Act.66 ギルティアの覚悟
Act.66 ギルティアの覚悟
インフィナイトとの交戦から一日が経過した。
次に到着した世界の、深い森の中で、ギルティア、ルーク、シリウスが、深刻な表情で佇んでいる。
月が美しい夜だった。
「…インフィナイト…私の想定以上でした…」
「ああ…チャージした時空震ならば少しは効果があると思ったのだがな…」
そう、インフィナイト相手に、まともに攻撃が通らなかった。
「わしに至ってはあそこに立つ事すら許されず、か…。
無理もない、我が最強の攻撃を返されてしまっては、ただ足を引っ張るだけぞ…これが、人と神の差か…」
シリウスが、ため息をつく。
「我々ですらも歯が立たなかったのだ、人間である貴公が気に病む事ではない。
…時に、ギルティアよ、お主、最後の一撃はインフィナイトの鎧を破壊していたな…しかも、最も頑丈であるはずの胸部を、だ」
「え、ええ…」
ギルティアも、その時の事を思い出す。
そう、インフィナイトに突っ込んだ時、確かに一撃、インフィナイトに決定打になりうるダメージを与えられた。
レーザー刀身による斬撃など、本来ならばダメージを与えられるような攻撃ではない。
「…実は、私にも良く分からないのです」
そう、ギルティアは自分でも良く分からないまま自然と使っていた。
「あの赤い刀身…私自身も今まで一度も使った事はありませんでした」
「…ギルティア…貴公は…」
ルークは何かを言いかけたが、そこで言葉を止める。
「…ルーク、何か心当たりがあるのですか?」
ギルティアに問われ、ルークは慌てて首を横に振る。
「い、いや、何でもない…多分、いや、間違いなく気のせいであろう。
まさかそんな事がある筈はないし、あってはならぬ。
貴公に話すまでもない『もしかすると』、そんな机上の空論だ…だから、気にするな」
そして、誰にも気付かれぬように呟く。
「…そうだ、そんな事はあってはならぬ。
そして、仮にそうであったとしても、彼女は知らぬほうが良い事だ…。
もし、あの戦いで我が感じた事が正しければ、彼女の力の源は、鍵の持つ力だけではない…そして、彼女の持つもう一つの力の源は…」
ルークは、そこで呟くのを止めた。
「いや、口にも出すまい…もしそれが本当ならば、悲しすぎる」
ルークは、それは自分の心の中に留めておく事にした。
「それよりも、重要なのはこの先、どうするかだ。
今の事で、貴公の力だけが頼りで、その力は自在に発揮できるわけではない事が分かった」
「そうだな…今のままインフィナイトへと挑んでも、勝ち目は薄かろう」
「…しかし、それでも、勝たねばなりません…勝たねば、何も終わりませんから。
ルーク、あなたならば、インフィナイトの本拠地を知っているのでしょう?
…教えて下さい。最悪、私一人でも行きます」
その言葉に、ルークは首を横に振る。
「…勝算が薄すぎる。何らかの策も講じぬまま、貴公をあそこに突っ込ませる訳には行かぬ」
「そう、ですね…勝たねば何も終わらない、負けたら何も守れない…。
しかし、敵の目的も既に次の段階に移行していると判断して良い筈です。
…あまり、悠長に構えている時間はありませんよ」
その言葉に、ルークが頷く。
「ああ、分かっている…ギルティアよ、貴公の方に何か手はないのか?」
「一つだけあります。しかし、それは…」
ギルティアの言葉が途切れる。
「…使いにくい手なのか?」
ギルティアは頷く。
そう、手というのは、憐歌に協力を要請する事だ。しかし、ギルティアは、その手だけは使いたくなかった。
自分の力で、何としてもこの事態を終息させなければならない。
「…それは、最終手段の最終手段です。私自身の存在意義を破壊する事になりかねません。
しかし、それが必要である可能性は高い…手遅れになる前に、決断は下さねばなりません」
それは、ギルティアの力では結局何も守れない、そう認める事だ。
たった一人の少女の幸せすら、守れないのだから。
ギルティアは、世界を守護する、人々を守り抜く、ただその為だけに生まれた者、もしそれが出来ないのならば、存在する価値はない。
もしそれを行えば、全て終わった後に、ギルティアは自身を廃棄処分するだろう。
「…ルーク、シリウス…私は、お二人にとって、『必要な存在』ですか?」
ギルティアは、そう尋ねる。
「どういう意味だ?」
シリウスが、聞き返す。
「インフィナイトは、明らかに今の私よりも強いです。
…私は、この宇宙群を、私自身の全てを賭けて守りきる、そのつもりです。
しかし、現状を冷静に考えれば、私の力では、全てを賭けても守りきれない、その可能性も高くなってきました。
もしもそんな時、私よりも強い力を持った守護者が現れたとしても、お二人は、まだ、そんな何も守れない私を、守護者として必要としてくれますか…?」
そう尋ねたギルティアは、静かに笑っていた。
「…お嬢ちゃん…」
「少なくとも、貴公がおらねば我はここにはいない。
…何の事を貴公が言っているかは分からないが、もしそんな存在が今更現れたとしても、我はこの宇宙群の真の守護者は貴公であると認めよう」
「…わしも同じだ。お嬢ちゃんが今まで命懸けでしてきた事、わしはしっかりと見ておる。
…それに、新型より旧型の方に愛着がわくのは、わしの常ぞ」
シリウスは、そう言って笑った。
「…ならば私が、他者の、そう、何の変哲もない一人の少女を生贄にしてまで、この宇宙群を守ろうとしたら、どうですか?」
「何が…あったのだ…?」
シリウスが尋ねる。
「いえ…今はまだ、ルークの言った事と同じ『もしかすると』の段階です」
「…そうか」
ルークは、わずかに理解する。
ギルティアは、宇宙群を守る為に他者を、しかも、ただの民間人を犠牲にする、そんな鍵に存在意義はあるのか、と聞いたのだ。
「ならば…その時にならないと分からんな」
「わしも同感だ。そもそも何の事を言っているのか分からぬ以上、わしには何も言える事がない」
「…そう、ですね」
ギルティアは、寂しげに頷いた。
「しかし、こちらから仕掛ける事が難しい以上、向こうの出方を待つしかありませんね…。
この世界の異形も既にイージス達が討伐しています」
そう言って、ギルティアは森の奥へと歩き出す。
ルークが、それを呼び止める。
「…何処へ行く?ギルティアよ」
「少し、一人で考えたい事がありますので…明日の朝に戻ります。
…戻り次第、次の目的地に出発しましょう」
「分かった…それと、くれぐれも思い詰めるなよ、お嬢ちゃん…」
シリウスの言葉に、ギルティアは何も言わずに微笑み、再び歩き出した。
ギルティアは森の中を歩き続ける。
左腕の爪でマップを表示すると、少し先に泉があるようだ。
「…そこが良いでしょうね」
ギルティアはそう呟くと、泉の方へと歩き出す。
少し歩くと、すぐに水音が聞こえてきた。
目の前が開ける。
「…到着、ですね」
泉の近くの岩に座ると、ギルティアは日記を取り出す。
「やはり、私の力では…彼女の代わりに生贄になる事すら、出来ないのでしょうか…」
ギルティアは、日記の筆が進まず、ため息をつく。
今どうしなければならないかは、分かっている。
しかし、それは、やはりギルティア自身の存在価値を否定する事と等しいのだ。
「…我々は初めから必要とされてはいない、ですか…」
憐歌の言葉が、ギルティアの頭をよぎる。
「もし彼女の言葉が真実だと言うのならば、きっと、こうして未だに戦い続けている私は、
ただ与えられた命令に従う事しか出来ない人形に過ぎないのでしょうね…」
ギルティアは、寂しげに笑う。
「…考えると考えるだけ泥沼です、か…」
ギルティアは、周囲を見回す。
音は、泉から水が流れ出る音と鳥のさえずりくらいしか聞こえない。
もちろん、人の気配も無い、いや、人の立ち入った形跡自体がない。
そして、泉の水質と深さを確認する…至って水は奇麗らしい。
「今は私一人ですし…少し、気分を変えますか…」
ギルティアは、そう呟くと、自分の衣服を脱ぎ始める。
ブーツを脱ぎ、鎧、ドレスを脱ぐ。
「…泉で水浴びなんて、一体、何年ぶりかしら…」
下着を脱ぎ、髪を結っているリボンを外す。
そして、ゆっくりと泉に入っていく。
ギルティアの長い髪が、ゆっくりと水に浸かり、広がっていく。
美しい月光だけが、ギルティアを照らし続けていた…。
一時間ほど経過し、ギルティアは水から上がった。
「…ふぅ、やはりスッキリしますね…」
近くの木の枝を何本も斬り、それにレーザーで着火して焚き火を作る。
自分の身体と、長い髪を乾かしながら、ギルティアは再び日記を開いた。
先程の二人の言葉が、頭をよぎる。
「たとえ、私に何も出来なくても…大切な皆に…手出しはさせない…!
私の剣が折れても…私の爪が砕けても…私のこの腕が千切れ飛んでも…絶対に、絶対に守り抜いてみせる…!
鍵が人類に必要とされていない…例え、それが正しいとしても…今、人形は…必要とされなかった鍵は、必要とされてここにいるのです」
日記の筆が止まる。どうやら、日記を書き終わったらしい。
「…これでよし、と」
大分髪も身体も乾いた。ギルティアは、下着を身に付け、服を着る。
鎧とブーツは、今は別に身に付けなくても良いだろうと、まだ置いてある。
「…しかし、自然界はあまり好きではありませんが、ここは一人になるには良いですね…」
ギルティアは、岩の上に座って暫く空を眺める。
「戻るのは明日の朝と言ってしまいましたが、さて…これからどうしましょう」
流石にこのまま時間を潰しているのもどうかと思ったギルティアが、岩から立ち上がる。
「…って!」
足元のこけに滑って、ギルティアがバランスを崩す。
大きな水音を立てて、ギルティアが泉に落下する。
「…痛ぅ…」
ギルティアがため息をつく。
「油断しました…」
服もびしょ濡れで、下着が透けて見えている…流石にこのまま戻るわけにも行かない。
「不本意ですが、どちらにしても、明日の朝まで服を乾かして行かねばならないようです…」
ギルティアは、そう言って苦笑した…。
「まぁ、こういうのも…悪くは無いですが、ね」
再び焚き火で暖を取りながら、ギルティアは呟いた…。
次の日、ギルティアがシリウス達の元へ戻る。
「…ただいま、戻りました」
「お、嬢ちゃん、帰ったか」
シリウスが、カップ焼きそばを食べている。相変わらず、使っているのはフォークだ。
「何処に行っていたのだ?」
シリウスの隣で肉を焼きながら、ルークが尋ねる。
「ええ、少しこの森の奥の泉で、次の目的地を含む、考え事を…ね」
ギルティアは、そう言って笑った。
「そうか…」
「…さて、では食事が済んだら出発しましょう」
「次の目的地は何処なのだ?」
その言葉に、ギルティアは頷く。
「先日立ち寄った宇宙です…と、ここまで言えば、ファラオ店長は理解できますか?」
「!」
訪れて以降ギルティアの様子がおかしくなった、あの宇宙か。
やはり、あの宇宙で何かあったのだな、と、ファラオ店長は納得した。
「…私も覚悟を決めました。上手く行くかは分かりませんが、奥の手を使わせて貰います」
「奥の手、とは、一体何なのだ?」
「…詳しくは道中で説明します」
ギルティアの言葉に、二人は頷いた…。
一方その頃、境界空間で、ギルティア達の方に向かう影があった。
「今は命令なんてどうでも良い、俺はあの時の雪辱を果たすだけだ…!
シリウス=アンファース…随分と楽しませてもらったからな…待ってろよ、リターンマッチと行こうじゃねえか…!!」
影はそう呟き、ニヤリと笑った…。
ギルティア日記
インフィナイト…まさかあそこまでの力を持っているとは…。
今私が持ち得る全ての力を以ってしても、
そして、ルークと協力して戦ったとしてもアレを倒す事は叶いませんでした…。
…しかし、私を必要としてくれた全ての人々の為にも、
私はこの宇宙群を、そしてそこに住む人々を守り抜かねばなりません。
私は私の使命を、存在意義を果たす。
そう、それによって私の使命の意味が、
そして私の存在意義が失われたとしても、私は皆の為に盾となって散りましょう。
それで良い、それが、鍵である私の定めです。
皆が、人々が無事ならば、それで良いのです…。
続く




