第20話 仇敵(2)
(だめだ、強すぎる……)
フェリスの仇を討つと、いきり立った悠真だったが、戦闘は一方的だった。
ワーウルフの素早い動きに全くついていけていない。
相手の攻撃は一貫してヒットアンドアウェイである。
剣の間合いの外に距離を取り、そこから猛烈なスピードで突っ込んで来る。
そして、悠真の剣をかわしながら、すれ違いざまに横から鋭いツメで一撃を食らわせて、即座に距離を取り、スキあらば間髪入れずに突っ込んでくる。これの繰り返しである。
だが、そうと分かっていても、動きが速すぎて避けきれないし、剣もことごとくかわされる。
それならばとこちらから距離を詰め、ブンブンと剣を振り回しても全くかすりもせず、ただ体力を消耗するだけであった。
今のところ、防御壁のおかげで致命傷には至っていない。
ただ、ワーウルフの強さは防御壁のダメージ吸収力を凌駕しており、完全には攻撃を吸収できない。そのため、浅いとはいえ至る所に傷を負っていた。
それだけではない。あまりの攻撃の強さで、一、二発食らっただけで、防御壁が消えてしまうのだ。
呪文の発動は、強いイメージと精神力を必要とする。
すでに脳には疲れがたまり、悠真は鈍い頭痛を感じていた。
そのせいか、イメージから魔道エネルギーへの変換がスムーズに行かない。
より強く念じなければ発動しないのだ。
ゲームで言えばマナ切れが近い状態なのかもしれない。
(くっ……)
ワーウルフが距離を取ったところを見計らって、足元に置いたカバンの外ポケットから素早くポーションを取り出し、一気に流し込む。
体が緑色に発光し、ケガが治る。だが、脳の疲労は回復しない。
(このままじゃまずい……)
悠真は荒い息をつきながら、カバンのポーションを見て考えた。
すでにこの戦闘で3本飲んだ。残るはあと1本。
そして、相手はほとんど無傷だ。
現実的に考えて、このまま戦い続けたところでジリ貧になるのは間違いない。
何かやるならここだ。
(こうなったら、刺し違えてもいいから倒すしかない)
悠真は考えを変えた。
このレベル差で、傷を負わずに戦おうとするのが土台無理な話なのだ。
一撃で即死さえしなければ最後のポーションで回復できる。
こちらが重傷でも相手に致命傷を与えれば生き延びられる。
そして、何度も攻撃をくらったことで、相手のくせというか、攻撃パターンが見えてきた。
残念ながら、悠真の剣速と剣技では、そこを突くことはできない。
が、捨て身でいけば、やりようがあることに気がついた。
(怖いけど、これなら……)
失敗したら、致命傷を食らうかもしれない。
だが、遥を救うために、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
悠真はなけなしの勇気を振り絞り心を決めると、剣を右下段に構えた。
「その程度か!! このワンコ野郎!」
犬扱いすると狼系のヤツは怒る。
こんなお約束な挑発が効いたのか分からないが、ワーウルフが唸り声を上げ、猛然と正面から突っ込んできた。
間合いに入った瞬間、悠真は下から剣を振り上げる。
ワーウルフは悠真の左にひらりと跳び、剣を躱すと、そこから鋭いツメで引き裂こうと悠真の脇に潜り込む。
だが、悠真はそれを読んでいた。
これまでワーウルフは、右なら左、左なら右と、振り上げた剣の反対側に避けていた。
左に避けさせるために、右から剣を振り上げたのだ。
(……っ!)
ガラ空きになった左からワーウルフのツメが横薙ぎで飛んで来る。
悠真は、防御壁を左側に集中させ、同時に全身の筋肉を引き締めた。
そして、避ける代わりにワーウルフに向かって思い切り体を投げ出した。
(ぐうっ)
脇腹がツメで引き裂かれ血しぶきが舞う。防御壁は一撃で消えた。
ゴブリンには効いた小技が通じない。
だが、勢いをつけた悠真の体はワーウルフにそのままぶつかった。
これには相手も不意を突かれたらしく、足を取られ、悠真ともども地面にもんどり打って転がる。
しかし、最初からそのつもりだった分、悠真が起き上がる方が早かった。
「ウワアアアッ!」
訳のわからない叫び声を上げながら、悠真は剣を逆手に持ち替え、起き上がろうとしていたワーウルフの胸に突き立てた。剣は、ワーウルフの体を串刺しにし、地面に刺さる。
「ガハッ」
血を吐くワーウルフ。それでも悠真を切り刻もうと、両手を伸ばしてきた。
「フェリスの仇だ!」
悠真は、剣にありったけの念を込めた。突き立てた剣から猛烈な炎が吹き上がり、ワーウルフを包み込む。
「ギャアアアアア」
業火に焼かれ、ワーウルフが叫びを上げ、もがいた。
だが、さすがは格上のワーウルフ、それでもまだ激しく抵抗しながら、悠真を狙ってツメを振り回す。
「ぐうっっっ」
悠真はその場を動くことができない。
二度、三度と、悠真の腕や足が斬られる。
そのたびに血しぶきが舞い、突き刺さるような痛みが全身を襲う。
それでも悠真は、万が一にも逃げられないよう、あらん限りの力で剣を押さえつけた。
「!」
そのとき、悠真とワーウルフの目が合った。
ワーウルフはまだ戦意を喪失していなかった。それどころか、憎しみのこもった目で悠真を睨みつけている。
悠真はその視線を跳ね返すように、睨み返した。
(フェリスを殺したくせに、ふざけやがって)
怒りがふつふつと湧いてくる。
「これで、終わりだ!」
すべての力をここで使い果たすつもりで、今度はワーウルフの体内に向かって炎を注ぎ込んだ。
「グァァァァァァ」
ワーウルフは断末魔の叫びを上げた。振り回していた腕が地面に落ち、目の光が消えていく。
やがて、炎が消え、真っ黒に焼け焦げたワーウルフはピクリとも動かなくなった。
悠真は剣を抜いて、よろよろと下がる。
「や、やった……」
悠真はふらつきながらも最後のポーションを取り出して、一気に飲み干した。
緑色の光が悠真を包み、傷が癒えていく。
だが、緊張からの解放と疲労とで、もはや立っていられなかった。
その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「仇は討ったよ、フェリス……」
大きく息をつき空を見上げた。涙で雲が滲んで見える。
「だけど、君に会いたかった……」
もっと早く来ていれば、彼女は死ななくてすんだだろう。その後悔の念に流されそうになる。実際、ゲームでは二人でワーウルフを倒しているのだ。
無論、どうすることもできなかったのも事実である。昨日までこの世界が現実とさえ知らなかったのだから。
だが、それでも、このやるせなさを押し止めることはできなかった。
「ごめん……僕は、君を助けることができなかった……ごめんよ……フェリス」
悠真は、地面に手をつき、溢れてくる涙も拭かずにただ嗚咽を漏らした。




