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「なるほど。君の親戚の人から、ここの騒動を聞いて来たのか」
エルゼがハーバードクラー公爵に事情を説明する。その間、グラファ子爵は不機嫌なままだった。
「近くの村に到着したら、『裁判が始まる』と知り急いで来たら、このような事に……」
「フム、そうか。君がここに来た事情は分かった。いやはや、困ったもんだ」
「あの、どうしてバスロ牧師の契約書にサインをしたんでしょうか? グラファ子爵」
一番、重要なエルゼの質問にグラファ子爵は黙ったままだった。
その様子を見てラコンテは「やっぱりバスロ牧師とグルだったのか」とボソッと呟く。するとグラファ子爵は聞こえたのか「そんな訳ないだろ!」と怒り出した。
「俺がこんな仕事をやるべきじゃないんだ」
「……え、どういう意味でしょうか?」
「有能な俺はこんな不毛で辺鄙な土地なんか納める役目じゃないんだ。もっと兄貴のように海外の人々をお迎えする港がある地みたいな重要な拠点を……」
「もういい! ゾーフト!」
そう言って頭を抱えるハーバードクラー公爵はグラファ子爵に諭すように言う。
「仕事に上も下も無いんだ。与えられた仕事をやり遂げる。そう教えてきたのに……。しかもリラと言う才能ある少女で大きく発展できる可能性を秘めていたのに、お前ときたら……」
そう言ってハーバードクラー公爵は頭を抱えて嘆き、グラファ子爵は気まずそうな顔になった。この様子を見て、何となく察した。辺鄙で不毛の地なので、この子爵はやる気が出なかったのだろう。
エルゼは「ここの土地はどういった経緯で納めることになったんですか?」と聞いた。
「ここの地は元々不毛の地でよく国から支援をしてほしいと何度も要求された。ただ頑なに農業を教える人間は寄こさなくてもいいとも言っていた。歴史ある場所で国が出来る前から領主も住民も住んでいて団結力はあったが、排他的な部分もあったらしい。だが二十年前に起きた飢饉で住人や領主は居なくなってしまった。そこで叔父は他の領地を持っていたが、国王から掛け持ちでここの地を任されることになった。ただ不毛な地と言われていたため、住人が集まらなかった」
「そこでピクシの民を集めたんですね」
「そうだ。もちろん捕まえてきたわけではない。と言うか、彼らはピクシの民の二世だ。この国で生まれたんだが、親が自由過ぎて捨てて行ってしまった。彼らは孤児院で育って社会に出るが、顔立ちに特徴があるピクシの民だから職業や居住も断られてしまう。だから彼らに仕事と帰る場所が欲しいと訴えていたんだ。と言う事で、この地で農業しながら住んでくれと与えたんだ」
エルゼは「リラが来るまで不作だったんですか?」と聞いた。
「飢饉もあって不毛の地と言われていたから最初の年は悲惨だったよ。もちろん逃げたピクシの民もいた。まあ、そこは叔父も仕方がないと思いながら、国から支援をもらっていたんだ。だが徐々に育てている作物も街で流通しているくらいの大きさや量になってきたんだ。叔父はもっと時間がかかると思っていたが、意外と早く復興が出来て数年で国の支援を打ち切ることが出来たと喜んでいた」
「あれ? リラが来るまで不作だったって言っていましたが……」
「恐らく、もっと必死さを出さないと国は助けてくれないって思って、過剰に言っているんだろうな。これはピクシの民だけでなく、この国の者達もそうなのだ。だから領主や国はちゃんと調べないといけない」
公爵はそう言ってグラファ子爵を睨む。しかし彼はそっと目を逸らした。
エルゼは公爵の言葉に納得したと言った感じだ。確かに最近まで飢饉の影響があったなら、館は真新しいか荒れているはずだ。
「それでどういった経緯でグラファ子爵が管理していたんですか?」
「叔父も引退しないといけない年になったのだが、妻を早くに無くして子供が居なかった。だから私の所にいる息子達に渡したんだ。次男は港のある領地、それで三男のゾーフトがここの地になった」
「フン! なんでこんな土地なんだよ! 兄貴は華やかな港なのに!」
「何度も言っただろ! 港には良からぬ考えを持った人間も入ってくる可能性がある。だから十年以上も騎士を務めて入国審査の仕事もやっていたカエトルが相応しいって。それにお前は何も経験していないだろう? 俺にはあっていないって言いだして数年で辞めて……。もう叔父に合わす顔が無い……」
「だけど不毛って忌み嫌われた場所を任せるなんて、兄弟格差で虐待だ!」
「お前が来る前には普通の領地で生産する作物の量を作っていた! それにインフラ整備も叔父が領主時代に終えている。それにピクシの民やここの領民は穏やかな性格だし、農業に詳しい者達も多い。ちゃんと仕事して、よっぽどヤバい状況じゃ無ければ、問題は起きないはずなんだ! そもそも事件が多い港をお前に任せる方が危険だ!」
ここでエルゼはもう一度「どうしてバスロ牧師と手を組んだんですか?」と聞くと、グラファ子爵は「だから手は組んでないって!」と怒った。
「領民全員がそう思っていますよ」
「どういう理由で、どう思うんだよ」
「だって近くの村人はバスロ牧師と手を組んでいると言っていましたし、この神判も領主の許可を得ているって牧師は言っていたので」
エルゼが理由を言うと気まずそうに目を逸らした。するとラコンテが「もしかして、古典的教えの信者?」と聞くと子爵は「違う!」と言った。
「どうせ、こんな田舎なんだから何にもないだろうって、あいつが持ってきた書類を読まないでサインしただけ……」
この発言に応接間にいる者は全員黙った。やる気云々の問題ではない。こいつ、無能だ。




