66.それぞれの思い
――行けっ!
刺した指先から、魔剣に魔力を流し込む。
と同時に……
「魔王の魔力のお裾分けですわ」
バスチアンに向かって一言告げると、玉座に向かって転移する。
「は……っ!?」
捕まえていた筈の私が消え、一気に膨らんだ魔剣にバスチアンは動けなかった。
大きな破裂音と共に、黒紫の光がバスチアンを呑み込むと爆風が起こる。随分と見晴らしが良くなってしまった。
……あ、やり過ぎた?
さっき、キーランから教えてもらった――レンがノアにやらされた事を、魔王の魔力で真似してみたのだ。
「ビーチェ、なかなか思い切りが良いな」
ククッと笑うカルロスは、私がやろうとした事が分かっていたみたいだ。
「……えっと、加減が分からなかったんです」
勢いは抑えたつもりだったが、正直ここまで凄いとは……。
「……こんなっ……有り得、ん……」
私に反撃されるとは思わなかったのだろう。
ボロボロになりながらも、辛うじて浮いているバスチアンは私を睨みつける。
「さて、バスチアン。元とは言え私の臣下……謀反の始末はさせてもらうぞ」
カルロスはバスチアンを見据えて、そう言った。
玉座に座ったまま小さく指を動かすと、息も絶え絶えだったバスチアンはスッと姿を消した。
カツーン――……
と無機質な音だけが静かな部屋に響く。
バスチアンが居た場所から真下に落下し、コロコロと転がった魔石。ロランはそれを拾い上げると、魔王に差し出しす。
カルロスは、暫くその魔石を眺める。
「やはりか」と呟き、キーランを呼んだ。
キーランもそれを凝視し頷くと、魔石を手にそのまま魔王城から姿を消した。
魔族の核……。
初めて、命が終わる瞬間を見た。自分や両親の時は、直接目にしたわけではない。
物語とは違って、こんなにも重いとは――。
たとえ許せない相手であっても、何とも言えない胸の詰まりを感じた。
「ビーチェ……」
カルロスが、いつの間にか震える私の手を握っていた。
――私は知っている。
カルロスがバスチアンに向けて指を振った時、大きな魔王の魔力が一瞬だけ、凪いだ。
元臣下に向けての、彼なりの弔い。
だから、私もちゃんと受け止めなければ――生半可な気持ちではなく、戦って勝つと決めたのは自分だもの。
「ええ、大丈夫です」と、微笑んで見せた。
そして、私以外にも他人の死に大きく反応した者がいる。
義兄の顔は、今にも倒れてしまうのではないかと思うほど、血の気を失っていた。
そんな中、ずっと黙っていたノアがアリスに向かって歩き出す。
ハッとしたエルネストは、震えながらも倒れているアリスを守ろうと抱きしめて庇う。
「頼む、ノア……。アリスを連れて行かないでくれ!」
「エルネスト殿下、私が連れて行くのは一人です。その体の持ち主には、用はありません」
ノアはバサっと大きな銀翼を広げ、手には鳥籠のような、輝く小さな檻を持っている。
エルネストはノアの姿に息を呑んだ。
魔族かと思ったら実は天族だなんて、そりゃあ混乱しているだろう。
ノアは、横たわるアリスの中から青白く光る玉を取り出し、暴れるそれを檻へと入れた。
『ここから出せー!』と玉は騒ぐ。
「やっと、捕まえましたよ。お前が逃げ出したせいで、可愛い元部下たちに泣きつかれて大変だったのですよ。お陰で、私は随分と迷惑を被りました。処分は天界がしますから……覚悟してくださいね」
鳥籠を持ったノアは、いつも以上に冷ややかな微笑を浮かべた。
『お、お前……まさか?』
と、玉は何かを言いかけたが――ノアの視線を受けるとビクッと震え、それ以上は何も言わなかった。
「ああ、エルネスト殿下。其方のアリスはお好きにどうぞ」
ノアはもう用は無いと踵を返す。
玉座の前まで行きノアが跪くと、カルロスは黙って頷いた。
「では、これを届けて参ります」と、挨拶をしたノアは飛び立った。
……ノアって、何者なんだろう?
またしても、頭の中は疑問符でいっぱいになってしまった。いつか絶対、聞き出したいわ。
「……んんっ」
静かな空間に、呻き声が響く。
「あ、アリス! 気が付いたかっ!?」
エルネストの声で、アリスが目覚めたことが分かった。
「エルネスト……殿下?」
アリスは、ボーっとするのか頭を振り、暫く一点を見ていた。
今、殿下って言ったわ。
本来のアリスは、まともな令嬢なのかしら?
ぐるりと辺りを見回し、アリスは徐に立ち上がると――グラッとよろけた。バスチアンに魔力を殆ど持って行かれたのだろう。
「大丈夫かっ!」
慌ててエルネストが手を貸した。
アリスは御礼を言って、エルネストに支えられながら、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
そして、正面までやって来ると平伏すかのように頭を下げた。
「魔王様、ベアトリーチェ様……どうか、私を裁いてください」
毒が抜けたかのように、アリスは静かな口調でそう言った。今迄のアリスの印象とは全く違う。
私だけでなく、アリスの横に立つエルネストも戸惑っている。
カルロスは表情を変えず、黙ってアリスを見下ろした。
「全て、この身体の中で見ておりました。あの方は、私の心の弱さが呼び寄せてしまったです。誰でもいいから、私を愛してくれる人が欲しかった……彼女の甘い言葉に、私は自らこの体を差し出したのです」
淡々とアリスは話す。
「それならっ、アリスは奴につけ込まれただけだろう!」
エルネストは怒りを露わにした。
「いいえ。私も、全てを持っているベアトリーチェ様を妬む気持ちがあったのです。私が持つ光属性の力も、微々たるもの。それでも、幸せになりたかった……エルネスト殿下の隣に並びたかった」
身分の違い――。
儚く微笑むアリスは、エルネストが本当に好きだったのだろう。
男爵家で虐げられていたのも、嘘ではないのかもしれない。以前、連休後から急にアリスの様子が、露骨に酷くなった事を思い出す。
「残念だが、私は人間を裁きはしない」
カルロスの言葉に、アリスはギュッとスカートを握りしめた。多分、アリスは自分が許せないのだ。
かといって、自害を選べばエルネストを追い詰めてしまうと分かっている。
「……だが、そうだな。私の優秀な右腕から提案があるようだ」
カルロスは、聞こえてきた羽音に意味深長な笑みを浮かべた。




