第13話 架空の存在
何の音……だ……?
最初はそれが何か頭に落ちてこなかった。
だが、ガラスが触れ合う音だと気がついたとき、急に現実に引き戻された。
真っ暗だった世界が、少しだけ光と色を取り戻す。
薄れゆく意識と戦いながら力を振り絞り、手探りで旅人袋を引き寄せ、中を探る。
(あ、あった……)
それは、ガラスの小瓶に入った回復ポーションだった。
持っているのは知っていたが、現実の戦闘で気が動転してしまい、すっかり存在を忘れていたのだ。
力の入らない血まみれの手で蓋を開け、微かに頭を起こし、緑色の液体を口に持って行く。
今まで嗅いだことのない妙な匂いがする。しかし、躊躇している場合ではない。どうせこのままでは助からない。
目をつぶって一気に流し込んだ。
苦い味が口に広がる。
効果は劇的だった。
体が一瞬、淡い緑色の光に覆われたかと思うと、染み込むように消えた。
そして気がつけば、意識が完全に戻り、痛みも感じなくなっていたのだ。
「おお……」
思わず驚嘆の声を上げ、こわごわと上体を起こす。
具合はなんともない。
血だらけの体を探ったが、傷は完全に消えていた。
「た、助かった……のか……」
信じられない面持ちでよろよろと立ち上がると、コボルドの死体の横を通って、そばを流れる小川まで歩く。
まだ、体が小刻みに震えているが、これは精神的な動揺によるものだろう。
そして、血だらけの手を洗い、チュニックを脱いで脇腹の部分を洗う。
斬られたところがすっぱり穴になっている。
(だけど、どうしてなんだ?)
徐々に気持ちが落ち着いてくると、今度は疑問が頭に浮かんだ。
薫は、ゲームがこの世界の完全コピーだと言った。生物もあるがままに再現されている。
それなら、姿形だけでなく、性質や強さも同じであるはずだ。
ゲームではコボルドは最弱の魔物である。
スタート時のチュートリアルで戦わされて、楽勝で勝った。
こちらのヒットポイントもろくに減らなかったのだ。
ならば、それと全く同じ世界に来て、なぜこんな目に遭うのか。
(いや、そうか……)
そこで気がついた。
ゲームの中で架空の存在だったのは、この世界そのものでもそこに住む生物たちでもない。
悠真自身、正確に言えば、自分のキャラであるということを。
おそらく、ゲームとしてバランスを取るために、悠真本人よりも強く作られていたのだ。
そして、今自分は、素の状態でリアルな世界にいる。
(そりゃ、チュートリアルで死んだら、ゲームになるわけないか……)
思わず、自虐の笑いがこみ上げてきた。
だが、彼自身が現実のアヴァロンに来た以上、ここからは本来の自分の腕力で戦わなければならない。
そして、最弱の魔物一体でこの様である。迂闊に戦闘などできるわけがない。
(やっぱり、先にフェリスだ)
もちろん彼女に会いたいという気持ちもあるが、仲間がいないと外を歩くことすら危険である。
ゲームでは、初期街フューコットの宿屋に彼女と二人で滞在している。そこに行けば会えるだろう。
『ホントに待ってるわよ』
彼女の言葉が脳裏に蘇る。
悠真は、まだ戦闘の余韻を引きずったまま、街道を歩き出した。




