65.対決
顔を上げ、何もない布の壁を見詰める。
魔王はどんな顔をしてアリスを見ているのだろうか?
これ程の怒り……今の私には計り知れないものだ。
少しでも、魔王を感じたくて、もう一度ペンダントを握り締めた。
魔王の纏う魔力の色は、深く濃い紫……黒に近い至極色。それが、布越しでもよく分かる。一部がとても濃く、感情の高ぶりの影響なのか強く不規則に揺らいでいる。
――まだ、出てきて良いとは言われない。
私と向こう側を隔てているこの布の、ちょうど真ん中あたりに魔王は座っている。
状況は見えなくなるが、立ち上がりそこへと向かう。
そして、揺らぐ魔力に手を伸ばした。
ズッシリとした布を押せば、硬い物に触れる。玉座の背凭れ、その向こうに座っているのはカルロスだ。両手でそれに触れ、自分の魔力を流した。
魔王にとっての癒し。いつもみたいに、手を握るわけにはいかないけれど、少しでもカルロスの心の痛みが和らいでほしかった。
『カルロス……私よ。聞こえる?』
バスチアンの所で頭に響いた声を思い出し、念じるように言葉を送る。
『………ビーチェ』
『そう。私は、ここに居る。彼女に私は殺されたの?』
『……そうだ』
短い言葉の中に、怒りと喪失感が入り交じる。
魔力に直接触れているせいか、カルロスの感情が流れ込んできた。とても深い悲しみが――。
『カルロス……悲しませて、ごめんね』
私だったら、きっと……魔王にそんな思いをさせたこと後悔し、謝りたかっただろう。
『あの時と、同じことを言うのだな』
フッと、カルロスの力が緩んだ気がした。
『ふふ、そうだったのね……。でも、今の私にはその記憶は無いわ。彼女が消えても何も感じない。それよりも、彼女の中に居る本当のアリスの方が気になるの』
『だが、ビーチェを手に掛けた奴を――赦すことは出来ない』
『そう……でも、困ったわ。もし、本当のアリスまで殺してしまったら。私は一生、エルネストの今の顔が忘れられなくなってしまうわ』
『……な、に?』
『あれでも元婚約者。罪の無い大切な人を奪ってしまうのだから。私は事あるごとにエルネストを思ってしま……』
『ならば、本物は助けよう』
カルロスは食い気味に返事をする。
私の戯言に、カルロスは合わせてくれたのだ。
本当に、魔王は私に甘く……優しい人。強いのに、放っておけない。
鎖骨の下の印が、じんわりと熱を帯びてくる。
『カルロス』
『何だ?』
『今度は絶対、奴等に負けないわ。だって私は、魔王のパートナーなんでしょ?』
『ああ、パートナーだ。……ならば、来い!』
パチリと聞き慣れた音が鳴り、次の瞬間には、私は玉座のカルロスの膝の上に座っていた。
やはり、膝の上なのか……。まぁ、今はそれについては考えまい。
正面には宙に浮いたアリスと、その下にはエルネストとレンが。突然現れた私にポカンとしている。
すぐさまアリスは、鬼の形相で私に向かって叫び出す。
「な……なんで、ベアトリーチェ! お前がここに居る!?」
「バスチアンとの悪巧みは失敗ですよ。私は、あなた方に利用などされてあげませんわ。そして、二度も殺されませんから!」
ピシャリと言い切った私に、アリスは目を剥いた。
「ま……まさか、お前は!?」
「アリス様、いいえ。私を殺し、光属性の魔力を奪ったお姉様……そう呼んだ方がいいかしら? あら、バスチアンと違って、ご存知ではなかったの?」
私には、全くその記憶は無いですけどね。折角だから、白黒ハッキリさせておきましょう。
「うるさいっ! お前さえ生まれてこなければ、全て私の物だったんだぁぁぁ――――!!」
醜くアリスが叫んだ途端に、空間の一部が歪む。
その中から、突如姿を現したバスチアンは、アリスに向かって言う。
「そうです、聖女アリス。魔王と邪魔者を倒すのです! 魔王を貴女だけの物にするチャンスですよ」
「私のものに……」と、アリスはにんまりと笑う。
「――聖剣よ、聖女の元へ!」
空中のバスチアンが手を掲げると、魔王城の高い天井いっぱいに、さっき魔王が破裂させた魔剣とそっくりな剣が何十本と現れた。
「……なっ! そんな、バカな」と、唖然とするレン。
「さあアリスよ、お前の力を全て剣へ!」
「……え?」
と言ったアリスの腕がピカッと光り、剣へ向かって放射線状に光の魔力が放たれる。あっという間に、その光は吸収されてしまう。
アリスはガクッと力を失い、静かになった。
魔王が浮かせていたアリスを床に下ろすと、駆けつけたエルネストの叫び声が響く。
あの魔剣がアリスの魔力を全て吸い取ったのだ。
バスチアンは、どこまで他人を利用するのだろうか――怒りが湧いてくる。
だが、全ての剣が光を纏うことはなかった。どうやら、レンが持っていたと魔剣とは違い、格段に劣っているようだ。
「やはり、此奴の力では少な過ぎたか……まあ良い。魔王の力さえ削げば、私の方が上だ」
ブツブツとバスチアンは呟く。
「愚かだな、バスチアン。そんな紛い物、無意味だ」
カルロスは、抑揚のない声で言う。
「紛い物ではない。この時のために、私が長年にわたり完全に作り上げたのだ。……人間などに、現を抜かした愚かな王よ。世代交代といこうではないかっ!」
大量の魔剣が、一斉にこちらに向かって飛んできた。
「無駄だ」
カルロスの指がパチリと鳴れば、全ての剣は塵になる。
「ば、ばかな……」
愕然とするバスチアン。
「お前の魔剣と、私が作った物が同じな訳が無いだろう」
――はい? 今、何て?
自分の耳を疑った。
「ならばっ!」とバスチアンが叫ぶと、私の見ていた景色が一変した。
真下には、レン達。正面には、カルロスと魔族のみんなが。私は空中に浮いたバスチアンに捕まり、身動きが出来ない。
もしかして……あの黒い石の他にも、何らかの魔道具が付けられているのだろうか?
――ま、いいか。
バスチアンの手に残っていた魔剣の偽物が、私の首元に向けられた。
確か、バスチアンは私の魔力を学園で測った数値だと思っている。しかも、この剣は残念な模造品。
「さあ、愚王よ。この人間の命と引き換えに、自分の首を落とすがいい!」
自分で魔王を殺せないから、私と引き換えに自害しろと言っているのか。……うん、呆れた。
バスチアンの言葉に、カルロスは口角を上げて言う。
「私のパートナーに触れたこと、後悔するがよい」
――私は、サクッと自分の指先を剣に刺した。




