第五十七話 interlude 聖女リラ -約束-
【聖女リラ -約束-】
さっきからずっと、宝珠が映し出す映像は『勇者ルーリ』とその仲間たちを中心にしていた。
「一人は剣士か」
キリが、映像の中の男性が腰に携えた剣を見て呟く。
「……カタナ、だな。シンが言っていた通りだ」
彼の愛剣もまた『カタナ』。シンが故郷の剣を見様見真似で鍛えたものを、キリはずっと大切に使っている。
「かわいい子ね」
シュシュが、勇者ルーリ本人を見てそう言った。
確かに、映像の中の少女はまだ幼さが残るものの、屈託のない笑顔を仲間たちに振りまいている。
その笑顔を見るたび、なぜだか胸の奥がチリリと焦げるような、黒い感情が湧き上がるのを感じた。
そんな私の心を察したのか、隣のシュシュが意地悪く笑いながら言う。
「重い女は嫌われるわよー」
「……まだ、子供じゃない」
つい、本音が口から滑り落ちた。
そんな私に、キリとガースが生温い視線を向ける。
シュシュは追い打ちをかけるように「さすが『要石の女』」とからかい、私は「うるさいわね!」と返すのが精一杯だった。
──そんなことより、シンを! もっとシンを映して!
心の叫びが届くはずもなく、映像はルーリ達ばかりを追っている。
時折、画面の端の暗がりにアンジュらしき女性と、もう一人の男性が映るが、はっきりとは見えない。
それでも、その男性のシルエットが映るたびに、心臓が大きく跳ね上がった。
「さすがに、これだけじゃ召喚は無理か」
シュシュが諦めたように呟く。
魔法陣を囲む魔法騎士団の隊長が言った。
「ええ。何かもう一押し、明確なきっかけが必要なのかもしれません」
私はただ、祈るように映像を食い入るように見つめ続けた。
▽▽▽
その後も、映像は勇者ルーリの仲間たちの紹介を中心に進んでいく。
どうやらパーティは、カタナを持つ剣士の男性、結界魔法を操る女性、そして星読みの力を持つという少女で構成されているらしい。
「そして、あれが魔王軍の拠点です」
相変わらず小声の解説が入り、画面に映し出されたのは、光り輝く白い箱を積み重ねたような、巨大な城だった。
「すごい……」
部屋のどこからか、呆然とした声が上がる。
集められた王国の学者たちが、未知の建築様式に目を見張っていた。
やがて作戦内容についての解説が始まる。
勇者パーティと、アンジュとシンの二手に分かれて攻略を進めるようだ。
アンジュの懐かしい声が響く。
「どうせ相手は、こっちが来るって分かってるんでしょ? だったら、正々堂々と正面から挨拶してあげるのが礼儀じゃない?」
その豪胆な物言いは、私達と旅をしていた頃と少しも変わっていなかった。
結局、アンジュとシンは、鉄でできた奇妙な箱型の乗り物に乗って去っていった。
その時、一瞬だけ映ったシンの横顔が、どこかひどく寂しそうで、胸が締め付けられる。
「ねえ、あれ本当にシンなのかな? 別人が変装してるとかじゃなくて?」
シュシュが訝しげに呟いた。
「いや、アンジュはあんな妙な服を着ているが、間違いなく本人だ。だとしたら、隣にいるのがシンなんだろう」
キリが腕を組んで答える。
「なんかなあ。あの男、ずっと下向いてて覇気がねえよな」
ガースが納得いかないように首を捻った。
──そう、シンらしくない。
でも、間違いなく彼はシンだ。シルエットだけでも、私には分かる。
映像は、魔王の拠点への潜入シーンへと進む。
その時だった。勇者ルーリが懐から奇妙な音の鳴る四角い板を取り出し、それにむかって話し始めたのだ。
内容は……シンが、この作戦から離脱するという信じられないものだった。
通話を終えたらしいルーリが、仲間たちに向き直って説明する。
「今回、シン様は参加されないことになりました。でも、大丈夫です! 私達だけでやり遂げましょう!」
「……嘘だろ?」
ガースの呟きが、静まり返った部屋に落ちた。
「シンが……あいつが、敵を前にして逃げるなんてこと、するわけがねえ!」
シュシュもキリも、隠しきれない動揺に視線を彷徨わせている。
部屋のあちこちからも、「ありえない」「あれは英雄シンではない」と、囁き合う声が聞こえてきた。
私自身は、やっとの思いで掴んだはずの、細く、か弱い蜘蛛の糸。
それが今、ぷつり、と音を立てて切れてしまったのを感じた。
膝から力が抜け、私はその場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
頭の中は真っ白。
気づかぬうちに、頬を熱い雫が伝っていた。
▽▽▽
魔王の拠点に忍び込んだ勇者たちは、ついに敵との接触を果たした。
白い大きな空間に、奇妙な台がいくつも並ぶ場所。
そこで彼女たちを待ち受けていたのは、純白のゴーレムの群れだった。
しかし、彼女たちは攻めあぐねていた。
そのゴーレムの正体は、操られた人間。無抵抗の相手を切り捨てることができずにいるらしい。
「……甘いな」
キリの冷徹な呟きが聞こえた。
「このままじゃ、全滅しちゃうよ」
シュシュも、息を殺して画面の行く末を見守っている。
私から見ても、彼女たちの戦いぶりはあまりに稚拙で、未熟だった。
部屋の空気も、いつしか息苦しいほど重いものに変わっていく。
このままでは、異世界の勇者パーティが壊滅する様を、ただ見せつけられることになる。
仲間たちの悲鳴。勇者ルーリの焦燥に満ちた顔。
──ああ、もう見ていられない。
私が思わず目を背けた、その瞬間だった。
画面が、世界が、白く輝く光に満たされた。
「……覚醒、したか」
キリが、安堵とも畏怖ともつかない声で呟いた。
『勇者覚醒』──それは、勇者が真に勇者たる力を手にした証。
今、この瞬間、異世界の少女はその時を迎えたのだ。
形勢は一気に逆転する。
覚醒した勇者の力は圧倒的だった。
見事ゴーレムたちを無力化し、仲間たちが駆け寄って勝利を喜び合う。
その輪の中で、星読みの力を持つという少女が言った。
「ヤマさん達と合流しましょう!」
『ヤマさん』。映像の中で、時折そう呼ばれていた男性の名前。
それは、この世界でシンが使っていた偽名の一つだった。
──シンは、いた! 逃げてなんていなかったんだ!
心臓が早鐘を打ち始める。あまりの喜びに、全身が打ち震えた。
「そー来なくっちゃ! シンが敵前逃亡なんてするわけねーんだよ!」
ガースの歓声が、部屋中に響き渡った。
映像は、大きな扉の前に立つ勇者たちを映し出す。
彼女がその扉を渾身の一撃で粉砕した先で、シンとアンジュは戦っていた。
その奥に立つ、奇妙な礼装をまとった男。
あれが魔王の腹心なのだろう。
「彼が、今回の討伐対象である『アナウス』です!」
唐突に、女神ソニアの解説が入る。
「そして今、新旧二人の勇者が揃い踏み! 最強のパーティで、あいつをぶった斬っちゃいますよ!」
覚醒した勇者ルーリと、シンが固く握手を交わす。
──そう。その横顔は、紛れもなく、私の愛したシンだった。
そこからの戦いは、まさしく圧巻だった。
覚醒した勇者と仲間たちの見事な連携が、アナウスを追い詰めていく。
「ブレイブ・スラッシュ・ゼロ!」
勇者が放った究極の一撃が、アナウスを一刀両断にした。
仲間たちが勇者の元に駆け寄り、勝利の歓声を上げる。
「ダメだよ! まだ終わってない!」
シュシュが、届かぬと知りながらも叫んでいた。
「……若いな」
ガースが、苦々しく呟き目を伏せる。
そう。それは奴らの常套手段。
死んだと見せかけて油断を誘い、背後から牙を剥く。
私達も、その手で何度も命を落としかけた。
案の定、倒れたはずのアナウスの体から無数の触手が伸び、勝利に酔う勇者たちを瞬く間に蹂躙していく。
一瞬にして、戦場に残されたのはアンジュとシン、ただ二人だけだった。
「なぜ『マグナフォルテ』を使わない!」
ガースが焦燥に駆られて叫ぶ。
それに対し、キリが冷静に、だが厳しい声で答えた。
「使わないんじゃない。……おそらく、使えないんだ」
──どうして? なぜ、呼んでくれないの?
絶望的な状況を前に、シンが私を呼ばない理由が分からない。
魔の触手が、残された二人を襲う。
それなのに、何もできない自分が歯がゆい。悔しい。
──どうして? なぜ、呼んでくれないの?
そして……致命的な一撃が、シンに向かって伸びた。
しかし、それはシンを庇って盾となったアンジュの体を、無慈悲に貫いていた。
シンが、泣いていた。
それなのに、何もできない自分が歯がゆい。悔しい。
──行かなきゃ。今すぐ、彼の元へ! お願い。私を……!
「シン! 私を呼んで!」
いつの間にか、私は声を張り上げて叫んでいた。
「ずっと一緒に生きていくって、約束したじゃない!」
その時だった。
幻聴ではない。確かに、彼の声が、魂に直接響いた。
「リラ! ……頼むッ……!」
瞬間、全身が淡い青色の光に包まれる。
ふわり、と体が軽くなり、意識が風に溶けていくような感覚。
次に目を開けた時、私はそこにいた。
血と硝煙の匂いが満ちる、異世界の戦場に。
そして、私の目の前で、傷ついた女神を抱きかかえ、絶望に顔を歪める、愛しい人の姿が。
「……やっと。……やっと、呼んでくれましたね」
私は、涙で滲む視界の中、精一杯の笑顔を作って言った。
「シン」




