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第百九十二話 敵か味方か


  ブブブ、ブブブ。


 ナムナムと神の使いを拝む秘書の横で、俺の内ポケットが震えた。

 サキコから渡された、見知らぬスマホだ。


『おや、電話ですね』


 すっかりムッシュとの専用通話ツールと化していたが、改めて見ればこれはただのスマートフォンだ。

 取り出して画面を見るが、そこには『着信』の二文字しか表示されていない。


「いったい誰から……」


鏡太洋(かがみたいよう)さんからですよ』


 俺は通話ボタンを押した。


『山川さん?』


 何かに急かされているような、切羽詰まった声だった。


「はい。山川です」


『よかった。無事なんだね。鏡太洋です』


「……ご無沙汰してます」


 電話の意図が読めない。俺は最小限の相槌だけでやり過ごすことにした。


『もしかして、誰か近くにいる?』


「ええと……一緒に逃げている、神の敬虔なる下僕が一人」

『???』

「忘れてください」


『一緒にいるのって、藤堂さんのご友人でしょ?』


 チラリと横を見る。

 町田はいつの間にか祈りをやめ、俺の顔をじっと見つめていた。

 首をブンブンと激しく横に振る。


「……いえ。わかりません」


 俺が誤魔化すと、町田は今度は首をブンブンと縦に振り、親指を立てて唇だけで『グッジョブ』と形作った。


『まあ、急に私を信じろと言っても、無理な話だろうね』


 鏡の声は、どこか寂しげに響いた。


『それでも言うよ。私を信じてほしい』


 短い沈黙。


『私は、君たちの味方だ』


 はっきりと、迷いのない言葉だった。


『私にできることは限られているかもしれないが、力になりたいんだ』


 ……まったく。

 極限状態の逃亡中にこんなことを言われると、つい絆されそうになってしまう。


『彼に敵意は感じませんね』


 イヤホンの奥で、ムッシュが沈黙を埋めるように囁いた。


『ちなみに、私の声は彼には聞こえていないので、返答のトーンには気をつけてください。それと、私の存在は伏せておいた方がいいでしょう。ある意味、山川さんが持つ数少ない切り札ですからね』


 自分で「切り札」と評するあたりが鼻につくが、言っていることは正しい。


「……鏡さんは、どこでこの番号を知ったんですか?」


『サキコちゃんが教えてくれたんだ』


「サキコが? そんなに親しかったですか?」


『正直に言おう。勇者パーティのバックアップメンバーの中では、一番縁がないかな。話したことも数度しかない』


「じゃあ、なんで?」


『分からない。突然電話をもらってね、君を助けてほしいと頼まれたんだ』


 彼は、少しだけ声を潜めた。


『頼まれたから、協力するわけじゃない。……私の事は、どこまで聞いてる?』


「以前は『過剰脅威対策室』の初代室長で、ルーリ達を支援していた。でも、突然辞めたってことぐらいしか知りません」


 そこまで言って、思い出す。

 あの日。グール化した少年に襲われた夜、彼に助けてもらった礼をまだ言っていなかった。


「……それと。シルベ事件の時には助けていただきましたね。ありがとうございました」


 こんな極限状態で言うことでもないが、ずっと気になっていたんだ。

 俺の不器用な感謝に、彼は『そんなの……私は私の都合で助けたまでだよ』と、気にするなと返ってきた。


「なんで、鏡さんは過剰脅威対策室を辞めたんですか?」


 沈黙。


 ──地雷を踏んだか?

 もう一度聞こうとした俺を遮るように、彼が口を開いた。


『まだ追われてるんでしょ? 今、どこにいるの?』


 ……はぐらかされた。

 チラリと町田を見る。

 彼女は眉間にしわを寄せ、両手で激しく『バツ』のサインを作っている。


「俺たちの状況、知ってるんですか?」


『まあね。こう見えて、まだ慕ってくれてる奴もいてね。情報を流してくれるんだ』


 ハハ、と乾いた笑い声が漏れる。


『今、車で待機してる。たぶん、君たちの近くにいると思うんだ』


『ここから五キロほど先の国道にいますね。山道ですが、三十分もあれば合流できますよ』


 イヤホン越しに、ムッシュが正確な位置情報を挟んできた。


『場所を教えてくれれば、迎えに行くよ』


 鏡の提案に、再び町田を見る。

 彼女は『罠だよ、きっと!』と声にならない口パクで訴えながら、バツのジェスチャーを高速で繰り返している。


『助けてもらいましょう。どのみち、山を出ても追手から逃げ切れるとは思えません』


 ムッシュは、極めてドライな判断を下した。

 俺はひとつ、深くため息をつく。


「今からそっちへ向かいます。……お願いします」


 ▽▽▽


「絶対、罠だよ! こういうタイミングで出てくる人って、裏切り者に決まってるんだから!」


 獣道をかき分けながら、ふてくされた町田はずっと不平をこぼし続けていた。


「だいたい、三話目あたりで『僕は君の味方だよ!』なんて出てくる奴は、八話目ぐらいで『ホントのワル』だったって判明するパターンなんだから!」


「なんだよ、その三話目とか八話目って」


「ドラマよ、ドラマ!」


 ──ドラマかよ。


「きっとそいつが首謀者に違いないわ! 私の第六感がそう告げてるの!」


 文句を言いながらも、町田は俺の後ろにぴたりとついてくる。


『もうあと二十メートルほどで、国道に出ます』


 ムッシュのナビ通り、前方の木々の隙間から、街灯のオレンジ色がちらちらと見え始めた。


「あ! あれじゃない?」


 町田が指をさす。

 ぽつんと立つ街灯の下。

 そこには、ありふれた白いワゴン車が停まっていた。


 国道の脇まで進み、周囲を警戒する。

 国道と言っても、山を抜ける二車線の細い道だ。

 深夜ということもあり、不審な車も、人影もない。


 俺は町田に懐の八咫烏様を預け、ここで待つよう指示した。

 一人、ワゴン車へ歩み寄る。

 途中で振り返ると、木の陰から町田とカラスがひょっこりと顔を半分出し、心配そうにこちらを見つめていた。


 足音に気づいたのか。

 運転席のドアが、静かに開く。


 街灯の光の中に、その顔が現れた。



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