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あっという間に決闘裁判当日になった。
教会の広場には闘技場が作られていた。男性の背丈と同じくらいの高さの柵が囲まれて、円状のリングが出来ていた。東西には入り口があり東からエルゼとシルビア、西からダグラスとアリサが入ってくる予定だ。雑草や大きな石が無く、硬い地面が広がっている。そして裁判の審判である牧師が立つ高座も設けられていた。
柵の周りには観覧席があり、貴族専用と平民用がきっちり区切られていた。
そして闘技場のすぐ近くではアルコバレーノ・サーカス団達が裁判を見る者達のための前座をしていた。
巨人にとってあまりにも小さなバイオリンを器用に弾き、エルフのような小さく美しい娘は歌う演奏会を開いたり、イフリートが触れるコーナーがあったり、ユニコーンなどの珍しい動物を見せるコーナーがあったりと様々だ。
サーカス団は宣伝をして、観客たちは楽しみながら裁判が始まるのを待った。
その一方でエルゼとシルビアは闘技場の近くにある小屋で打ち合わせをしていた。
「いよいよ裁判当日ですね」
「はい!」
「緊張してます?」
「……はい」
よく見るとシルビアの手は震えている。そんな彼女にエルゼはシルビアの手にあるものを乗せた。……お金だった。
お金が手に乗せられてシルビアは「え? このお金ってなんですか?」と驚き、エルゼはちょっといたずらっぽく笑って答える。
「シルビア様が質屋に出してほしいって言っていた物ですが、あまり使われていなかったので結構高いお値段で売れました。裁判費用を差し引いた分のお金です」
「え? でもなんで私に……」
「この裁判に勝っても負けても、シルビア様はこの国を出ますから」
この騒動はかなり大騒ぎになってしまった。例え勝ったとしても、シルビアは好奇な目で見られるかもしれないと考え、しばらくの間はサイラルのいる公爵家が農業支援してる近くの国の農場で働くことになっている。
「親交がある国とは言え、色々と不便があると思います。先立つものはお金。だからシルビア様の今後に必要なお金です」
「あ、ありがとうございます」
「裁判は私たちにすべてお任せください。シルビア様は決闘場に立つだけで大丈夫です」
「……」
「決闘場に立つだけでも、シルビア様は勇敢ですよ」
「私はやっていないのだから、当然ですよ」
シルビアが毅然とした態度でそう言った時、「すいませーん」と言う女の子の声が聞こえてきた。
「決闘令嬢さん、居ますか?」
知らない声にシルビアはびっくりして「えーっと、どちら様でしょうか?」と言うと、エルゼは微笑んで答える。
「我々の助っ人です」
***
決闘場の前に、牧師である審判が立ち、厳かに「それでは原告、被告、入場してください」と言い、東西の門が開けられた。
観客席には傍聴人が埋め尽くされていた。貴族用は広めに作っているのに、立ってみている者もいる。平民用はもうぎゅうぎゅう詰めである。
エルゼとシルビアが入ってくると歓声は無く、静かに見ていた。
同じようにダグラスと車いすに乗るアリサも入ってきた。相変わらずアリサはフリルたっぷりの服を着ている。
彼らは審判の前で対峙し、そして審判の方を向く。
「それでは宣誓をお願いします」
審判は全知全能の神が書したと言われる聖書を前に出した。エルゼとシルビアは書に触れて口を開く。
「全知全能の神が紡ぐ言葉の葉よ、お助けください。ダグラス様とアリサ様はやってもいない罪を新聞などで広め、貶めました。これが冤罪であることを私は誓います。私は、私の権利によってこのことを証明します」
宣言した後、エルゼとシルビアは手を離すと、すぐにダグラスとアリサが書に触れる。
「全知全能の神が紡ぐ言葉の葉よ、お助けください。シルビア様は自分の罪を認めず、冤罪であると私たちを決闘で訴えました。これが虚偽である事を私たちは誓います。私は私の権利によってこのことを証明します」
審判や原告と被告の首元には魔法で声が遠くまで響く魔法石が付いている。だから彼らの言葉が傍聴席の隅々まで聞こえ、彼らのやり取りはたくさんの人間が証人となって見て聞いているのだ。
彼らが進行する全知全能の神に宣誓をした後、決闘の準備をして審判が高座に立って「初め」と言って戦いの火ぶたが落とされる。
だが審判が開始の言葉を言う前に、ダグラスが手を上げる。すぐに審判は気づき「待て」と言って、ダグラスに「どうしました?」と聞いた。
「シルビアと和解のための話し合いをしたいと思います」
一瞬だけ、傍聴人たちがざわめいたがダグラスは飄々とした顔をしている。シルビアは虚を突かれた顔になるが、エルゼの表情は変わらない。
実を言うとダグラスの言葉は珍しくない。決闘前に話し合いをして解決させる事もあるのだ。現にエルゼも和解のための話し合いをしようと思っていたところだ。
審判は「よろしい」と言うと、ダグラスは発言する。
「シルビア、もういいだろ?」
「え? どういう事でしょうか?」
「もうこんな自分を辱める事をするな」
*補足
いよいよ決闘が始まって物語が佳境を迎えておりますが、ここで補足です。
エルゼ達が言っている宣誓は現実の決闘裁判の言葉をオマージュしています。しかし、現実ではもう一つ、宣誓があります。
それは詐欺や策略、魔法及び呪詛をしないという、己の剣、実力で戦く事を誓うと言うもの。
これに関しては、物語ではあえて省いております。
なぜなら、助太刀が出せないから! です。
他にも財産の象徴である手袋を投げたり、裁判官に渡したりするのも省いています。決闘で手袋を投げるという行為はここからきています。
 




