エピローグ
エルゼはシルビアが住んでいるディルア領の隣、鉱山があるニフルア領に来ていた。
シルビアにお願いしたことは、【ニフルア領の金細工工房の店に行きたい】というもの。あそこの工房のお店はいわゆる【一見さんお断り】なのだ。
貴族であるシルビアはダグラスのための贈り物で利用していたので、彼女に紹介してもらってお店に入らせてもらったのだ。
綺麗な金細工のサンプルが並ぶ店内で、エルゼは頼んでいた商品を受け取りに来た。
「エルゼ・ローエングリン様、お依頼されていた修理が終えました」
「ありがとうございます」
エルゼは正方形のペンダントを受け取った。正方形には円と模様が描かれている。これは全知全能の神が生み出した最も美しい形であり、この宗教のシンボルである。
ずっとつけていたネックレスの金のチェーンが切れてしまって修理をしたのだ。
「随分と大切に使われていますね」
「ええ。子供の頃から使っていたものですので」
「これを機に新調しては?」
「それはまた今度考えますわ。実はお聞きしたいことがありまして……」
店員の接客をかわして、エルゼは袋に包まれたあるものを出した。それは円形の蓋のような物だった。
「こちらの工房で作られた銀細工の懐中時計の蓋です。とある場所で拾ったのですが、持ち主が分からず、返すことが出来ないんです」
「確かにうちの工房で作られた物ですね。こちらで調べて、持ち主に送りましょうか?」
「すいません、お願いします」
「もしよろしければ、拾った場所とあなたが拾ったって事もお伝えしましょうか?」
店員に言われてエルゼは笑って「お願いします」と言い、拾った場所を伝えた。
「やあ、決闘令嬢」
工房から出るとあの書籍売りの男がいた。エルゼは微笑んで「お久しぶりです」と言った。
「すごい活躍だったみたいだね、決闘裁判は」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
「だけどダグラス・ラテルナだっけ? 大変らしいよ。勘当されちゃって」
どうやらダグラスは家を追い出されてしまったようだ。まあ、民衆の前で決闘に負けてシルビアが無罪になるとそうなってしまうだろう。民衆はダグラスやアリサを徹底的に非難しており、ラテルナ家も貴族の位を降格するという話も聞いている。
そしてアリサの家の新聞は休刊中で、もしかしたら廃業するかもと噂もあった。
「自業自得って感じだな」
「ところで書籍売りさん、どうしてここへ?」
「印刷業者の友達へ会いに来たんだ。異国で好評な書籍を売り出そうって言う計画もかねて」
「本当に?」
エルゼの質問に書籍売りは意地悪気な笑みを浮かべて「本当さ」と言った。だがエルゼは気にしないで話しを続ける。
「あなた、結構いろんな種類の新聞を仕入れていますよね。他国も含めて」
「……」
「本当は他国や危険思考の貴族達の動向を観察するために、書籍売りをしているんじゃありませんか?」
「なんのために?」
いかにも普通な感じで書籍売りは聞いてきたので、エルゼも普通に答えた。
「あなたのお家のため」
「いやいや、僕は追い出されたんだよ」
「あなたがここの辺境の貴族の庶子として教育を受けたって言う話しは、ものすごく美談だなって思ったんですけど、もしかしたらスパイとして教育されていただけじゃないかなって思いまして」
そう言った瞬間、書籍売りは軽く笑って「スパイってほどじゃないさ」とエルゼに話す。
「確かに俺は腐敗の温床である一部の貴族やそしてそれに乗じて戦争しようとする国から守るため、情報を集める為にこうして書籍売りをしている。あんたが戦ったラテルナ家を見ろ。過去の栄光にしがみついて、驕り、見栄を張り、下の者を見下す。そしてお前に足元をすくわれて、家宝は壊れた。滑稽なお話だがお前が他国の人間で、これが原因で我が国の損失になったら笑い話にもならない。そう言った連中をけん制するため、情報集めをしているんだ。ピクシの民はどこにでもいるから、周りは警戒もしないしね。でも本業は書籍売りさ」
そしてエルゼは「なるほど」と言って、口を開いた。
「もし、あなたがもしグレーテル国の過去の事件についての新聞があったら見せてほしいと思いまして……」
「いいよ」
「え? 良いんですか?」
「あんたのおかげで、決闘裁判って言う面白いものが見れた。そのお礼だよ」
エルゼは「ありがとうございます」と頭を下げた。
「それで、どんな事件だ?」
書籍売りの言葉にエルゼは口を開いた。
 




