』…そう…まさしく、あなた自身よ!!」
凄まじい量の熱量の槍が、エルヴズユンデに迫る。
「…う…うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーっ!!!」
かつて、ギルティアを封印したアイギスが、ギルティアに憐歌と同じ事を言った。
その時は、確かにその通りだと、ギルティアは感じた。
しかし、今のギルティアの心に浮かんだのは、その時とは違う感情だった。
『あなたにだけは、言われたくない。』
凄まじい衝撃波が、エルヴズユンデから放たれ、熱量の槍をかき消す。
衝撃波は、異形が使っていた物と同種の物だった…。
ギルティアは、ようやく理解する。
もう少しで良い、人として暖かさの中にいたい、その感情。
自分も、人を愛し、愛されてみたいという望み。
鍵の使命からの開放という、決して叶わぬ幻想。
そして何より、憐歌は鍵でありながら、使命を果たしてこなかったにも拘らず、あまりに幸せそうだった。
だから、ギルティアは、彼女の幸せを壊してしまいたいと、心のどこかで感じていたのだ。
そう、彼女自身には自覚はなかったが、それは彼女への強い嫉妬、羨望と言っても良いものだった。
それが、ギルティアが憐歌との戦いで感じていた感情の、正体だったのだ。
今、ギルティアの感情は完全に嫉妬に支配されていた。
それが、異形の力を、引き出しているのだ。
エルヴズユンデの左腕から、紅色の凄まじいレーザーが放たれる。
それが、刀身として固定され、巨大な剣になる。
「はああああああああああああああああああああああーっ!!!!」
エルヴズユンデが、ヴェネディクスに突っ込む。
「私は、鍵の使命を果たし…正しい事をして旅を続けて来た筈!
その私が、何故あなた羨望を抱かねばならないの…嫉妬しなければならないの…!!何故!何故!!何故!!!」
涙は、止まる事を知らなかった。
それはまるで、今まで長い長い旅で溜め込んでいた涙が、一挙に流れ出したかのようだった。
認めたくなかった。
羨んではならない。嫉妬をする理由などない。
鍵として使命を果たす事は、決して悲しい事などではない。
人形で何が悪い。その為に生まれた者は、そう生きる義務がある。
そして、ギルティア自身、その使命に誇りを抱いて生きてきた。
だからこそ、その嫉妬を、ギルティアは決して認めたくなかった。
「本当に…救われない娘ね…」
一閃を、ヴェネディクスは受け止める。
「あなたの、使命への機械的なまでの強い執着こそ、あなたが異形である証だというのに…」
直後、エルヴズユンデを、背後から無数の光の矢が貫く。
「あああぁぁああああぁぁぁぁーっ!!!!」
エルヴズユンデが、再び地面に落下する。
「あ…う、うぅぅ…私は…私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
満身創痍のエルヴズユンデは、それでも尚立ち上がり、剣を構えなおす。
ギルティアは、自分でも振るわれる力を止める事が出来なかった。
そして、止める理由すらなかった。
「プリズナーブラスター…バァァァァァァァァァストッ!!!!」
剣に、ブラスターが集中する。連続して放たれるブラスターが、剣に白い輝きを宿す。
それに、左腕の紅の光の刃を重ねる。紅の輝きが、剣に宿る。
「コンヴィクション…スラァァァァァァァァァァァッシュ!!!!」
「鍵の使命は悲し過ぎるのよ…けど、あなたはそれをずっと続けてきた…。
ずっと、悲鳴を上げる心を強引に押さえつけてきたんでしょうね…。
自らが、その使命に縛られた虚ろな亡霊である事にも気付かないで…。
…けど、大丈夫、私が…終わらせてあげる!!」
ヴェネディクスが、剣を構える。
「ライトニング…レクイエム!!!」
黄金の光を纏った剣閃が、紅の輝きを纏った剣閃と激突する。
どちらも、膨大なエネルギーを剣に込めている。
しかし、扱えるエネルギーの総量が、違いすぎた…。
エルヴズユンデが、押し返され、そのまま吹き飛ばされる。
そのまま、エネルギーの暴風に飲み込まれ、ズタズタになって、地面へと落ちていく。
「ぐ、う…まだ…ま…だ…」
既に、機体は半壊どころのダメージでは無い。
核の損傷もかなり大きいのだが、まだ、機能は停止していない。
アクセスは使用できない状態でありながらこの状態、異形の力が核を支えているようだ。
しかし、この力を以ってしても、相手の百パーセントのアクセスに勝つ事は出来ない。
姿勢制御すらままならない。反撃に転じる事すら、既に不可能だった。
「私…は、まだ…まだ、皆を…使命…を…う、ぐ…!」
エルヴズユンデが地面に叩き付けられる。
「私が、その使命の鎖から、あなたを解き放ってあげる…!!
あなたは…生まれるべきじゃなかったの。そして、封印を解かれるべきでもなかったのよ。
…だから…今度こそ、安らかに眠りなさい」
ヴェネディクスの胸部に、光が集まる。
エルヴズユンデのアトネメントプライと同種の武装のようだ。
「…う…うぅ…」
ギルティアは、再びヴェネディクスを睨む。
「まだ…プリズナー…ブラスター…バァァァァァァァァァストッ!!!」
エルヴズユンデの胸部に、ブラスターの光が集まる。
ブラスターでは次元壁破砕砲を止める事は出来ない。
しかし、今のギルティアには、そんな事は関係なかった。
ただ、目の前にいる彼女を、その幸せごと、破壊する。
もう、それだけしか、ギルティアの頭には無かった。
感情の正体が嫉妬であると分かった以上、もう、何も考えたくなかった…何も、願いたくなかった。
「願わくば、汝に安らかなる眠りあらん事を…!
ファーウェルララバイ…グッド・ナイト!!!」
ヴェネディクスの胸部から、閃光が解き放たれる。
それは解き放たれたブラスターの閃光を飲み込み、エルヴズユンデへと迫る。
「私は…私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!!!!」
その直後、だった。
「ようやく閉鎖空間壁を破壊出来た…ギルティアよ、貴公への借り、今返すぞ!!」
その一声が、閉鎖空間内に響く。
「あ…え…?」
ヴェネディクスの放った閃光は、何かに阻まれている。
それは、見覚えのある後姿だった。
「…ルー…ク…何…故?」
それは、次元竜ルークの姿だった。
「き、究極…生命…!?」
憐歌が、その姿に驚愕する。
ルークは、時空震を全身から放ちながら、敵の次元壁破砕砲を全身で受け止めている。
「フ、フフ…これは、きついな…成る程、貴公はあの時、これ以上の攻撃に、躊躇い無く身を投げ出したのだな…」
「手出し…しないで…これは…私の…!!」
「それは無理な相談だ。話を聞いたからには、尚更な…。
…実は、貴公の正体には我も薄々気付いてはいたのだ…だが、信じたくなかった。
そうだったら…あまりに悲し過ぎる…そう思っていた。だが…それが真実だった。
だが、それでも…我を救ってくれた貴公の優しさは…偽りではないと、我は信じている。
だからこそ、いつぞやの借りを返す為に、今我はここにいる…皆、後は頼むぞ…!!」
次元壁破砕砲を耐え切り、ボロボロになったルークが、倒れる。
「…ルーク…!!」
その横を、アークトゥルースとジオカイザーが抜けていく。
「随分と勝手な事を言ってくれおったな、この宇宙群の鍵よ!!」
シリウスが叫ぶ。
「お姉ちゃんは必要ない存在なんかじゃない!!」
イセリナがシリウスに続ける。
フェイト・スレイヤーを、ヴェネディクスが受け止める。
更に、もう一方の腕で、ジオカイザーのドリルを止める。
「く…っ…あなた方は…異形を庇い立てするの!?」
憐歌のその言葉に、シリウスは躊躇なく言い放つ。
「異形?それがどうしたと言うのだ!鍵であろうが異形であろうが、お嬢ちゃんはわしらの為に必死に、命を賭けて戦ってくれた…その事実に変わりはない!!」
その言葉に、イセリナが続ける。
「そうだよ!お姉ちゃんが鍵か異形かなんて関係ない!!お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ!
命懸けで私を救ってくれた、とっても優しくて、とっても強い…大好きなお姉ちゃん!
私達のために命を賭けて、皆のために命を賭ける、私達に心配させても、心配できる事すらも誇りに思わせてくれる、そんな自慢のお姉ちゃんだよ!!」
直後、ヴェネディクスは二機を強引に押し返し、二機が弾き飛ばされる。
「皆…手出し…しないで…!私は…私はまだ…戦えます…私は…まだ…!!」
ギルティアが叫ぶ。
しかし、エルヴズユンデが立ち上がり、前進しようとするのを、二機の機動兵器が抑える。
「レディオス…藤木…!?離しなさい…離しなさい!!」
ギルティアが叫ぶ。
「そいつは無理な相談だな、ギルティア!!」
「…お前が死ぬ所など、見たくは無い。それに、お前を負かすのは、この俺だ」
そして、エルヴズユンデを牽引して、後方から来た戦艦に戻ろうとする。
「離しなさい!!離して!!」
「全砲門開け!!エルヴズユンデを収容し次第、全速力で空間潜行してこの場を離脱する!!」
アルフレッドの指示が聞こえる。
同時に、ズィルヴァンシュピスの全ての主砲、副砲が、ヴェネディクスに照準を定める。
皆、ギルティアを助けるためだけに、ここに集まったのだ。
「逃がさない!ここで終わらせる!!」
無数の熱量の槍が、二機に捕らえられて後退していくエルヴズユンデ目掛けて放たれる。
「ジオ・バースト!!」
「光子爆雷、射出!!」
アークトゥルースとジオカイザーが熱量の槍とエルヴズユンデの間に割り込み、槍を迎撃する。
しかし、数が多すぎ、幾つかの槍が、アークトゥルースとジオカイザーを襲う。
「ど、どきなさい!!」
憐歌の叫びに、シリウスはニヤリと笑う。
「わしは彼女がここを離脱するまで一歩も退かぬ!!」
アークトゥルースが、ヴェネディクスに向けて再び突進する。
「同じく、だよ!ここで退く訳にはいかない!!」
ジオカイザーもまた、アークトゥルースに続く。
「何故…何故皆この娘を助けようとするのよ!!」
そうだ、力不足で宇宙群を危機に陥れた元凶、彼女の話からそれは分かった筈だ。
そして、ギルティア自身が異形だったというのならば、尚更だ。
憐歌は、皆がギルティアに止めを刺しこそすれ、助ける理由など無いように思えた。
「お嬢ちゃんがおらねば、今頃わしはこの世におらぬ!!
わしは…お嬢ちゃんには世話になったからな…その恩は返さねばならぬ!!」
叩き込まれた剣を、ヴェネディクスが剣で受け止める。
「救えもしないくせに、安易に彼女の命を助けようとしないで!!」
アークトゥルースが、背後から熱量の槍に射貫かれ、蜂の巣になる。
「ぐお…っ!!」
アークトゥルースが膝をつく。
「シリウス…やめて…!!」
その横を、ジオカイザーが抜けて行く。
「お姉ちゃんの封印を解いたのは、こんな所であなたに殺して欲しいからじゃない!!」
ジオカイザーが、大斧をヴェネディクスに叩き込む。
「そう、あなたが彼女を…必要ともされていない彼女を目覚めさせなければ、こんな事にはならなかったわよ!!」
ヴェネディクスが、剣で斧を柄から断ち切る。
「くっ…!」
更に、叩き込まれた剣で、ジオカイザーの左腕が肩からバッサリと斬り落とされる。
「イセリナ…もう…もう良いから…!!」
ヴェネディクスが、二機の機体に取り押さえられて後退していくエルヴズユンデを追いかけて飛び立つ。
「ここで終わらせなきゃ…せーやの所に戻っても、また同じ事が繰り返されちゃう…!!」
「待…て!!」
シリウスが、負傷しながらも叫ぶ。
満身創痍のアークトゥルースが立ち上がり、飛び立ったヴェネディクスを追う。
「絶対に…お姉ちゃんが望んだ結末になるまで…私はお姉ちゃんを死なせはしないよ!!」
ジオカイザーには、既に火器以外に武装が無い。しかし、それでも、ジオカイザーはヴェネディクスを追う。
願いはただ一つ、ここでギルティア死なせない、それだけだった。
「オーバーヒート・プリフィケーション…アタァァァァァァァック!!!」
ヴェネディクスが、ズィルヴァンシュピスからの砲撃をかいくぐりながら、熱量の槍を放つ。
ジェネラルとフレアドイリーガルが放たれた槍を迎撃するが、防ぎきれずに、直撃を貰う。
被害はズィルヴァンシュピスにも及び、複数の対空砲、副砲から爆発が起こる。
「ぐ…流石の力だな…ギルティアが救援を要請した理由も頷ける…!」
レディオスが、頭から血を流す。
「だが、まだまだ…この程度では…!」
左腕から血を流した藤木が、ニヤリと笑う。
「レディオス!!藤木…!!」
耐えられなくなったギルティアが、叫ぶ。
「皆…止めて!!私なんかを助けようとしないで下さい!!
私は…鍵ですらなかった…異形だったのですよ!?
私の事は良い…皆、逃げて…お願い…早く!!
皆が、私を大切に思ってくれただけで…私には十分です…!!」
ギルティアが叫ぶ。
「皆が無事なら…私は…!!」
ギルティアの言葉を、シリウスが遮る。
「すまぬが、その申し出は断らせて貰う…!
…お嬢ちゃん、わしらは人間だ。だから、わしらの力では、お嬢ちゃんを救ってやる事も出来ぬ。
…それどころか、命を賭けてもこの程度ぞ。だがな、お嬢ちゃんは、わしらが命を賭けるに相応しい守護者だ!!
ここで死なせるにはあまりに惜しい…例え鍵であろうと異形であろうと…わしらのその心に変わりは無い!!」
「…!」
その言葉に、ギルティアは、何も言えなかった。
「シリウスよ…」
倒れたルークが、よろよろと立ち上がる。
「ルーク!?」
「我が収束時空震ブレスと、貴公のフェイト・スレイヤーを最大出力で叩き込めば、奴を行動不能にする事くらいならば出来る筈だ…手を、貸してくれ!!」
「しかし、お主、その傷では…!!」
「この程度、以前我を助けた時にギルティアが負った傷に比べれば、大した物ではない!!
そして、痛みも、今までギルティアが負い続けていた痛みに比べれば、所詮は蚊に刺された程度に過ぎぬ!!」
その言葉に、シリウスは頷く。
「ルーク、お主…分かった!!」
ルークが、時空震ブレスをチャージする。
「この宇宙群の鍵よ!きっと、我らの行動は愚かなのだろう…。
だが、少なくとも、この宇宙群に『貸した』ものは、その住人をこのような愚かな行為に走らせる程に大きいのだ!!
愚かな我らの誇りを…思い知るが良い!!!」
ルークの叫びと共に、時空震ブレスが、ヴェネディクスに直撃する。
「う、くっ…!?」
ヴェネディクスの動きが一瞬止まる。
「そこだぁッ!!」
アークトゥルースが、機体各部に爆発を起こしながらも一気に加速する。
「フェイト・スレイヤー最大出力!!スターライト・セイヴァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!!
でェああああああああああああああああああああああああーっ!!!!!」
渾身の一撃が、ヴェネディクスに直撃する。
「きゃああああああああああああああああああーっ!!!!?」
ヴェネディクスが吹き飛ばされ、地面に突っ込む。少なくともこの隙を突いて離脱できるだけのダメージは通ったらしい。
「今ぞ!全機、全速後退!!」
ルークもまた、戦艦に向けて飛び立つ。
戦艦が更に前進する。
「お嬢ちゃん…決闘に水を差して…本当にすまんな。
これは、わしらの身勝手だ…だが、わしらは、後悔してはおらんよ」
「……」
ギルティアからの返答が無い。
どうやら、気を失ってしまったようだ。
無理も無い。異形としての力をここまで使い、しかも、ここまで戦ったのだ。
きっと、精も根も尽き果てたに違いない。
「お姉ちゃん…今まで、きっと辛かったんだろうな…」
「それを抑え込めたのが、異形の力が生み出した使命への執着だったのだろうな…。
…ならば、きっと彼女は、ずっとその力と共に戦ってきたのだ…」
「うん…」
イセリナの目からも、涙がこぼれていた。
「さて、問題は、これからどうするか、だな…」
先行していた三機の収容が終わり、続いて、アークトゥルース、ジオカイザー、ルークも、ズィルヴァンシュピスに帰還する。
「全ての人員の収容完了、急速潜行!!」
ズィルヴァンシュピスは空間に潜行し、境界空間へと離脱していった…。
「…逃がし、ちゃった…」
地面に叩きつけられたヴェネディクスの核で、憐歌は呟いた…。
一方、晴夜は、じっと、憐歌を待っていた。
「…無事で…無事でいてくれよ…」
何度目の祈りだろうか。
何度も何度も、そう繰り返す。
何度目か繰り返した次の瞬間、晴夜の周囲の空間に異変が起こる。
空間の、閉鎖だった。
「!?」
「せーや♪」
晴夜の目の前には、白い翼を生やした、見覚えのある少女の姿があった。
「れ、憐歌!無事だったんだな!?」
「うん、せーやが私を励ましてくれなきゃ、私は今頃ここにいないわよ」
憐歌の後ろには、青と白が基調の機動兵器が立っている。
胸部に深い傷がついている。
「良く頑張ったな…戦うのは、辛いんだろ?」
「うん、けど…宇宙群を守る時と違って、今、私、本当に幸せ!
…失敗したのは、相手に逃げられちゃった事だけど…」
「それは良いさ…今は…お前が無事で本当に良かった…!」
その言葉に、思わず、憐歌が晴夜に抱きつく。
「せーや!」
そして、唇が触れる感覚を、晴夜は感じる。
「ちょ、お前…!!」
「私はこれがファースト!さぁ、せーやはこれで何度目?」
そう言って、憐歌はいたずらっ子っぽく笑う。
「…見損なうな、俺だってファーストだ」
「ははは…良かったわ。けど…彼女を止めてあげる事が出来なかった…」
「彼女って、今朝の、あの娘…なのか…?」
「うん。使命を果たす事しか出来ない、悲しい、亡霊よ…。
見つけたら、今度こそ、終わらない悲しい使命から…解き放ってあげる…。
そうすれば、きっと私達は、短い間でも、幸せな時間を手に入れられるよ」
そう言うと、憐歌は戦艦が消えていった空を見上げた…。
続く




