017 天乃さんと身勝手な好意
――天乃さんが来ない。
あと五分くらいか、と思ってエンジンを温めていたイスカだったが、五分どころか十分経ってもセキレイは姿を見せなかった。
駐機していた他の生徒の飛行機が一機、また一機と離陸していく。両手を組みながら、目を閉じるイスカ。
ときおり後ろを振り返り、向こうから駆けてくるはずの白い髪を探すものの、そんな姿は一切見えず。
あまり他人の時間に干渉するのは気が引けるが、流石にふつふつと不安が浮かぶ。
ぱるぱると所在無げに回るプロペラの前を、最終便のスクールエアが横切っていった。
「……様子だけでも見てこようかな」
そわそわして落ち着かないので、一旦戻ろうとエンジンを切る。すぐには止まらないプロペラがもどかしくて、イスカはたんたんとペダルを蹴った。
校舎にはもう、ほとんど誰も残っていなかった。
硬い足音を響かせながら、第一学年のフロアへ向かう。エレベーターではなく階段を使っているのは、すれ違いになる確率を減らしたいと思ったからだ。
セキレイがエレベーターで降りてきていたら、その時点であれだが。
ともかく教室を見に行こうと、イスカは足を早める。馴染みのある廊下に着くと、奥のほうから話し声が聞こえた。
誰かがいるのは間違いない。
セキレイが友達と話しているだけならそのまま戻るつもりで、近付いていくと。
「――ほんと、一ヶ月だけでも!」
「……ごめんなさい。それでも返事は変わらないわ」
見知らぬ男子と、それに答えるセキレイの声がした。
(あー……どうしようかな、これ)
誰もいない放課後の教室、男子の声と完璧美少女。十中八九、告白のシチュエーションだ。
自然と足が止まる。人の恋路に首を突っ込む趣味はない。
当然、告白されているのはセキレイだけど、彼女がそれを受け入れるも断るも自分には関係ないだろう。
付き合うか否かは当人同士で答えを出すことだし、そもそも僕は部外者だからな。
もっともらしい考えで頭をいっぱいにして、踵を返すイスカ。
もう少しかかるだろうけど、操縦席で待っていよう――――。
「……ちょっと、やめてほしいのだけど」
ツンとした、だけどか細い声。
そこにわずかに怖がっているような響きを感じて、イスカの歩みがぴたりと止まる。
「悪いね。だけどいい返事をくれるまで、帰らせる訳にはいかないんだ」
「あなた、自分が何を言っているのかわかっているの? これはれっきとした脅迫じゃない」
「……こうでもしないと、君は首を縦に振らないだろ?」
「私、人を待たせているの。通して」
窓の側まで行って中を覗くと、教室の隅に二人の姿が見えた。
セキレイの前に男子生徒が立ちはだかっている。
その横を彼女は無理やり通り抜けようとするが。
「……ほんと、頼むって! なっ」
「やめて……お願いだから」
――もう見ていることはできなかった。
ぷつ、とこめかみから音がして、次の瞬間。
「――ちょっといいかな」
イスカはががら、と教室のドアを開けていた。
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