094 迎えた放課後と焦燥
午後を過ぎたころには、王子が天乃セキレイに告白するらしいという噂がクラス中に知れ渡っていた。
手紙の内容は知らなくとも、王子がわざわざ一人で来て手渡した場面はクラス全員が見ていたので、遅かれ早かれこうなることはセキレイたちも予想してはいた。
まぁしかたないよね、とエナが首を振る。
そわそわした空気に包まれながら、教室はついに放課後を迎える。
ちょっとお手洗いに、と二人に言って出ていくセキレイの背中を、イスカは思わず目で追っていた。
イスカはこれまで今ほどに、セキレイと一緒に登下校していた日々を羨んだことは無かった。
一緒に帰るという口実さえあったなら、待っていられるのに。
自分勝手で、情けない嫉妬ではあるけれど、胸いっぱいに霧が立ち込めているようで。
けれど一人で帰らなければいけない。
告白を受けるも蹴るも、告白された人の自由だ。
それを邪魔するようなことは駄目だ。
……もし自分がされたなら、嫌だから。
ため息をついて、イスカは立ち上がった。
鞄を肩にかければ、いつもより幾分重かった。
先へ先へと歩みを進めて、廊下に出ると……。
「「――――あっ」」
そこでばったり、教室に戻ってきたセキレイに会ってしまった。
お互いにぱっと視線が逸れる。逡巡する一瞬の間が、やけにとろく感じる。
イスカは歯を食いしばった。
行かないでほしい気持ちを押し殺して、また明日、とだけ小声で言って、歩き出し――――。
「……下地くん!」
――ぐ、っと袖を引かれて足を止める。
振り返りはしたが、目線はどうも持ち上がらない。
制服を摘んだ、白い指先だけが見える。
……それは少しだけ、震えていて。
イスカの瞳は、わずかに揺れた。
「……あのね、噂になっちゃっているし、このあとのことは薄々勘づいてると思うけれど。勘違い、しないでほしいの」
……勘違い? 何を?
混乱するイスカに、セキレイは続ける。
「大丈夫だから……心配しないでね。それじゃっ」
「あ、ちょっと……」
ぱたぱたと足音が遠ざっていく。
あわてて目線を上げたが、教室に消える白髪の先っぽがかろうじて見えただけであった。
ベルトを締めたまま、イスカは操縦席に座っていた。
飛行前の準備も終わり、後はエンジンを動かすだけ……なのだが、スタートスイッチに手が伸びない。
心の奥がきりきり痛む。嫌な痛みだ。
ずっとまとわりついてくるような、じめじめした感情で。しかも自分勝手なもので。
「――――あぁくそっ……!」
ぶんっと首を振り、操縦桿を握りしめる。
勢いに任せて、スイッチを押し込む。
スターターが甲高くいななき、ばすんとエンジンが震え、プロペラが回転を始める。
あとはスロットルを押し上げるだけで、機体は滑走路へ進む……。
「――――――っ」
……左手が、だらりと落ちた。
(――――最低だ、僕は)
燃料をカットされて、エンジンが止まる。
かちゃ、とベルトを外して、イスカはキャノピィを開けた。
入ってきた風を押し返すように、席を立つ。
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