55.盲点
彼等が姿を消してからも、学園での日常は普通に流れて行き、これと言って大きな変化は無かった。
ただ、時折ミレーヌが、窓の外を眺めていることが増えたのは、気のせいではないだろう。監視対象のエルネストが学園を離れているせいか、それとも護衛として向かった近衛騎士を思ってなのかは分からない。
取り敢えず、ミレーヌは宮廷側の人間だから、ある程度の事実は知らされている筈だ。
私はといえば、いつの間にかカルロスと入れ替わっていた保健医に、体調はもう大丈夫だから健康観察は必要無いと伝えて、休み時間は殆ど図書館通いに時間を費やしている。
たまに、オレリアと図書館で一緒になることもあって、お互いにお薦めの本を読みあったりもする。
穏やかすぎる日常――なのに、何かしていないと不安になるのだ。
公爵邸の図書室の本は、幼少期にだいぶ読んでしまったので、もう少し何か役立ちそうな資料があればと思う。
ちなみに、転移魔法について書かれた書物はもう見つかり、読み漁っている最中だ。まだ途中ではあるが、魔王やキーランが普通にやっている転移は、常人には出来ないことだと理解した。
なんていうか……。
魔王の転移方法は考えるまでもなく、魔王だからできることなのだ。キーランの場合は……なんだか理屈じゃなさそうだし。
先ずは、私にも出来そうなものから試しまくるしかない。
大勢の目がある学園に居る以外は、極力魔王城に行くように言われたので、寮で過ごすことはほぼ無くなっていた。
だというのに……寮の私の部屋には、厳重な結界が張られているという謎。
仕組みは分からないが、私とジゼルだけが出入りでき、それ以外の者は絶対に入れないらしい。
ちょっと、他の人でどうなるか試したいが、説明の仕様がないのでどうする事も出来ないでいる。
――そんな感じで数日が過ぎたある日。
「お嬢様っ、大変です!!」
血相を変えたジゼルが、大急ぎで部屋に入ってきた。その表情から只事ではないのが判る。
いつものように、魔王城へ向かうため支度をしていたところ、オリヴィエの従者から急用だとジゼルは呼び出されたのだ。
「オリヴィエに、何かあったの!?」
ジゼルは唇を噛み「はい」と悔しそうに言うと、一通の手紙を私に差し出した。
「ベアトリーチェお嬢様宛でございます。オリヴィエ様の部屋のドアに差し込まれていたそうです」
封蝋された手紙の、封筒の端には……
『主人の身を助けたくば、この手紙を誰にも知らせず、ベアトリーチェ・ドルレアンへ届けよ』
小さくそう記されていた。
誰にも知らせずとあったが、従者は男で女子寮へ入れない。苦渋の決断で、信頼できるジゼルならと託したそうだ。
手紙を手に取り、封蝋の印章を見た。この国の、有力な家の印璽は大体知っている。
淑女教育だけでなく、お父様の執務室で見かけた数々の手紙の家紋は、全て覚えるようにしてきたから。
けれど、その中にはこの印章は無かった。
でも、私はこれに見覚えがある。
お父様の所でないなら……どこで見たの?
瞑目し記憶を手繰ると、脳裏に浮かぶ金の模様。
――思い出した!!
これは、紋章を元にした物やシンボルではない! 剣術大会の日にバスチアンが纏っていたマントの刺繍の一部にあった模様だっ。
「……ジゼル、これバスチアンからだわ」
私の言葉にジゼルは目を剥いた。
「ではっ……」と言ったジゼルに、頷く。
封を開けると、不思議なことに蝋は細かく砕け霧散する。証拠隠滅とは、用心深くて腹立たしい。
手紙には、オリヴィエを誘拐したと書かれていた。
オリヴィエを助けたければ、明日私一人で指定する場所へ来いと――。
明日が休日なのを分かっていて、それを指定したのだ。私とオリヴィエが突然学園を休めば、直ぐに公爵家へ連絡が行く。でも、休日なら誰も怪しまない。
本当なら、私を直に誘拐するつもりだったのだろう。
けれど、寮の部屋には結界が張られていて、きっと手出しが出来なかったのだ。万が一、その結界を破れたとしても、私は魔王城で守られているしね。
それで、オリヴィエを……。
盲点だった。
オリヴィエは剣術に長けていて、考えて行動をするタイプだ。そして、真面目で使命感も強い。
だとしたら――。
捕まった元凶は……私の偽物。クラスメイトでオリヴィエが監視していたヒナタが絡んでいる。
大方、不自然な行動をした彼女の跡をつけて、捕まってしまったのだろう。
バスチアンは一体何者なの?
カルロスが魔王だと勘づいて……いや、それならあの場所を探すことはしない筈。わざわざ魔界の入り口を探していたのだから、魔王は魔界居ると考えている。
アリスがカルロスに付き纏っていたのはたまたまで、保健医になって人間界に居たとは考えないだろう。
だったら、何で私を狙っているのか?
バスチアンはあの一件で、矛盾点から私が『鍵』だと気づいたのかもしれない。
ああ……そうか。
私は、彼等のアキレス腱になってしまうのね。だから、みんなは私を遠ざけて守ろうとした。
悔しいっ! やられたわ。
私に、オリヴィエを助けに行かない選択肢はない。
日数的には、そろそろ勇者一行があの山の頂上へ辿り着く頃だろう。レン達は場所を探しながら向かっているのだから、私達が馬車で行った時よりも、倍の時間がかかったに違いない。
勇者が、魔王の居場所を突き止め対峙する……だから、彼等が動けない今なのね。
私が捕まれば、弱みどころか魔王の足枷になってしまう。
――なら、どうする?
黙り込んでいる私を、ジゼルは何も言わずに見詰め指示を待っていた。
くしゃりと手紙を握り潰し、立ち上がる。
「取り敢えず、魔王城の侍女頭に伝言を頼みに行くわ」
魔王は無理でも、魔族の誰かに伝える方法があるかもしれない。
「では、オリヴィエ様を」
「もちろん、助けに行くわ」
私は悪役令嬢ベアトリーチェ風に、不敵に微笑んでみせた。
オリヴィエを巻き込み私をターゲットにしたこと、絶対に後悔させてあげるから……。




