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096 天乃さんと悪意

「――あんたさ、いい加減そういうのやめたら?」


 いきなり叩きつけられた声に、セキレイが眉をひそめる。

 どういう意味かしら――と返ってきた言葉に、シコはぴくりと瞼をひくつかせる。

 まだ続けるんだ、と吐くように言った。


「あんた生意気なんだよ。顔と頭がいいからって調子乗っちゃってさ。それに男まで弄んで……!」


「違うわ、」


「うるさい、アタシが喋ってんの。人の話くらい最後まで聞けないの、完璧美少女さん」


 初めて直接、面と向かって発せられた悪意にセキレイが思わず黙る。

 まなじりを吊り上げ、シコは続ける。


「そりゃアタシの彼氏は女癖悪いし、そこはムカつくけどさ。だけどイケメンで性格もよくて、男子の中じゃ一番男らしい男なんだよ。その王子があんたを好きになったのはムカついたけど、完璧美少女なら仕方ないかと思ったんだ。王子の彼女にはあんたくらい完璧なやつがいないと、って無理やり納得したんだ。それなのにっ!」


「……あんたは彼を振った! さぞご満悦だろうね、王子を振ってさ! この学校一の男を振るってことは、この学校には自分と釣り合う男はいないって意味でしょ? ほんと何様っ!?」


「シコくん、やめたまえよ――」


「キリくんは黙ってて! こっちに来んな!」


 シコが吠える。

 野次馬の生徒たちがびくりと身を震わせる。

 ごくりと喉を鳴らして、青い瞳が正面からシコを捉えた。

 鈴のような声が、反論を始める。


「悪いけれど、あなたの言っていることは全部勘違いよ。私は他人を見下してなんていないし、自分と釣り合うかどうかなんて考えたこともない。私は自分が完璧だなんて思っていないもの」


「は? そんなわけないじゃん」


「いいえ。それに大吉くんのことも、好意を持ってくれたのは嬉しいけれど、ただそれだけ。私は彼と付き合いたいとは思わないから振ったのよ」


「…………よくも清楚ぶった言葉をべらべらと……っ!」


 冷静に言葉を並べるセキレイをシコは睨みつける。

 それから、はんっと小馬鹿にしたように笑った。


「その性格さ、作り物でしょ。バレバレなんだよね」


 ――――びくっと、セキレイが震える。


「素の自分を隠してさ。みんなに好かれるようなキャラクター演じちゃって。本当は腹黒いくせに」


「…………違うわ」


 素を隠しているのは本当だけれど。みんなの理想の人間になろうとしたから、みんなに好かれようとしたっていうのも、ある意味間違いではないけれど。


 でも、腹黒いのを隠している訳じゃない……。


「あんたが人気あるのは、みんな騙されてるからだ。誰もあんたの素を知らない!」


「違うわ! 知ってる友達もいるし、そのままでいいって――――」


「それも嘘でしょ。だってここにいないじゃん!」


 シコが周りを見回して言う。

 野次馬の生徒は、誰一人として動かなかった。

 敵に回った訳ではない。わざわざセキレイを助ける気も、シコに乗じて攻める気もなかった、それだけである。

 率先してトラブルに首を突っ込もうとは、思わなかったのだ。


 

 ――――――――私、ひとりぼっち……?


 目頭がむず痒く、熱を帯びた。

 景色が、ゆらりとぼやける。 


「素の天乃セキレイを好きなやつなんて、誰もいないんだよ!」


 ――――勝ち誇ったようにシコが叫んだ、その時。


「……ここにいるさっ!」


 ずざさっと人影が、二人の間に割り込んだ。

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