表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

93/114

89.蓮視点 一歩ずつ

お読み下さり、ありがとうございます!

蓮視点は、これがラストになります。

 眩しさは、ほんの一瞬だった。


 目を開ければ、寒々しい床に描かれた魔法陣は消え、足の下には豪華とはほど遠い、ホームセンターで買った普通のカーペットが敷かれていた。魔法陣に入る前、靴を脱ぐことを忘れなかった俺は偉いと思う。


 うん……日向の部屋だ。


 そうだ! 

 俯いていた顔をガバッと上げ、カーペットに置きっぱなしにしていた、自分のスマホを見つけて拾い上げる。画面で転移した日だと確信すると、急いで日向の本を探す。


 ――まだ、残っているっ!!


 床に投げ出されたままの本から、プスプスと黒紫の細かな塵が舞っている。端の方から、焼け焦げたみたいに崩れだしているのだ。


 やばい! 急げっ!!


 キーランから渡された魔石をポケットから取り出して、本を開くと間に入れ、そのままギュッと閉じる。

 魔石を潰すように、本を床に押し付けると……プシューッと白い煙を出し、黒紫の塵はキラキラと紫の光に変わる。


「ま……間に合ったのか?」


 煙が鎮まった本から手を離すと、元通りの綺麗な状態になっていた。


 キーランに『ちょっと試したいから、向こうに帰ったらやってみて』と渡された魔石。

 やり方は簡単だったから引き受けたけれど。あの場では、詳しく訊けなかった。


 それにしてもさ。

 異世界における魔道具の補修――なんて。結果が出ても、報告しようがないじゃないか。


 まったく……キーランらしいな。

 ドヤ顔をした赤茶の綺麗な猫姿が目に浮かぶ。


 プッと可笑しくて笑いが出る。

 内容はさておき、この本はあっちの世界との唯一の繋がりのあった物。俺へのプレゼントのつもりなのだろう。


『勇者なんだから、がんばれよ〜』と応援されているようで、くすぐったい。

 

「……本当に帰ってきたんだ」

 

 俺は夢でも見ていたのだろうか……よくある物語の主人公なら、そんなことをカッコ良く呟きそうだ。

 だけど、さっきの魔道具の修復や、キツくなった服に剣を握ってできたマメだらけの手。全てがしっかり現実だと言っている。


 ――だあぁぁぁっ!!


 ベアトリーチェ嬢に告白してしまった。


 思い出すだけで恥ずかしい。

 あの顔は、絶対気づいていなかった。今頃、意味を理解しているだろう。

 告白したのが、正解か不正解かなんて分からない。

 でも。俺は前に、エルネストに偉そうに言ってしまったことがある。迷ったが、言わないと後悔しそうだったんだ。

 

 ん? 

 でも、粉々にされてないってことは……魔王は黙認したのかな?


 ゴロンと床に転がりスマホを眺める。今まで、ずっと手放すことが怖かったのに。不思議と、帰って来るまで思い出しもしなかった。



 ――ガチャガチャッ。



 玄関の鍵を開ける音が聞こえた。

 

 義父さんが帰って来たのだろうか。静かに立ち上がると、そのまま玄関へ向かう。

 久しぶりに見る姿。鞄を隣に置き……まだ靴も脱がず、こちらに背を向けたまま座り込んでいる。

 

 初めて会った時のピシッとした背広とは違い、年季の入ったそれはだいぶヨレヨレだ。

 座ったまま、手で顔を覆った義父の背中は、とても……とても、小さく見えた。


 もしかしたら、母と結婚したことを後悔しているのだろうか?


「……義父さん、おかえり」

「ああ、ただいま……」


 振り返らずに義父は言うと、立ち上がり革靴を脱いで玄関から上がった。そこでようやく、俺と目が合う。

 大きく目を見開いた義父は、俺を上から下まで眺めている。


「……蓮、だよな?」

「当たり前だろ?」


 戸惑って当然だ。

 朝と服装などは一切変わってないが。異世界に行っていた間に体格は良くなっているし、プリン状態の髪も少し伸びた。


「何か、変わった……か?」

「成長期だからね。最近、部屋で筋トレしてたし」

「ああ。……ここのところ、忙しかったからな。そうか、成長期だったな」

 

 ひとりで納得した義父。

 あれから、まともに向き合って話していなかったのが幸いした。


「……母さんは?」

 

 返事の代わりに、義父は小さく首を横に振る。特に、何も変わらないという事だろう。

 

「あのさ……。俺、月曜から学校へ行こうと思う」

「……大丈夫、なのか?」

「うん」


 多分、普通に進級は難しいだろう。

 その上、色々な噂や憶測で、俺の居場所はないかもしれない。


 だけど、今の俺なら大丈夫だ。異世界での有り得ない経験は、俺の背中を押してくれている。

 

「……そうか」


 短い呟きからは、心配なのか安堵なのかは読み取れない。いつもなら、これで会話は終わる。

 いや……むしろ、いつもより余程多く会話した。

 義父は鞄を持ち、書斎へ向かおうと歩き出す。


「あ、あのさっ!」


 思わず、呼び止めた。小説を持っていた手に力が入る。


「あのさ、俺の……()()()の父親になってくれて、ありがとう」


 振り向かない義父との沈黙。

 返事を待たずに、パッと踵を返した。

 

「蓮!」


 自分の部屋へ向かおうと、階段に掛けた足を止める。


「に、日曜日……一緒に、床屋でも行かないか?」


 義父さんの声が震えている。


「うん……久しぶりに、行きたいな……父さんと一緒に」


 そう答えた俺は、きっと情け無いくらい顔がクシャクシャになっているに違いない。言葉もスムーズに出て来なかったけど……。

 

 鼻を赤くし目の潤んだ堅物の義父は、嬉しそうに頷いた。


 ――いつか。


 成人して、親子で酒を飲めるようになったら……。

 夢物語として、向こうの世界の話をしよう。日向のベアトリーチェ嬢が、幸せに暮らしていたと伝えるんだ。


 この世界で、これからも俺は生きていく。もっと、強くならないと。一歩ずつでもいい、前に進むんだ。


 何たって、俺は勇者なんだからな。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ