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地平の旅人  作者: 白翼冥竜
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Act.48 旅人の流儀


   Act.48 旅人の流儀


数箇所の異形を討伐し終えて戦闘モードを解除したギルティアは、矢萩警部達に案内された場所を見て、唖然としていた。

「…ここ、ですか…?」

「ああ、ここなら、防音もバッチリだ、変な方向に情報が漏れる事はないさ」

「しかし、よりにもよって…」

 …カラオケボックスだった。

「俺達は憂さ晴らしに良く来るんでな、ここの監視カメラの内の幾つかが、経営難の関係でダミーで代用されてるって事も知ってる。

 だから、店主と交渉して、ここをいつも、内密な会話の為に使わせてもらっているんだ。

 こういう仕事だからな、正規以外の方法で情報収集する為の方法も考えておかないといかん」

 その言葉に、ギルティアが、成る程、と頷く。

「お待たせ~!」

 向こうから、茶髪の女性が走ってきている。

 見た目は、二十代前半程度だろうか。

「綾子ー!」

 冬川が、その女性と強く抱き合う。

「…あいつが、冬川の嫁、冬川綾子だ」

「成る程…あ、そう言えば、腕の傷は大丈夫ですか?」

 ギルティアの言葉に、矢萩警部が頷く。

「この程度、唾付けときゃ治る!」

「はは…そうですか…」

 ギルティアは、その言葉に思わず笑う。

「この度は哲ちゃんを助けて頂いて、本当にありがとう!私、哲ちゃんの妻の冬川綾子!よろしくね!」

 綾子が、ギルティアに頭を下げる。

「…ギルティア=ループリングです」

 ギルティアも、頭を下げて返す。

「取り敢えず、立ち話もなんだし、入ろうか」

 矢萩警部が先導し、入店する。

 取り敢えず、全員が部屋に入り、落ち着いた所で、ギルティアが話し始める。

「…では、何から説明すれば良いでしょうか?」

「まずはあの化け物が何者で、ギルティアさん、あなたが何者なのかを教えてほしい。

 それが分からなければ対処のしようも無いしな…」

 矢萩警部の言葉に、ギルティアが頷く。

「分かりました」

 そして、ギルティアは異形の事、鍵の事を説明した。

「成る程…随分と、裏では大変な事になってるんだな」

「凄ーい!本物の魔法少女さんなのね…!」

 綾子が、感嘆の声を上げる。

「その…魔法少女、とは…少し違うのですが…」

 ギルティアが、照れくさそうに苦笑する。

「…ごほん、だが、そこまで広く化け物がいるなら、こうも不定期に事件になるだけで、そこまで大きく被害が出ていないのは何故なんだ?」

 矢萩警部の問いに、ギルティアが答える。

「私や、他の旅人が、人知れず異形を討伐しています。

 本調子であれば、私の場合異形の場所をかなり正確に把握できますので、ほぼ根絶する事も可能なのです」

「そういえば…先程から聞くが…本調子、と言うのは?君は、あれで本調子ではないのか?」

「はい、ある戦いで受けた傷が原因で、まだ、万全の状態ではありません」

 その言葉の後、ギルティアは、記憶に何か引っかかるものを感じ、少し考える。

「…そう言えば…」

 ギルティアが、思い出したように冬川を凝視する。

「…ああ!」

 そして、妙に納得したように頷く。

「冬川さん、少し前に、補導しようとしていつの間にか姿を消していた少女、いませんでしたか?」

「え?」

 覚えがあった。夜の街をたった一人でうろついていた少女で、冬川が補導しようとしたが、いつの間にかいなくなっていたのだ。

「あ、ああ。いたけど…それが何か?」

「…あれ、私です」

「ええ!?」

 冬川が驚く。改めて見てみれば確かに似ているが、どう考えても年齢が違う。

 しかし、それを知っていたという事を考えると、嘘では無いらしい。

「あれは、傷を負った直後でした。現在の姿が、私本来の姿…一応、かなりの力を取り戻しましたので、この姿に戻る事が出来たのです」

「ひょっとして…あの時、討伐の邪魔しちゃいました?」

「…いえ、無理もない事ですから。

 私が私の使命を果たしているように、冬川刑事も冬川刑事の仕事を果たしただけですからね」

 ギルティアは、そう言って笑った。

「…他に何かありますか?」

 ギルティアの問いに、矢萩警部が口を開く。

「ではギルティアさん、君はこれからどうするんだね?」

「まずは、仲間と一旦合流して、現状の情報を交換、その後、この宇宙にいる異形を徹底的に討伐します…それから、旅を続ける予定です」

「そう、か…」

 矢萩警部が、少し考え、口を開く。

「これは、偽の報告書を書いておく必要がありそうだ」

「警部!?」

 冬川が驚く。

 流石に偽の報告書という言葉には抵抗があったのだろう。

「銃弾を使ってしまった以上、何らかの報告は必要だ。

 だが、事情が事情だ、真実をありのままに報告するなど出来る訳があるまい。

 俺達に出来る事など限られているとはいえ、出来る限りの事はしてやろうじゃないか。

 彼女がいなければ、今頃俺達はここにいないんだ」

「ああ、成る程…そうっスね!」

 冬川が頷いた。

「…って訳で、話は纏まった」

「それだけで、良いのですか?」

 ギルティアが、少し驚いた表情をする。

「この事件の真相が分かった、そして、君が何者なのかも分かった。

 なら、他に何が必要だ?説明してくれた内容は、先程の事で、真実である事も理解できる。

 むしろ、色々な事に関して一気に得心が行った、感謝している」

「…それは何よりです」

「…さて、報告書の内容を練らねばならないな」

 矢作警部の言葉に、冬川が頷く。

「ですね…なるべく信憑性のある報告書にしなければ」

「さて、ギルティアさん、取り敢えず、報告書の内容が出来たら、確認を頼みたい」

「はい、分かりました」

 ギルティアが頷く。


「魔法少女って、私も小さい頃憧れてたの!サイン貰えない?」

 綾子が、唐突にギルティアに言う。

「…サイン、ですか?」

 ギルティアが、照れくさそうに少し考え、頷く。

「分かりました…別に、私などのサインに価値はありませんが…欲しいのであれば」

 ギルティアが、差し出された手帳に、サインを書き込む。

「…はい、どうぞ」

「ありがとう!」

「良かったな、綾子」

 冬川が、綾子に言う。

「けど、いくら魔法少女と言っても、こんな女の子一人に助けられるなんて、警察も大した事ないわねー」

 綾子の一言に、場の空気が凍りつく。

「……」

 しばらくして、遠慮がちにギルティアが言う。

「…あの…そ、それは少し違います…。

 …警察は立派に治安維持という仕事を果たしていますよ。

 ただ、この手の事に関しては、その道の専門家がいる、そういう事です。

 大体、もし警察が異形討伐まで成し遂げてしまったら、今の私の存在意義の大半が無くなってしまいますよ」

 ギルティアのフォローに、矢作警部が苦笑しながら礼を言う。

「そう言ってくれると、ありがたい…」

「けど、いくら魔法少女と言っても、女の子が戦ってばかりって、相当辛いと思うけどな…」

 綾子のその言葉に、ギルティアの胸がズキンと痛む。

「…そんな事は…ありません」

 ギルティアは、無理やり笑って見せた。

「そんな事は、ありませんとも…」

 何度か、そう呟く。それはまるで、自分に言い聞かせるかのようだった。

 暫しの沈黙。暫く考えていたギルティアが、遠慮がちに口を開く。

「…その、もし、差し支え無ければ、少し歌っても良いでしょうか?

 私、カラオケというのは…初めてなのです」

 ギルティアのその言葉に、矢萩警部は笑顔で頷いた。

「ああ、どの道、作業にはまだまだ掛かりそうだ。

 良いバックグランドミュージックになりそうだし、歌いたいなら歌うと良い」

「…ありがとうございます」

 ギルティアが、マイクを取る。

「曲は…と」

 ギルティアが、自分の知っている曲を選び、歌い始める。

 彼女の澄んだ歌声には、美しいながらも、何処か悲しげな響きがあった。

 いや、それ以上に、ギルティア自身の選曲が、あまりにも渋すぎた、ともいえる。

「尋常じゃなく上手いが…一体何だってんでこんな渋い曲を…」

 報告書にペンを走らせながら、矢萩警部が呟く。

 ギルティアが、一曲歌い終える。

「…ギルティアさん、ちょっと良いか?気になった事があるんだが…」

「はい?」

 マイクを片手に持ったままギルティアが矢作警部に答える。

「先程、旅人は世界の中に紛れ込んでるって言ったが…国籍や戸籍などのもの、一体どうやって誤魔化してるんだ?」

「近代は情報は殆どコンピュータで情報を整理していますから、その手の情報を管理しているコンピュータにハッキングをかけ、

こちらの『この世界における』情報をその内部に作っておくのです」

 その言葉に、冬川が驚愕する。

「それじゃ、国民の情報、全てそいつらの思うが侭って事じゃ…?」

「いえ、もしそれを悪用しようとした者がいる場合、他の旅人、そして、この私のような者が人知れず成敗し、それによって生じた損害も修正します」

「力に伴う責任はその命、それを悪用する者には容赦なく死を…それが、この世界の技術を遥かに上回る技術力を持つ者達、『旅人』の流儀か…」

 矢作警部が、そう頷き、言葉を続ける。

「ならば、ギルティアさん自身の国籍や戸籍は、この国に存在している、という事でいいのか?」

「いえ、正確に言うと、国籍はこの国のものではなく外国国籍になっています。

 出入りを繰り返しますので、そちらのほうが都合が良いのです。

 星海=ルティア=リングの名前で、留学生という事になっている筈です。

 もっとも、それを考えると、不登校の不良女子高生、とも取れてしまうのですがね」

 そう言って、ギルティアは苦笑した。

「ははは…確かに」

 矢作警部もそれに頷く。

「まぁ、それに関しては、うまく誤魔化すために、国籍、戸籍に非常に複雑な細工をしておきましたけどね。

 ごくたまに見かける『昼ドラ』なるものを参考に、かなり複雑な家庭環境を設定しておきました」

 その言葉に、その場にいた全員が吹き出す。

「…そ、そうか…」

「な、何か、変な事を言ってしまったかしら…?」

 妙な空気に、ギルティアは誰にも聞こえないように呟き、空気を元に戻すべく、言葉を続ける。

「…まぁ、私個人としては、ああいうのは嫌いですが…他には何かありますか?」

「いや、それが分かれば、報告書も一気に進むよ」

 その言葉を聞き、ギルティアは満足気に頷くと、マイクを手でくるくると回し、構える。

「…さて、二曲目、行きます」

「ギルティアちゃんばっかりでずるいわよ!私も私も!」

 綾香が、マイクを持ってギルティアの隣で勝手に曲を選ぶ。

「え、ええ!?」

 一緒に歌うのは構わない。

 ただ、ギルティアがあまり好まない、明るい恋歌系の歌だ。

 しかもギルティアは、必要最低限しか人間と関わらない。

 だから、最近の曲、というものには非常に疎いのだ。

「あ、あの…この手の曲は私、苦手で…!」

「いいからいいから~!」

 綾香が歌うのに、ギルティアが必死でついていく。

「女の子なんだし、暗いのばっかりじゃ寂しいわよね」

 その言葉が、再びギルティアの胸に刺さる。

「…っ…!」

 ギルティアは心の中で、それを必死で否定する。

 ずっと闇の中にいても、その先の光を人々に届けられればそれで良い、それが鍵の宿命だ。

 そう自分に言い聞かせ、湧き上がってくる何かを全力で抑え込む。

 それを抑えられなくなった時、間違いなく自分は自滅してしまう、そう感じていた。

 だから、全力で、そう、全力で抑え込むのだ。

 抑え込むと同時に、綾香を持ち前の歌唱力で引っ張り始める。

 元々、突然選択されたので慌てただけで、落ち着けば何と言う事はない。

 そして、再び一曲歌い終える。

「よし、これならどうだ?」

 矢萩警部が、ギルティアに報告書の原稿を手渡す。

 内容は、こうだった。

 現場にて、手甲型の爪のような装備をした殺人犯と思しき人物と遭遇、連れ去られようとしていた留学生、星海=ルティア=リングを救出。

 犯人は抵抗を試み、矢萩、冬川両名ともに発砲、その後、犯人は逃走。

 犯人の目的が不明の為、安全が確認されるまで我々が保護する事とする。

「保護…私を、ですか?」

「まぁ、表面上のものだ、君の行動に制限がかかるようなものではない。

 君が異形と戦っている今の状況をより深く理解したいからという事でもあるな」

 矢萩警部の言葉に、ギルティアが頷く。

「了解です。では、夜が明けてから、少し知り合いの所に行きます。

 …彼に、事情を説明しなければなりません」

「分かった、なら、俺達は少し仮眠をとってから合流する。

 …流石に徹夜で続けるのはきつい」

「分かりました…では、合流場所は…」

 ギルティアが、矢萩警部に、ツタンカー麺の移転先の住所を渡す。

「ラーメン屋…?」

「ええ、元旅人の方が経営しているラーメン屋です」

「ツ、ツタンカー麺!?」

 冬川が驚く。

「…どうしました?」

「ツタンカー麺って言ったら、行列ができる程の有名店じゃないですか!!」

「成る程…となれば、恐らく客が多すぎるので移転したのですね…」

 ギルティアが、移転の原因を考え、納得する。あの味、行列ができない方がおかしい。


 カラオケを出て、三人と別れたギルティアは、そのまま隣町へと歩き出す。

 もうすぐ夜明けだ。

 恐らく、ファラオ店長は、異形討伐を兼ねた夜の屋台営業から戻り、次の日の仕込みをしている頃だろう。

「さぁ、行きましょうか…!」

 ギルティアはそう呟き、隣町へと駆け出した…。


続く


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