幕間・オルナーの回想①
僕は、自分の可愛い妹を見て、ヒヤヒヤしていた。
腕には、多くの令息を虜にしたフローラ嬢。
周りにはナバル王太子、ザーク皇太子、そしてグルーネイ。
全員、美形だ。そして、ナバル王太子もザーク皇太子もフューネに一目惚れしたとか。
今は男の格好をしているからバレてはいないだろうし、何故かザーク皇太子は男装したフューネをフューネの婚約者だと勘違いして敵対心を持っている様子。
一体フューネは何を言ったのだろうか。婚約者なんていないのに。
しかし、男の格好が良く似合う。
僕のお下がりではあるが、この学校の剣術用制服である。
黒いブーツに黒いズボン。裾の長い、白色のジャケットを上に着ているため、ただただかっこいい、育ちの良い令息にしか見えない。悔しいが、かっこいい。
そして、初めてフューネが剣術に興味を持った時に思いを馳せていた。
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朝。
土地だけはたくさんある実家の庭で剣の練習をしていると、よくフューネは見に来た。
淑女のレッスンから抜け出して、毎日の様に怒られていた。
その日もフューネはマナー講座から抜け出して、庭に置いてあるベンチに座り、熱心に見ていた。
「おにいちゃま! わたしもやりたい!」
舌足らずな妹がじい、と手に持っていた剣を指差して言った。
あれは、リュートと僕が5歳、フューネが4歳の時だったか。
「駄目だよ。危ないから」
そういうとむす、とした顔で僕を睨み、
「おにいちゃまなんて、きらいっ」
と言って庭から出て行ってしまった。
嫌い、と言われたことにショックを受けていた僕はリュートがどこに向かったのか、約三時間ほど気付かずにいた。
そして。
「魔物の森に行ってなかったか⁉︎」
三時間、無心に剣を振り、手から剣が落ちてようやく気付いた時にはお昼時になっていた。
すぐさま双子の兄と父を呼び、家の隣に広がるフラントナワードの森、通称魔物の森に向かったが、既に遅し。
森の入り口にはフューネのドレスが脱ぎ捨てられていた。
リュートは家に戻り、父が一番信頼している秘書を呼びに行った。
僕は父と一緒にフューネの気配を探る。剣術は兄には敵わないが、なくしたものを見つけるのは得意だ。しかし、いくら探してもフューネは見つからなかった。
そして、一時間ほど経った頃だろうか。
「ちからのさを、おもいしれい!」
ガツンという音と、魔獣の断末魔。
ただでさえ暗くジメジメしていて気味の悪い、閉塞感たっぷりの森に響く苦しげな声。僕は叫んでしまいそうになる。
「ふう、やんなっちゃうわ」
プリプリと怒りながら草むらから出て来たフューネに驚いて今度は思い切り叫んだ。
父はフューネが魔物に喰われず、生きていたことにホッとしてか細い体をギュッと抱き締める。
「おとうさま、くるしい」
フューネが頬を抓るまでずっと抱き締めていた。
気が済むまで各々叫んだり抱き締めたりし、ようやく落ち着いたところで僕は首を傾げる。
「フューネ、さっきの叫び声は?」
「さけびごえ?」
「そう、叫び声」
そう聞けば、フューネは先程出てきた草むらにもう一度潜り、何やらズルズルと引っ張る音がした。
「これのこと?」
小さな可愛らしい手につかまれていた角の先端を見て僕は慄き、父は爆笑。
えいさ、と言ってフューネが草むらから無理やりそれを引っ張り出し、微笑んだ。
「なんか、いかくされたから、えいや、って、したの」
両目に木の棒を刺され、喉にバラを刺された魔物、ゾグル。
この国で一番優秀な騎士が集まる王室付きの騎士になるにはゾグルを倒さなければならない、と言われているほどのものだ。
それを、フューネは。
「これは、淑女ではなく騎士として鍛えた方が良さそうだな。ところで、フューネ」
父がゲラゲラ笑ってフューネを抱き上げる。
「これは誰かに習ったのか?」
「ちがうよ、おにいちゃまのまね」