018 イスカと新しい友達
張り詰めていた空気がばちんと弾ける。
まさか人がいるとは思っていなかったようで、男子は驚いてぐいんと振り返る。
そしてイスカを認めて睨みつけた。
「……誰? お前。空気読めねえの」
「あんたこそ。力づくでいい返事貰おうとか、恥ずかしくないの」
するり、とセキレイが離れるのを見ながら、イスカは言い返す。
「はっ、盗み聞きかよ。人のこと言えんの?」
「外まで聞こえるほどでかい声だったからね。それに天乃さん、しつこそうにしていたから」
すらすらと出てくる反論の言葉に、イスカ自身が驚いていた。人と言い争うことなんて、久しくなかったはずなのに。
いつの間にか、傍らにはセキレイが立っていた。
そのことに気付いて、男子は口を捻じ曲げる。
「――だいたいお前、天乃セキレイとどういう関係なわけ?」
「……僕は、」
――天乃さんの、なんなんだろう。
小説だと、よく彼氏だとか嘘をつくよな。流石にそれはしないけど。
一秒の間に悩みに悩んで、イスカが出した答えは。
「――クラスメイトだよ」
「私にとって大切な、ね」
ガラスを弾いたような声が食い気味に被さる。
「強引なあなたよりは好ましい人だわ。悪いけれど、もういいわよね。私は誰ともお付き合いする気はないから」
そう言うが早いか、セキレイはイスカの手を取って教室を出ていった。
「さっきはありがとう。おかげで、本当に助かったわ」
ようやく空の上。離陸のばたばたが落ち着いたタイミングで、セキレイは言う。
声色に薄っすらと疲れが滲んでいて、コミュニケーション強者ぶりを存分に発揮しているいつもの印象からすると意外ではある。
まぁ完璧美少女とは言えど人間だ。疲れる時は疲れるだろう。
あれだけしつこく迫られれば、特に。
「もっと早く行けばよかったよ。あんなことになっているなら」
「心配かけちゃったわね……教室から出ようとしたら捕まっちゃって。ごめんなさい」
「天乃さんは悪くないでしょ。……ああいう人ってよくいるの?」
「――告白は何回かあったけれど、今回みたいに無理やり迫ってこられたのは初めて。何を考えているのか全然分からなくて……怖かったわ」
だから下地くんが来てくれて、嬉しかった。
前触れもなく発せられた真っ直ぐな感謝がノーガードだった心に直撃し、イスカは思わず胸を押さえた。
……ただそのまま待っていなくて、よかった。
「――けれどね、下地くん。私、少し聞きたいことがあるのだけど」
「……な、何」
「クラスメイトって、なあに?」
後ろが何だかひんやりしている。
こっそりバックミラーを覗くと、いつも通りの微笑をたたえたセキレイが座っていたが――。
目がこわい。暗い空が映り込んでいるだけなのだが、限りなく黒に近い濃紺の瞳は雷雲のようだ。
「怒ってる……?」
「別に怒ってはいないわよ? でもさっき、自分は私のクラスメイトだって言ってたわよね。本気なの?」
「間違ってはないと思うけど」
「ふうん。毎日一緒に学校に来て、一緒に帰って、それが他のクラスメイトと同じ関係だとでも言うのかしら」
「う……」
「こんなにずっと話しているのも、下地くんだけよ? 一日あたりの換算なら、エナやカラより話しているかも知れないわ。これでもクラスメイト?」
「うーん……」
「友達じゃ、ないの」
――その声のか細さに、はっとした。
さっきの光景が脳裏によぎる。追い詰められて、無理やり迫られて、それで漏れ出た弱さのような。
完璧でいつも、誰に対しても落ち着いている彼女がぽろりと落とした、小さくて見落としてしまいそうなもの。
そういうものは大抵すごく大事なもので、無視してはいけないものなのだ。
何も考えず、声が出ていた。
己のトラウマもモットーも、他人の目線も何もかも、その時の頭にはなくて。
「……うん、そうだね。友達だ」
ただ、こんな声を出させたくないという思いだけがあった。
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