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第七十六話 男の子でしょ!


 結論から言えば、傀儡術による暗示を現状で解くことは無理らしい。

 つまり、暗示をかけた本人を見つけ、そいつに解呪してもらうか──もしくは始末しない限り、九頭竜さんたちの操りは解けない、ということだ。


「今すぐは無理! でも時間をくれれば絶対にやるからね? 私、高位魔術師ですから!」


 胸を張り、鼻息荒く言うシュシュ。

 ──はいはい、頼りにしてますよー。


 というわけで、とりあえず九頭竜さん、ガース、キリは催眠魔法で眠ってもらい、床に川の字で寝かせてある。

 キリだけ膝枕なのは、もう突っ込まないでおく。愛は強しだ。


「さて……残るは和泉さんとサキコちゃん。そして、敵の本丸ね」


 アンジュが腕を組みながら言うと、リラも階段を見上げて頷いた。


「いるとしたら、上……だと思います」


 そこでシュシュが手を上げた。


「あの、私……ここに残っててもいい? この三人を放っていくのは、ちょっと怖くて」


 膝の上のキリの髪を、彼女は不安そうに撫でていた。

 行けない理由としては十分すぎる。


「戦えるのは……アンジュ、リラ、そして俺、か」


 そう言うと、アンジュが気まずそうに視線を逸らした。


「いや……今回は私、頼らないで。さっきの神威は『私の子供たち』だからギリセーフだっただけ。この上にいるのは、地球側の存在。私の神威は界律違反で発動した瞬間に消される」


 ──女神のくせに規制だらけってどういうこと。

 だが文句を言っても仕方ない。


 リラは後衛。

 アンジュは封じられた。

 シュシュはここを守る役目。


 つまり──


「……分かりました。俺が偵察に行きます」


 俺がそう言うと、三人の目が同時に見開かれた。


「シン!?」


「アンジュは力が使えない。リラは後衛として守りを崩せない。シュシュはこっちの防衛が必要。となると、俺しかいないでしょ。まず状況を見てくる」


 自分で驚くほど、声はちゃんとしていた。


「でも……危険です!」


 リラが慌てて俺の腕を掴む。


「危険なのは分かってる。でも──和泉さんとサキコちゃんを放ってはおけない」


 俺は笑顔を作った。

 多分ぎこちないけど、今の俺にはそれが精一杯だった。


「大丈夫。見るだけだし、すぐ戻るから」


 アンジュが沈んだ目で俺を見る。


「……シン、勇者だったころとは違うんだから。無理は……」


「分かってるよ」


 階段へ向かう俺の背に、リラの声が飛ぶ。


「シン! 本当に、すぐ戻ってくださいね。約束です!」


「約束する」


 そう言って手を振った。


 ──男の子なんだから、これくらいやらないと。


 自分に言い聞かせながら、階段をゆっくりと上る。

 途中から身を低くし、這うように三階へ顔を出した。


 三階は──フードコートだった。


 ガラス張りの天井からは光が差し込み、本来なら平和なランチタイムの場所。

 でも今は、床一面に眠りこけた人々が倒れ、ざわつく静寂だけが漂っている。


 それはまるで──死んでいないのに、死体の森みたいだ。


 しかし、その体が邪魔で見通しが悪い。

 ──いったん登りきるしかないか。


 俺はそっと這い上がり、近くのパーテーションの陰に隠れる。


 奥の段差……ステージのような場所に目を向ける。

 そこに──和泉さんとサキコちゃんが、虚ろな目で立っていた。


 そして、中央に座る異形。


 ──ピエロ?


 赤白の派手な衣装。

 過剰な化粧。

 不気味な笑顔の仮面。


 人形みたいなのに、生々しい“気配”だけがやたら強い。


 ──こいつが、本丸……!


 冷たい汗が背中を伝う。


 ゆっくり後退しようとした、そのとき。


「おやおや。覗き見は良くないよねぇ?」


 ピエロの声がフロアに響き渡った。


 ──バレた!?


 逃げようと階段へ向かうが──バシュッと音がして透明な壁が出現し、行く手を塞いだ。


 振り返ると、和泉さんがこちらへ向けて手を掲げている。

 ──彼女の妨害障壁。


「くっ!」


 バットで殴るが、強烈な衝撃が返って手が痺れるだけだ。


 階段下にはアンジュとリラの姿。

 こちらに駆け寄っているが、壁に阻まれて近づけない。

 何か叫んでいるが、声も聞こえない。


 完全に──孤立した。


 ピエロがゆっくりと立ち上がる。


「いやぁ、遅かったねぇ。もう来ないのかと思ったよ?」


「お前……何者だ?」


 喉が震える。

 だが、何とか声だけは出した。


「これは失礼。挨拶がまだだったねぇ」


 大げさに礼をし、仮面越しの目が妖しく光った。


「私は魔王様直属の配下──不機嫌なピエロ、だよ」


 そして、俺を指さす。


「で? 君は勇者パーティの誰さんかな?」


 鼓動が跳ねる。

 名乗る気はないが──どう答えるべきか迷った、その時。


「言っとくけど、勇者は来ないよ?」


「……どういう意味だ」


 ピエロは愉快そうに笑った。


「捕まえて、監禁するよう言ってあるからねぇ。来ない来ない」


「……!」


「だからさ。君たち残りのメンバーは──勇者をいじめるための、最高の“ネタ”なんだよ」


 ピエロは、ねっとりと笑った。


「勇者ってさ、自分が傷つくのは平気でも、仲間が傷つくのはダメじゃん?

 だから君らを痛めつけるのが一番効くの」


 ピエロは笑っていた。


「だからね。捕まえた勇者の前で君たちを一人ずついたぶる。たのしーよー」


 その口元が、にちゃりとゆがむ。


「それにしても、三人も送ったのに負けちゃったんだ。もしかして君、つよい?」


 ──俺以外が強いんだが、教える義理はない。


 答えない俺に、業を煮やしたピエロは、おもむろに胸元から端末を取り出し、何かを調べだした。

 数秒後──ピタリ、と動きを止めた。


 仮面の奥の目が、細くなる。


「もしかして君、『生き残り勇者』?」


 ──生き残り? なんだそれ。


 そんな俺の疑問に答えるように奴は続ける。


「ほら、勇者って役目を終えると大体殺されるじゃん!

 でもたまーに、生き残る奴が出てくるの。珍しいんだよねぇ。

 もしかして、君?」


 ──こいつ、何を言ってるんだ? 殺される? 勇者が?


 頭が追いつかない。

 でもピエロは楽しそうに続ける。


「さては君、記憶を消されてる? ずいぶん過保護な女神だなー。

 でもさ、生き残り勇者はレアで価値が高いの。捕まえたら、そりゃもう、ね? 超ラッキー!」


 何がラッキーなのか分からないが、ピエロは体を揺らし興奮する。


「決めた。──君は殺さず、捕獲してあげる」


 仮面の笑顔が、ぐにゃりと歪んだ。


 俺はバットを握り直す。


 ──よくわからない。

 分からないが、はっきりしてることは一つ。


 戦うしかない。



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