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56.転移魔法

「では」と、転移陣へ向かおうとしたジゼルを止めた。


「今日は、転移陣を使わずにやってみるわ」

「お嬢様、まさか……」


 信じられないとばかりに、ジゼルは目を見開いた。


「キーランだったらね……どんな風に転移するのか、もう一度よく考えてみたの」


「キーラン様ですか?」と、ジゼルは眉を寄せた。


 魔王の次元には到底及ばなくとも、キーランは魔力が豊富にあるからこそ魔法に長けている。普通の魔族は、簡単に人間界へ行くことは出来ないのだから。

 まあ、出来たとしても、魔王やノアが許可はしないだろうけど。


 そして、私は魔王の魔力を分け与えられている。


 私が魔法を使えるようになったのは、イメージが掴めた時だ。学園で習ったり、本に書かれた詠唱などは必要なかった。そう……魔族の、それもかなり上位の力を持っているのだと思う。たぶん、ね。

 だから、コツさえ掴めば出来るかもしれないと、繰り返し試してみた。


 以前、キーランに転移について尋ねた時は「イメージして、パッとして、ビュンて感じ?」と、何故か擬音語と疑問形で回答され考えることを諦めた。


 ……語彙力って大事よね。

 

 転移魔法の本には、色々な数式やら呪文やらが沢山書かれていた。けれど、魔界への行き方なんて載ってる訳ないのだから、キーランの言葉を頼りにするしかない。


「そう。明確に自分と行き先をイメージできれば、大丈夫だと思うの」

 

 だって、隣の部屋への転移は出来るようになっている。

 魔王と違い、キーランと転移する時は必ずキーランに触れる。つまりキーランは、自分の魔力を一瞬で対象物に流しているのだろう。


 最初に成功した時には、自分以外に魔力を流すことを忘れて、身一つで行っちゃって焦ったけどね。次からは、ちゃんと服や持ち物を忘れないよう気をつけたわ。


「では、行きましょう!」


 不安そうなジゼルの手を取り、私は魔王城へ転移した。



 ◇◇◇◇◇



 ――見事に成功した。


 転移陣ではない場所から、突然現れた私とジゼルに城の使用人達は驚いている。そのうちの一人が、慌てて侍女頭を呼びに行く。


 事情をざっと説明すると、侍女頭は直ぐに理解し一度下がってからまた戻ってきた。

「こちらを」と、如何にも特別製といった紙と羽ペンを差し出す。

 頷いて受け取ると、伝えたい内容をその紙にしたためた。


 書き上がった紙を侍女頭に渡すと、便箋には入れず、そのままクルクルッと小さく丸めて細長い筒へ仕舞った。

 それから侍女頭は、ヨボヨボしたお爺さん執事を呼んで、その首に手紙の入った筒を掛けた。


 えっ……大丈夫?


 この執事とは面識はあるが、侍女頭のように深く関わることはあまりない。大概のことは、ノアがやってくれていたから。

 執事にどんな能力があるのか、想像もつかない。


「姫様、こちらはお任せください。この者でしたら、一番早く届けられますので」

 

 ニッコリと自信に満ちた笑顔で侍女頭が言う。

 執事より侍女頭の方が若く見えるが、どうやら格上は侍女頭のようだ。

 

「それでは、行って参ります」


 執事はお辞儀しポンっと煙に包まれると、大きく真っ黒な烏の姿になった。その首にはちゃんと筒がぶら下がっている。

 

 器用にヒョイッと(くちばし)で窓を開けると、魔王の像が立つ場所へ向かって、もの凄いスピードで飛んで行った。

 さっきまでのヨボヨボっぷりが演技だったのではないかと思う程に、見事な飛行だった。


 そうか!


 魔王が眠っていたあの場所を、また崖へと繋げていたのだ。

 もしも……いや、絶対に無いとは思うけれど。何か予期せぬ事態が起こって、魔界に攻め入られてしまうなんてことは――。不安が過ぎる。


 いつも飄々として動じない魔王に、不測の事態なんて起こらないわよ、ね?

 

「魔王様は大丈夫ですよ。必ず、姫様の元へお帰りになりますから、ご安心くださいませ」


 そう言われてハッとした。

 侍女頭を見ると、私を安心させるように柔らかい微笑みを向けている。


 私が不安になってどうするの!

 うん、魔王なら……カルロスなら大丈夫だ。みんなだって居るし、勇者のレンだって味方だもの。


「そうよね。私はオリヴィエを助けに行ってくるわね。いつか、魔界のみんなにも私の弟を紹介するわ」


 実際には無理かもしれないけど、そんな日が来たらいい。そう思った。


「それは、楽しみでございます。姫様にお渡ししておいた方がよろしい物が……」

「何かしら?」


 首を傾げると、綺麗な小箱を渡された。

 蓋を開けると、中には可愛らしい蝶のモチーフのペンダントが入っている。


「これは……子供用のアクセサリー?」


「姫様が小さな頃にお使いになっていた魔道具です。それに魔力を流しますと、周りの者の魔力が見えるようになりす。私たち魔族は、魔王様に準じた紫がかった色が。人間なら、其々の属性の色。そして、闇を抱えた者は黒が混じります」


 ――闇? 闇属性のことだろうか?


 早速ペンダントを両手で包み、魔力を流すと使用人やジゼルの魔力が見えるようになった。まるでオーラを纏うかのように、魔力の色が。

 侍女頭の紫は、とても濃かった。


「なんだか、魔眼の力みたいね……」


 なぜこんな物を、子供に与えたのだろうか? 


「きっと、お役に立つ筈です。決して無理はなさらず、助けをお待ちくださいね。必ずや、どなたかが向かわれますから」


 ぎゅっと握られた手から、私を心から思ってくれているのが伝わってくる。

 この侍女頭は、姫様と呼ばれた私の前世の乳母だったのかもしれない。そんな温かさを感じた。


 

 そして、今夜は魔王城には泊まらず、来た時と同じように転移魔法で寮へ帰った。



 ペンダントを眺めていて、ふと疑問が浮かんだ。魔道具は、基本的に魔力を流さないと使えない。


 何で魔力を持たない義兄(レン)が、あの魔道具を使えているのかしら?


 魔力が無くても使える仕様の魔道具なんて、聞いたことが無い。腕の魔道具とは別に、魔力を蓄えた魔石でも持っているとか?



 少しだけひっかかったが、明日のことが気になり深くは考えなかった。



 ◇◇◇◇◇


 

 翌日の早朝。


 ジゼルに、チェーンを長く直してもらったペンダントを首に掛け、指定された場所へ向かった。

 

「何があっても、ついて行きます!」


 と言い張ったジゼルには、バレないよう近場で待機を命じ、その代わりスカートに隠せる長さの短剣を借りた。


 絶対に負けるものですか!



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