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 もう十年以上も昔の話しだ。


「ねえ、叔父さん! 冒険の話しして!」

「お、どうしようかな?」

「ラコンテも来ているから、あそこの部屋も行こうよ。お父様」


 幼いラコンテがエルゼの父親に話しをねだり、エルゼもある部屋へと行くように促す。

 あの日は久しぶりにアルコバレーノ・サーカス団がエルゼの住む街にやってきたのだ。そして千秋楽を終えて、この地を離れる前日に叔母とラコンテがエルゼの家にやってきたのだ。


 エルゼとラコンテ、そして父親は目的の部屋へと向かう。刀である私や極東方面の国々の宝が飾られている。

 部屋に入った瞬間、ラコンテは「うわあ」と目を丸くして初めて見る品々に驚く。それをエルゼは嬉しそうに笑って「すごいでしょう」と言う。

 部屋の真ん中にある絨毯に座る。父親がエルゼやラコンテと向かい合い、口を開く。


「さて冒険の始まりは、僕が十五歳の時に家を出て、叔父の家業である貿易の会社に入った時から始まる」


 ラコンテが「貿易って?」と聞くと、エルゼが「外国に品物を売ったり買ったりすることだよ」と簡単に説明した。

 エルゼの解説に満足そうな顔をしながら、父親は話しを続けた。



 エルゼの父親は新たな取引先の国を探すため、海を渡って様々な国へと向かっていた。

文化や言語が違う国もあったが、何とかジェスチャーや通訳を探して交流をし続けた。そんな時、一人の侍と呼ばれる傭兵と出会った。その侍は極東の島国の出身で、その国に帰りたいから乗せてほしいと頼まれた。

 目的の地では無かったし、気の長くなるくらい遠い国だったが、エルゼの父親は興味を持った。船員の心配をよそに、侍の頼みを聞く事にした。


 侍の生まれ故郷は、あまりにも遠かった。だが、かなりの成果があった。侍は通訳となってくれたし、取引先の国も紹介してくれた。エルゼの父親が欲しかったお茶の葉や小麦も、格安で取引が出てきて十分すぎる成果となった。

 

 彼の故郷に着いた時には様々な品を頂いた。特殊な人形とその小物、そして私。それを持って、エルゼの父親は自分の国に帰って行った。


「ねえ、お父様。小麦やお茶の葉を得る為にお父様はお金を支払ったの? あちらの国は私達の国のお金を使えるのかしら」

「ううん。僕は技術を教えたんだ。あちらの国は、まだまだ未発達なところがあったんだ。だからそう言ったものを教えたんだ」


 大嘘である。

 エルゼの父親は武器商人だ。良質な剣や銃を戦時中の他国に売って、小麦やお茶の葉を取引したのだ。ある意味、悪魔の所業である。

 そしてこの貿易でエルゼの父親は莫大の利益を生んだ。

 エルゼの父親が帰ってきた時、あの飢饉が起こっていた。もちろんグレーテル国は対策をしていたが、周辺諸国に比べてそこまで肥沃な土地ではなかった。あっという間に食糧難の危機に瀕していた。だがエルゼの父親が開拓した小麦やお茶の葉の貿易で大金を得たのだ。

 父親は独立して自分の貿易会社を作り、大きな屋敷を買い、ずっと昔から好きだった実家の使用人のエルゼの母親と結婚して、貴族の位とローエングリンと言う領土も得た。

 そしてエルゼが生まれ、彼女には貴族のマナーの家庭教師などを呼び、学ばせた。だからエルゼは綺麗なカーテンシーや貴族のマナーが出来るのだ。そして子供の時のエルゼは普通の貴族より良い暮らしだった。


 それが他国の悲劇から生み出されたお金だったことを、この頃のエルゼはもちろん知らない。


 そんな父親の冒険の話しが終るとラコンテとエルゼは特殊な人形の仕掛けを体験したり、刀である私に触れる。と言っても、刀の鞘は抜けないが……。


「やっぱり、ラコンテでも剣は抜けないのか……」

「やっぱりってなんだよ、エルゼ」


 不満そうに言うラコンテにエルゼは「誰も抜けないんだよ、その剣」と言い、父親も困ったような顔で説明する。


「誰でも抜ける訳ではないんだ。くれた侍は『真実を訴える者』にしか抜けないと言っていて、更に『弱い者』だと侍が出てくるらしい」

「じゃあ、エルゼには侍が現れないな。弱くないから」

「何でよ!」


 エルゼは怒っていると父親が「ほら、やめなさい」と穏やかに言う。この時のエルゼの感情は豊かで貴族向けの家庭教師が付いているからと言って、まだまだ子供のような雰囲気があった。




***

 父親の冒険の話しが終ったら、三時のお茶をエルゼと両親、ラコンテと叔母が食べながらお話しする。


「ねえ、ラコンテ。火の輪っかの潜る練習している?」

「しないよ!」


 サーカス団のラコンテにエルゼは的外れな質問をして、大人たちを笑わせる。

 一方、大人たちは……。


「グレーテル国でサーカスをするのは、大変になっちゃったわ」

「まあ、どうして?」

「検閲ね。最近、ピクシの民に対して厳しいのよ」

「私も色々と言われているわ」

「すべてのピクシの民が悪いって思いこんでいるんだよ。貴族達は」


 などなどと愚痴を話していた。

 そうして夕方になり、ラコンテと叔母が帰る時間になった。


「バイバイ、エルゼ」

「ラコンテ、叔母様。楽しい時間、ありがとうございました」


 貴族の令嬢らしく綺麗なカーテンシーをするエルゼに、ラコンテはクスクスと笑う。その姿にエルゼはムーっと怒る。


「上手だぞ、エルゼ」

「思っていないくせに!」

「本当だって」


 両親も叔母もクスクス笑って、エルゼは不機嫌である。だがすぐ笑顔になってラコンテと叔母に「バイバイ、またね」と言って別れた。


 それを私はあの部屋で聞いていた。




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