015 天乃さんと放課後のおやつ
ダクトの裏は、ちょうど扉から死角になっている場所だ。
また誰か来るかもしれないし、わざわざフェンスに戻らなくてもいいか――と、イスカはしゃがんだまま昼食を再開した。
「――それにしても、エナの言ってた話ってなんだったのかしら。あとでそれとなく聞いておかないと」
セキレイも隣に腰を降ろす。
髪をなびかせながら顎に手をやるその姿は、まるでどこかのモデルみたいに決まっていた。美少女はどんなときでも絵になるんだな、と勝手に感心するイスカ。
そこで、ふと疑問に思った。
――そもそも、なんでセキレイは一人で屋上にいるのだろう?
あれだけ人が集まるほどの人気ぶり、むしろ一人になることのほうが難しそうだ。
それも昼食時なんて特にそうだろうに。
「……天乃さんは、昼は誰かと食べないの」
「いつもはそうよ、エナとかカラと食べているわ。でもたまにワガママ言って、一人っきりで食べるの」
そうしないと、疲れちゃうから……と言いかけて、はっとセキレイは口を噤んだ。
じゃなくて、なんとなくよ。いい?
青い瞳に覗き込まれて、イスカはこくこくと頷く。
それから、控えめに聞いてみた。
「……もしかして、邪魔したかな」
「ううん、大丈夫。なかなか楽しかったもの」
クラスの子から隠れるなんて初めてだったわ、ところころ笑ったちょうどその時、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
セキレイは立ち上がって、スカートをぱたぱたはたく。
「――じゃあ私、先に戻るわね。またあとで」
「わかった」
歩いていくセキレイを見送りながら、アルミホイルを丸めて紙袋へ入れた。
かり、と指先に何かが当たって――そういえばドーナツのことをすっかり忘れていた。
まだ声をかければ間に合うか、と顔を上げると。
「そうそう、忘れていたわ」
こつこつと戻っていたセキレイが、紙袋を指さしてひとこと。
「ドーナツ、放課後まで取っておいて。二つともよ?」
雲はすっかり流されてしまったようで、空は薄紅と紺のグラデーションだけで覆われていた、そんな帰り道。
いつものようにイスカとセキレイは、その色彩に混ざって飛んでいた。
二人で帰るのは、もう十数回目くらいだろうか。
最初のうちは言葉数も少なかったが、近頃はお互いに何となく慣れ、機内では他愛のない雑談をするようになっていた。
「午後に食べるおやつって、いいわよね」
イスカが取っておいたドーナツを食べながら、セキレイは呟く。
「学校のお昼って時間が決まっているから、美味しいもの食べても心からするって抜けていってしまうのよ。食べた感じがしないの。大抵誰かと話しているから、気づいたら食べ終わっているみたいな。そういう感じ、ないかしら?」
「そうだな……そもそも味はあまり意識していないな。普通に美味しいくらいしか」
「もったいないわね。ちゃんとごはんを見て食べていないでしょう。午後とかお腹空いたりしない? 意識して食べると満足感が増えるわよ」
「……特には空かないな」
「男の子なのに……。もっと食べたほうがいいわね」
母親か、と苦笑いしつつ、イスカもドーナツを咥える。
冷めてはいたが、カリカリで甘みも増していた。
出来たての熱々も美味しいけれど、これもなかなか悪くはない。
「――ところでこのドーナツは、天乃さん的には満足できているの? 話しながら食べてることになるけど」
「ええ。下地くんとは話していても、一人でいる時の気分でいられるのよ」
それはいいことなのか悪いことなのか……。
しばらく考えてみたものの、途中で考える必要があるのかすらわからなくなり、イスカは諦めてドーナツを囓った。
友達未満知り合い以上のような、二人の関係。
それが一歩前に進んだのは、しばらく日にちがたって起こった、ある事件がきっかけだった。
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