74.残念な令息達
アリスと……三日も共に行動すれば、十分だった。
噂の出どころは、あっさりと判明した。
だが、その噂を必要以上に広めたり、嫌がらせをした犯人は別にいそうだ。そっちは、周到な者のようで、なかなか尻尾を出さないが。
今日もまた……アリスは私を見つけ嬉しそうすると、少しはにかみながら、いそいそと私の方へやって来る。
ひな鳥が、初めに見た相手を親だと思い込む。そんな、状況に近いのかもしれない。記憶を失ったアリスに、初めて出来た同性の友人……そう、刷り込み的な感じかしら。
うーん、完全に懐かれてしまったわ。
「ベアトリーチェ様、おはようございます」
少しだけ、頬を染めてアリスは丁寧にお辞儀した。
「ごきげんよう、アリス様」
教室の扉を背に、私も挨拶を返す。
挨拶をしている最中。ほら……背中に突き刺さるような視線を感じる。今日は、三人揃っているようだ。
カルロスから、新たな印を与えられた影響なのか、物凄く私の能力が向上している気がしてならない。
結論から言ってしまえば、犯人はアリスの取り巻きをしていた令息達だった。
そのうちの一人は、それなりの爵位がある家柄だ。多分、そこから例の話が漏れたのだろう。
どうしてそんな事をしたのかは、簡単に推測できた。
以前のアリスは、彼らに媚びるように愛想を振り撒き、いいように利用してきた。当然、彼らも聖女から頼られることに、喜びを感じていたはずだ。
それが、留学から帰ってきたと喜んだのも束の間。アリスからは全然相手にされないどころか、はじめまして状態で、会話すら儘ならない。
しかも、アリスを守ろうとエルネストとレンががっちりガードしているから、近づくことも出来なくなった。
そりゃ、面白くなかったでしょうね。
だからといって、王子であるエルネストに手出しなんて出来ない。だったら、アリス自身を王子から引き離してしまえば、と。また孤立すれば、自分達が頼りにされるかもしれない。
そんな考えから起こした、短慮なものだった。
更に言ってしまえば、最近アリスが頼っているのは――私だ。
目の敵にしていた悪役令嬢(濡れ衣!)だものね。
しかも理不尽さも相まってか、標的が私にかわってきている。完全なるとばっちりだ。まったく男の嫉妬って……。
本を正せば、彼らを利用したあれが悪いのだけど!
そして、事件は放課後に起こったのだ。
◇◇◇◇◇
「ド……ドルレアン公爵令嬢! ア、アリス様を騙して何を企んでひるっ!!」
あ、噛んだわ。
「私は、何も騙してなどおりませんけど? 確か、あなた方三人はお隣のクラスの……」
名前までは、ちょっと覚えていなかった。
昼休みを終えて教室に戻ると、私の机の中に手紙が入っていた。
『放課後、秘密をバラされたくなければ、一人で校舎の裏に来い』と。
今時、こんな呼び出し方で素直に応じると思っているのか?
無視してもよかったが……まあ、秘密が何なのか気になったから来たけどね。
それに私は一人ではない。茂みにはケリーが待機中だ。
そもそも、三対一なんて卑怯だもの。
「う、うるさいっ! さんざんアリス様に嫌がらせをして、婚約破棄されたくせにっ。親の力で揉み消したって、全て知っているんだ!」
まだ言うか、それ?
「……名誉毀損も甚だしいですわね。証拠もないことを言うのは、どうかと思いますけど?」
私、これでも公爵家の娘なんですよ。
いくら学園内では平等をうたっていても、相手を蔑んでも良いという事ではない。
自分達の立場を理解していないのだろうか?
これで貴族の子息だなんて、将来が心配になってしまう。
「証拠なら、ここに来たって事が何よりの証拠だ!」
え……馬鹿なの?
「アリス様だって、何かされたに決まっているんだっ。僕らを分からないなんて絶対におかしいっ!!」
「「そうだ、そうだっ!」」
涙ぐんだ男子生徒達は、お互い励まし合うかのように、団結して私を睨みつける。
「だから、僕らが悪者を退治して目を醒させる!」
男子生徒の一人が、キュポッと茶色の瓶の蓋を開けた。
――なんで、あれをっ!?
あの瓶には、見覚えがあった。
調合室に置かれていた、劇薬指定の薬だ。鍵付きで、厳重に保管されている筈の物だった。
元の世界で言うなら、硫酸系のヤバいやつ!
う、嘘でしょ!?
「えいっ!」
それを私に向かって投げつけた。
カッ! と、印が反応し熱くなる。
「ケリィ――ィッ!! 結界!!」
大声で叫んだその刹那。
正面から飛んできた液体は、私に到達することもなく勢いよく弾かれた。
その液体は、何故か量が倍増して三人の男子生徒の頭上から、彼等めがけて降り注いだ。
飛び散った液体は、シュウ……シュウ……ッと嫌な音と臭い煙をあげて、壁や植木、辺り一帯を溶かしていく。
そんな……。
私の鎖骨下が、まだ熱を持っている。
彼等に呼び出された時点で、もしかして危害が加えられるかもと予測はしていた。
だからこそ、私自身に防御結界を張っておいたのだが――。
バスチアンの件で、魔王の防御魔法では、過剰に相手にダメージを与えてしまう気がした。
あの時の感覚から、印が反応する前に弾いてしまうつもりだったのに。
なのに、どうして……これが発動したの?
薬品の反応が無くなり、煙が消える。
すると、周囲は見るも無惨な状態になっていたが、キーランの結界で守られた彼らは無事だった。腰を抜かして、ガクガクと震えてはいたが。
ああ、間に合って良かった……。
胸を撫で下ろしていると、ガサッと茂みからキーランがやって来る。私の横をすり抜けて、座り込んだまま動けない令息達の前に立つ。
「ねえ、君たちさぁ。こんな事して、ただで済むと思ってるの。想像力が足りないのかな?」
私からは、キーランの背中しか見えないが、かなり怒っているのを感じた。
「僕の大切なものを傷つけるなら、容赦しないよ?」
キーランは転がっている瓶を拾うと、残っていた液体を令息の足にポタリと垂らした。ジュッと嫌な音と、焦げる臭い。
「ひいっ! い、痛いっ!! や……やめてくれっ!!」
泣き喚く令息。
「一滴でも、こうなるんだよ。どう? 君たちがベアトリーチェ嬢にかけようとした量、頭から垂らしてみる?」
三人の令息は真っ青になった。
ぶんぶんと首を横にふり、地面に頭を擦りつけるように泣きながら謝っている。
キーランはクルッと振り向くと、私にいつもの笑顔を見せた。
「大丈夫、心配いらないよ。じゃあ、僕らは……彼らを保健室に連れて行って、怪我の治療してもらうね」
僕ら?
キーランが「ロラ〜ン!」と呼ぶと、ガサガサ茂みからロランがやって来る。
ロランはヒョイッと令息達を担ぎ上げ、キーランと一緒に行ってしまった。
彼らが見たさっきの記憶は、きっと消されるのだろう。
「……ヒナ」と、背後から呼ばれた。
さっきロランが出てきた場所には、物憂げな表情のノアが立っていた。




