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舞台から聞こえてきた悲鳴に、エルゼは顔をこわばらせて「まさか……」と言って、見張りの牧師を振り切って舞台へ上がった。
舞台ではリラは膝をついて震えて泣いていた。彼女の右掌は所々、黒くなったり皮がめくれていた。
観衆も絶句して、驚きと憐れみの顔が並んでいた。
アルゼも目を見開いて驚愕していた。
この光景を見て唯一笑みを浮かべていたのは、バスロ牧師だ。
「火傷をしているな! つまりお前は魔女だ!」
それ見たか、とばかりにバスロ牧師は宣言し、仲間の牧師たちに「処刑台を用意しろ!」と指示する。
それを遮るように「お待ちください!」とエルゼは叫んだ。
「この神判に異議を唱えます!」
そう言ってエルゼは首から下げた正方形のシンボルのついたネックレスを見せて更に言う。
「熱した鉄を持たせる熱鉄神判、そして魔女であると決めつけて裁判をする事も大昔に教会が禁止にしています!」
エルゼの訴えをバスロ牧師はニヤニヤと笑って聞く。明らかに馬鹿にしているが、エルゼは興奮して構わず言う。
「そもそも、何で牧師がこんな事をしているのですか? 決闘裁判などの判決を下すのは牧師ですが、一方的に処刑にする事案はしないはずです!」
エルゼの言葉に観衆は騒めく。ピクシの民のほとんどが法律に疎いためだろうか、「どういう事?」「牧師が勝手にやったって事か?」と聞こえる。
すぐにエルゼが膝をついたリラを介抱しようとしたら、バスロ牧師の仲間たちが止めに入る。それをバスロ牧師は余裕な表情で見ながら口を開く。
「これは魔女裁判ではない。我々は聖女と偽って犯罪をしようとする魔女のような者を処刑するだけだ。この愚かなピクシの民が分かるように魔女と称しただけだ」
「だとしても、このような行為は牧師の権限には無いはずです! 明確に犯罪者を処罰する判決は領主や国王、そして数人の判決人が必要です! それに、まだこの子は犯罪を起こしていないんですよ!」
するとバスロ牧師は「黙れ! 小娘!」と怒鳴った。
「いちいちこの判決に口出しをするな! これは領主も了承済みだ!」
「え? ……嘘でしょ」
「領主の権限で、我々は犯罪をしようとする魔女を調べたのだ! そしてこの娘が魔女であると分かったら家族もろとも処刑し、ここにいるピクシの民は全員追放する!」
この言葉に観衆は更に紛糾した。するとバスロ牧師は「領主の権限だからな!」と叫ぶ。その横で見世物のように座り込んでいるリラはすすり泣いていた。
そしてエルゼは、微笑んで口を開いた。
「でしたら、やはり私は異議を唱えます」
「はあ? 異議だ?」
「理解できませんか? 判決非難をします」
判決非難。裁判官や判決人が下した判決に異議を唱える事である。だが滅多に唱える者はいない。理由は裁判官や判決人は国王や領主だから、立場の低い平民はためらってしまうのだ。
だがエルゼは真っ直ぐにバスロ牧師を見据えて口を開く。
「あなたは聖女であれば、この灼熱の鉄の棒を無傷で持てるはずだと」
「そうだ。そしてこの娘は持てなかった」
「極端すぎませんか? 無傷だったら聖女、火傷したら魔女であるって。そして普通の人間はこの灼熱の棒を持ったらどうなるんですか? 普通に考えたら火傷をしますでしょう」
ジロッと灼熱の棒を睨んでエルゼは、すうっとバスロ牧師を見る。口はほほ笑みを携えているが、目は据わっている。
異様な雰囲気のエルゼにバスロ牧師はたじろぐが相変わらず強気な態度に出る。
「だが! この娘の父親は誰なのか分からないんだぞ!」
「でしたら、あなたはすべての孤児が魔女や悪魔の子供であると思っているのですか? それに全知全能の神も天涯孤独と言われていますよ」
「違う違う! 放浪して学も常識も品も無いピクシの民の者が画期的な農業方法や寒さに強い種を持っているはずが無いだろう! 生意気なんだよ! 小娘!」
ついに怒ったバスロ牧師はエルゼを指さして「お前は何者だ!」と言った。
「私は決闘令嬢です」




