第19話 仇敵(1)
翌朝。
悠真は早いうちにギルド宿舎を出てウルム村に向かうことにした。
「それじゃ、いろいろお世話になりました」
モリスと、わざわざ見送りに来てくれたマリディアに別れを告げる。
「ああ、気をつけて行きなよ。ケイゴによろしく言っといてくれ」
「はい」
「また気が向いたらいつでも戻ってこい。奴にもそう伝えておいてくれ」
「ありがとうございます。マリディアさんにはいろいろ教えてもらって、感謝してます」
差し出されたマリディアの手を握りしめ、悠真は頭を下げた。
「大したことはしていないさ。これからも精進しろ」
「はい」
二人との別れを済ませると、悠真は遥を探し出すという決意を新たに街を出た。
うまくいけば昼過ぎには到着するはずだ。
フューコットからウルムまでは特段見るべきものは何もない。草原が広がり、所々に森や丘、湖があるだけだ。
この世界では当然ながら数時間かけて歩くことになるが、ゲームでは町から町への移動が作業にならないように、マップで移動行程が示されるだけだった。そして、途中で魔物に遭遇したときだけ一人称視点に戻るシステムだった。
そのため、実際に歩く景色は目新しく、それでいて見覚えのある所もあり懐かしかった。
途中、何度かコボルドやその他の雑魚敵が出てきたが、何の問題もなく撃退し、旅は快適だった。
一戦をこなすごとに戦いにも慣れ、それが自信にもつながっていた。
そして、持たせてもらった弁当で昼食をとり休憩した後、森の中を通る細い街道を歩いていた時だった。
背後から、茂みをかき分ける音がした。
「また来たか……」
戦闘に慣れたと言っても、好き好んでしたいわけではない。危険は危険だし、魔物だろうと何だろうと生き物を殺すことには抵抗がある。
だが、この世界で生き抜くためには避けることはできない。遥を見つけて連れ帰るまでは、倒れるわけにはいかないのだ。
悠真は振り返って剣を抜く。
「来るならこい! 相手になってやる」
これまでの戦闘で気がついたことがある。
それは、腹から大きな声を出すと、勇気が湧いてくるということだ。
武道の試合で選手たちが声を上げるのは、自分を鼓舞する意味もあるのかもしれない。
そして、悠真の声に反応したのか、ガサガサいう音が急に止まった。
辺りに不気味な静けさが広がる。
だが、数メートル先の茂みの中に魔物がいることは間違いない。
もしや、怖気づいて身を潜めているのかと思い始めた時、
ハッハッ
と、聞き慣れない荒い息が聞こえてきたかと思うと、いきなり灰色の生物が猛烈な勢いで茂みから飛び出し、悠真めがけて突っ込んできた。
「うわっ」
完全に不意を突かれ、悠真は激しく突き飛ばされた。
背中を地面に打ち付ける。だが、それを痛がっている場合ではなかった。魔物が上から飛びかかってきたのだ。
「くっ」
すんでのところで、身をよじってかわし、すぐに立ち上がって身構えた。
そして、自分を襲った生き物の正体を知って愕然とする。
それは全身を灰色の剛毛に覆われた、人型の狼だった。
(ワーウルフ!)
悠真は血の気が引くのを感じる。
グルルルル
ワーウルフは、すこし前屈みの姿勢で二本足で立ち、両手から20センチはあろうかというツメを出し、こちらの隙を窺っている。
(なんでこいつが……)
こんなところに出没するとは聞いていない。全くの予想外である。
しかもこの魔物は相当に強い。
ゲームではレベル12相当だったはずだ。
そして、悠真は自分が倒せる魔物をレベル8程度だと考えていた。
この差は致命的に大きい。一対一では勝ち目がない。
フェリスと一緒でもギリギリだったのだ。
とはいえ、もはや逃げるタイミングを失った。ワーウルフは元が狼である。走って逃げ切れる相手ではない。
微かに手が震えだすのを、剣を握りしめて懸命に抑える。
こうしている間にも、ワーウルフは両手のツメを短剣のように掲げながら、ジリジリと近づいてきた。
そのツメで切り裂かれれば終わりである。どの程度シールドが持つかは分からない。
悠真は、剣に念を込めた。
剣が赤く光り、炎を帯びる。
グルル……
それを見てワーウルフが立ち止まり、警戒の唸り声を上げた。まだ剣の間合いの外だ。
予想外の危機に唇を噛む。
(くそっ……なんで、こんなところに……)
(いや、そうか……ここは……)
ここはフェリスが死んだ森と、ほとんど一続きなのだ。
その時、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。
「まさか、お前が……」
言いかけて、思わず息を飲む。背中に寒いものが走った。
「……お前が、フェリスを殺したのか?」
ワーウルフは全く反応せず、ただこちらの隙を窺いながら荒い息を吐いている。
(そうだった。あいつはまだ……生きてるんだ)
ゲームの世界では、悠真とフェリスが倒した。
だが、この世界では、フェリスが死に、ワーウルフは討伐されなかったのだ。
そして、その目を見た瞬間に確信した。
(オッドアイ! コイツだ)
右が青、左が紫。
ゲームでフェリスと一緒に戦った、あのワーウルフと同じ目だった。
「そうか……やっぱり、お前がフェリスを……」
怒りがこみ上げ、剣を持つ手がさっきとは別の感情でワナワナと震える。
『私も、本当のあなたに会いたいわ』
フェリスの笑顔と言葉が脳裏に浮かぶ。
覚悟は決まった。
もともと逃げられない以上、戦って勝つしかない。
だが、相手が彼女の仇であることが、悠真の戦意に火を付けた。
怯えは完全に消えた。
「やってやる。フェリスの仇だ!」
大きく叫びながら、剣を振りかぶり、悠真は自分から突っ込んでいった。




