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88.別れと始まり

 集まってくれた皆に、順番に声をかけている義兄の姿を静かに見ていた。


 レンは、キーランと一言二言の会話を交わすと、その後、ロランともガッチリと握手する。

 最後に私の元へやって来ると、ニコリと笑いそっと耳打した。


 ……え? 


 意味が分からなくて返事をしそびれていると、徐にレンは片方の膝をつき、私の手を取った。

 そして――そのまま、手にキスをする。

 

「一度、やってみたかったんだ」と、照れ臭そうに言った。


 この世界では、よくある挨拶だけど。

 普段着姿で日本人の義兄には、相当ハードルが高かっただろう。正直、私も戸惑っている。

 けれど、義兄は満足そうな笑顔を見せると、魔法陣の真ん中へヒョイっと立った。


「皆さん、本当にありがとうございました! こちらの世界での事は、決して忘れません。カルロス先生、お願いします!」


 レン自身の合図で、カルロスは呪文らしきものを唱えると、魔法陣を起動させる。

 魔王にとっては、呪文など必要のないものだったが。立会人も兼ねているお父様の手前、それらしく行ったのだ。


 パアァァ――……


 と魔法陣は金色に輝き、薄いベールのように淡い紫と金の光が上へと向かって伸びていく。それが頭上まで届くと、一気に強い光になってレンを包んだ。


 魔族の皆以外は、眩し過ぎて目を開けていられない状態だった。私は目を細め、辛うじて最後まで見続ける。


 お辞儀したままのレンの姿は、シュゥーーッと消えた。


 ……ああ、本当に帰ってしまったんだ。


 知らず知らずのうちに、涙が溢れてくる。


 ノアがお父様とエルネストに何か伝えている間に、カルロスは私の傍までやって来た。

 私を見下ろすように少し屈むと、そっと親指で頬の涙を拭う。

 言葉は無くとも、カルロスの美しい瞳とその手は、優しく私を包み込んでくれた。

 


 ――その時。


 私達の様子をじっと見詰める視線があった。

 だが、私はそれに気がつかなかった。



 ◇◇◇◇◇



 国王への報告に、宮廷に向かわなければならない面々と別れ、私はロランとキーランと共に学園へ戻ることにした。


 お父様が用意してくれた馬車に乗り、来た道を帰る。


「ねえ、キーラン。レンに何を渡していたの?」

「ん〜。やっぱり気づいちゃった? さすがヒナだね」

「おいっ、キーラン! だから、今はベアトリーチェ嬢だ」


 キーランの私の呼び方に、ロランのダメ出し。このやり取り、デジャブだわ。クスッと笑みが溢れる。


「やっぱり、ベアトリーチェ嬢は笑顔の方がいいね」

「ありがとう、キーラン。で、何を渡したの?」


 もう一度尋ねる。


「ちょっとしたお土産。僕が面白く加工した、小さな魔石だよ」


 魔石? 


「向こうの世界では……魔法は無理じゃないかしら?」

「うん、無理だろうね。だから、ちょっと試しただけだよ。こっちの世界の思い出に、レンが持ってるだけでもいいかなぁって」

「転移する時に壊れたりしないの?」

「それは、大丈夫。バスチアンが、なかなか良い成果を出してくれてたから」

 

 こともなげに言ったキーランは、バスチアンの核から得た研究知識をもとに、何かを作り上げてしまったらしい。

 

「もしかして……キーランは、天才?」

「あはは! 魔術に関してはね。他は、ノアには敵わないや」


 うーん。なんで、この話の対比がノアだったのか疑問だが。

 

 あっ、疑問といえば……。義兄の挨拶がインパクト強すぎて、すっかり忘れていた。こそっと耳打ちされたことを思い出す。あれは何の話だろう?

 

『質問の答え「ある」だよ。……ベアトリーチェ嬢だ。魔王と、絶対に幸せになれよっ』


 幸せにと言われ、悩みを打ち明けだから、単純にカルロスとのことを応援されたのだと思ったが――。


 質問? 答え……あぁぁっ!!?

 自分で訊いておいて忘れていた。


『義兄さんは、人を好きになった事ありますか?』


 私は義兄にそう質問していた。


 義兄に好きな人がいるのは、あの態度で簡単に判った。こっちの世界か、向こうの世界か、相手については流石に尋ねなかったけれど……。


 もしも、その答えだとしたら?


 義兄さんの好きな人ってベアトリーチェ(わたし)!!?


 思わずバッと立ち上がると、バランスを崩して馬車の壁で頭を打った。 

 

「だ、大丈夫かっ!?」


 私の突拍子もない行動に唖然とするロラン。


「ねえ。向こうの世界では、頭を壁に打ち付けるのが流行ってるの?」


 不思議そうに言うキーラン。


「だ、大丈夫よ。ちょっと、レンに言われた事を思い出しただけ」


 何事も無かったかのように、椅子に座り直すが……窓に映る私は、顔も耳も真っ赤だった。


「ふ〜ん。そっかぁ。レンが、粉々にならなくて良かったね」と、キーランは笑った。


 さっきから、ちょっと意味がわかりませんけど?


 

 ◇◇◇◇◇



 ――その日の深夜。


 全てが片付き、魔王とノアは魔王城へと戻って来ていた。


「私の右腕は、存外……勇者を気に入っていたようだな」


「さあ、どうでしょうか。我が王ほどではありませんが。よく、ヒナの手に口付けを許しましたね」


「あれでもビーチェの兄だからな」


「血の繋がりは無かった筈ですが?」


「ふん、餞別だ。……誰も、私からビーチェは奪えはしない。それで、何故あれを陣に落とした?」


「あの魔道具は、向こうの世界で生きていたヒナにとって、心の拠り所。ヒナから聞いたこと、バスチアンの企み、全ての流れを鑑みれば……こうする事が正解だと」


 二人は視線を交わし、フッと笑った。



 ◇◇◇◇◇



 魔王城の廊下を歩く、大と小の影。


「ま〜ったく、素直じゃないんだから」


 猫耳をピクピクさせながら、キーランは独り言をつぶやく。

「まあ、そう言うな」と笑うロラン。


 レンが消えた瞬間、その跡を追うように投げられた魔道具の本。

『勇者レン。また会いましょう』という、小さな小さなノアの呟き。

 

「お前だって、魔石を渡したじゃないか」

「ふふ〜ん。俺は素直だからなっ」

「そうか? それにしても……ノアやキーランと違って、俺にはよく解らないのだが」


 キーランはクスッと笑い、少しだけ真面目な顔をする。


「ロランには分からなくてもいいよ。ただ、ノアの()()()が全ての始まりなんだ」

「まあ、レンが強くなれるなら俺は構わん」


 ノアが投げた魔道具は、向こうの世界のどこかに落ちるだろう。

 それは、多分……誰にもわからない運命の悪戯。

 

「無事に、(あれ)がヒナと出合うといいね」


 キーランは、真っ暗な魔界の空を眺めて言った。

 


 

お読み下さり、ありがとうございました!

『卵が先か、鶏が先か』そんなところです(^^)

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