87.蓮視点 選択
日向と話した後、ノアに呼び出され帰還について聞かされた。
「レンは、元の世界に戻ることを望むと?」
ノアからの確認に「はい」と頷く。
「日向とも約束したんだ。俺には向こうの世界で、やる事があるから」
正直、はじめは戻れなくてもいいって思っていた。日向だけ見つけられたらそれでいいって。
こっちの世界では、勇者として丁重に扱われ、住み心地も悪くない。友人だってできた。
だけど、それは……。
日向を理由に、辛い現実から逃げているだけだと、頭の隅で俺は分かっていたんだ。
そう、ずっと気づかない振りをしていた。
そんな中、ベアトリーチェ嬢が日向だと知り――心底嬉しかった。
日向は過去を乗り越え、こっちの世界で精一杯生きている。だったら、俺は俺のすべき事を探さないといけない。
「わかりました。では、そのように早急に準備を進めます」
俺の決心が揺らがないと確信したノアは、艶やかな銀髪を揺らし、颯爽と部屋から出ていった。
◇◇◇◇◇
それから暫くの間――。
もうすぐ会えなくなる、友人との時間を大切に過ごした。帰ったら、絶対にやることも無いだろう剣の稽古も、ロランとオリヴィエに付き合ってもらって、思う存分たっぷりとやった。
少し様子のおかしかった日向……いいや、ベアトリーチェ嬢とも話が出来た。
あんな風に不安そうな顔を見たら、心配ではあるが。頼りになる仲間も居るし、俺の勘は大丈夫だと言っている。
――そして、帰還の準備が整ったと連絡が来た。
相変わらず、魔王が俺を城に呼ぶ時は唐突だ。
こっちの準備なんてお構いなしで、気づけば移動させられている。ちなみに今日の転移先は、魔王の執務室らしい。
目の前にはテーブルを挟んでノアが座り、魔王は少し離れた執務机の向こうから、ジッとこちらを見ている。
なんか……居心地悪いな。
魔王に直接、ベアトリーチェ嬢が悩んでいたことを問い質してしまいたい気分だが。二人の問題に、俺が口を出すべきじゃない。……わかっているさ。
「さて、準備は整いました。そして、レンには選択肢があります」と、ノアが話し出した。
「選択肢?」
帰還するかしないかは、もう伝えてある。ノアの言いたいことが解らない。
首を傾げると、ノアはテーブルに本を置いた。それには見覚えがあった。
「これって、確か……日向の本じゃ?」
「そうです。但し、これは此方の世界にあったもので、レンがあちらで手にしていた物ではありません」
「……はぁ、そうなんですか?」
「今回の帰還に、これは必要ないので使いません」
だったら、一体なんなんだ?
「向こうの世界に、これと同じ物が存在していれば――。その時間内に限り、魔王の力でこちらと繋げる事が可能だとわかりました。あくまで、レンが召喚させられた瞬間が軸となるので、それよりも先の世界には帰還することは出来ませんが」
「あの……さっぱり解らないんだけど?」
「では、要点だけを言いましょう。つまり、レンが召喚させられた時間よりも前であれば、戻ることは可能だということです」
まさか!? 時間を遡れるって事か?
「……もしかして、日向が死ぬ前にも?」
「そうです」
「日向を助けることが……」
「出来ます」
「それって」
――過去を変えるって事だ。
ゴクリと喉が鳴った。
あの日の卒業式の前に戻れるなら、母さんを止められる。日向も助けられるし、いい事ばかりじゃないだろうか。
ん? いや……ちょっと待て。
「もし、日向が転生しなければ……こっちの、今のベアトリーチェ嬢はどうなるんです?」
「何も変わらない」
口を開いたのは、魔王だった。
そして、ノアも頷いた。
「過去を変えれば、新しい未来の世界が出来ます。けれど、元の世界はそのまま続いていくのです。あった世界が、消えるわけではありません。一つの世界が枝分かれするのです」
「じゃ……、日向が死んだ世界は?」
「そのまま存在します。今ならば……レンは、自分の生きたい未来を選ぶことが出来る。そういう話なのですよ」
もしかして、パラレルワールド……。
物語とかで読んだくらいで、原理なんて全く分からない。アニメだってそれ系は沢山あったけど、曖昧だった。
ただ、今この二人が言っているのは、辛かった現実を逃れて元の世界で新しい未来を選べるのだと――そう、俺だけが。
それじゃあ、意味がないんだっ!!
魔王とノアを見据えて、ゆっくり息を吸う。
「僕の答えは、一択です。あの日、召喚された瞬間に戻ることを望みます」
「本当にいいのですか? 妹を助けられるのですよ?」
「日向は……きっと、もう大丈夫です。これから先、本当に頑張って助けなきゃいけない人は、別にいるんです」
義父さん、母さん……そして、弱かった自分自身。
「流石、勇者ですね」
ノアの口から出た言葉は、決して嫌味ではなかった。
初めて向けられた、優しい眼差しに目頭が熱くなる。それを気取られないように、グッと口元に力を入れた。
「魔王、日向を……妹をよろしくお願いします!」
「うむ」
頷く魔王の短い返事。
だけどその顔は、日向を――『大切に守る。任せておけ』と言っている気がした。
ほら、日向。大丈夫……お前ら絶対両思いだぞ。なんたって、二人はパートナーなんだからな。
◇◇◇◇◇
――帰還の日。
見送りしてもらう人は、前もって決めてある。
アリス嬢には悪いけど、選ばなかった。嫌いとか、そう言うことじゃない。
彼女は彼女なりにケジメをつけたんだ。
俺を召喚した時と同じ場所に、今の彼女を立たせたくなかった。中途半端に、もう過去と関わらせたくない。挨拶は学園でしたから充分だ。
クローゼットの中から、トレーナーとズボンを取り出す。ピシっとした学園の制服と違い、ヨレヨレで何だか情けないが。
ダボっと着ていたはずの服は、袖を通すとかなりキツくなっていた。筋肉がしっかりついた体は、この世界で頑張った証のようで嬉しかった。
さあて! 帰るかっ。
勢いよく寮の扉を開け、一歩踏み出した。
お読み下さり、ありがとうございました。
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