64.怒り
「これは……!! キーラン、いったい何が起こっているの!?」
飛び出して義兄を助けたいが、キーランに止められた。とにかく状況を把握したくて、遮音結界を張ってもらい尋ねる。
バスチアンの言った、命懸けとはこの事なのだろうか?
「レンの怪我は、予定通りなんだ。あの魔剣は、刺した相手の魔力を奪うって言ってたでしょ……だから、魔力を持たないレンなら、ただの魔剣の状態に戻せるだろうってノアが」
……はい?
あの日、ノアから振られたレンへの役割って、これだったのか。道理で青い顔をしていた訳だわ。
「でも……。ただの魔剣に戻ったところで、何の意味があるの?」
また誰かが刺されたら、魔力を奪われるだけではないだろうか?
「うーん。俺たち魔族だから、光の力がある剣で刺されたら、かなりのダメージ受けちゃうからさ。あれで傷つけられると、自己再生が難しいんだよね。魔力奪われるだけじゃなく、心臓刺されたら死んじゃうし」
心臓刺されたら当たり前だと思ったが――。
闇属性では、光属性を持った物は防御すらできないそうだ。急所を狙われたら、確実にやられてしまうのだと。
だから、バスチアンはあの剣を聖剣と呼び、それを持てる勇者を召喚したのね。
「そんな物騒な剣……誰が作ったのよ」
思わず口を突いて出る。
「……あはは。本当、誰だろ〜ねっ」
キーランは、乾いた笑いで誤魔化した。
……怪しい。
どうも、キーランはその人物を知っていそうだ。けれど、今は問答している場合ではない。
「それよりも、早く止血しないとっ」
「ああ、それはもう大丈夫だよ。魔王様が、怪我する前の状態に……って! うわっ、ヒナまだ駄目だから!」
布に手を掛けようとしたとこで、キーランに全力で止められた。
「ほらっ、よく見て! もう、レンの傷は治っているでしょ? 魔王様が、怪我する前の状態に戻したんだよ」
また、こっそり覗くように言われ見てみると、血溜まりはそのままだったが増えてはいない。確かに大丈夫そうだ。
「それよりも、これからだよ」
急に真剣味を帯びたキーランは、私の髪に触ると何かを取った。髪飾りに紛れて、小さな魔石のように黒光りする物がくっ付いていたみたいだ。
キーランは魔眼でそれを凝視すると、すぐに破壊した。
「ヒナ、バスチアンに目印付けられちゃったね」
「えっ……?」
いつ、そんな物を付けられたのだろうか?
バスチアンとは、一定の距離は保っていた。私に直接触れていないし。いや、触れられてはいないが魔法は使われた。
もしかして、あの時水をかけたのは……。
「此処はね、以前と違って人間界からは入れないんだ。ヒナは魔王様の力があるから来られたけどね。でも、さっきの石……多分、向こうと繋げる魔道具だよ」
「じゃあ……!」
血の気が引く。
私は何て愚かなの――こんな簡単に、バスチアンに利用されるだなんて。
悔しくて唇をかみしめた。
「ヒナ、そんな顔しないで。大丈夫だからさっ。ノア風に言うなら……想定内です!」
ビシッとモノマネしたキーランに、つい笑ってしまった。
「でもね、ヒナ。まだ暫くは、この場から絶対に出てはダメだよ。ヒナの力が必要な時は、魔王様が必ず呼ぶからね」
「分かったわ」と、頷く。
もう、絶対に失敗はしない。
キーランは、ニコッといつもの笑顔を見せると、布の向こうに戻って行った。
手に握りしめたままだったペンダントを首に掛けて、よしっと気合いを入れる。布の隙間から、息を殺して動向を見守ることに専念しよう。いつでもみんなの力になれるように。
神経を耳と目に集中させ強化すると、アリスのヒステリックな声が聞こえてきた。
「よくも、私の邪魔を……! せっかく、あの子の魔力を手に入れておいたのに、全て消えてしまったじゃないっ!」
あの子?
ズンッ――……!!
今のアリスの言葉で、部屋全体の空気が重くなった。息苦しい。
……これは、魔王の怒りだ。
私の位置からは、勇者一行とキーランとロランの背中しか見えない。
「カルロス様、怒らないでください。あれは、本来なら私だけが持って生まれる力……奪われた物を取り返しただけ。あなたは、妹に騙されたのです!」
『……黙れ』
お腹の底に響くような魔王の声は、初めて聞くものだった。
顔を歪めながら徐々に宙に浮くアリス。
その横には、さっきまでレンが手にしていた魔剣も浮いている。
魔剣に向かって、魔王は魔力の球を軽く飛ばした。
すると――魔剣は歪な風船みたいに膨らみ破裂した。
隣のアリスは、飛び散った硬い刃の破片で傷つき、怒りと恐怖で震えている。
あんなに小さな球でも、魔剣は吸収しきれないのだ。もし、魔王を刺していたらと思うとゾッとする。
見ていた、レンとエルネストは真っ青だ。
「ま……魔王! 頼む、やめてくれ! 彼女の中に……本物のアリスが、中に居るって」
エルネストは必死で訴える。
「そうよっ! 私が死ねば、アリスも死ぬのよ。人間を殺したら、誓約だって結べないわっ」
勝ち誇ったように、アリスは言った。
『……それがどうした』
「えっ?」
ああ、そうだった。
カルロスは魔界の王なのだ。人間に興味なんてない。最初から言っていたのだ、人間界なんて簡単に滅ぼせるのだと。
そして、魔族のみんなは、魔王が決めたのなら絶対に逆らわないのだろう。
全ては、私のために穏便に事を運ぼうとしてくれていたのだ。今の魔王が本当なのかもしれない。
私はこれからも「ビーチェ」と優しく囁くようなカルロスの声が聞きたいし、魔族のみんなとも仲良くしたい。
でも……。
狡いかもしれないけど、大切な人達にも生きていてほしいと思う。
そう、ベアトリーチェの私は欲張りなのよっ!
バスチアンの言葉と、アリスの言葉。所々だけど、繋がってきた。
剣で刺され、光属性の魔力を奪われたのは……過去の私だ。
そして、このアリスの妹だったのだろう。
――魔王を止められるのは私だけだ。




