21,ピクニックイベント①
新学期を迎えた生徒達にはいくつかの行事がある。まずは学園の雰囲気に慣れてもらい、同じクラスの人たちと親睦を深めてもらおう、という学園側の配慮である。フューネ達にとって後者は存在しないようなものであるし、一国の後継ぎ二人とその騎士は言うまでもなく、いろいろと勝手にやらかしているフューネに遠慮というものはない。学園の雰囲気なぞにあてられていないのだ。だから、行事は言ってしまえば学園公認のお出掛け。遊びである。
授業を一日しかやっていないにもかかわらず、その翌日から行事がぶっ通しでやってくる。そして、その日は男装するな、変装もするな、通常の格好でいろとナバルから命令をされた。権力乱用である。
フューネはため息をつき、アンナにそう言えばアンナは手をわきわきと動かしてクローゼットを漁り始めた。
「えーと、どういうコンセプトでいきましょうか」
独り言をこぼしながら楽しそうに服を選ぶアンナを微笑ましくむ見つめてから、壁にかけてあるフューネ専用の剣を手に取った。これをつけられる服であれば良いな、という思いを込めてアンナを見やればフューネの視線に気づいたアンナが怖い顔でフューネを睨んだ。
「長剣はダメです。短剣ならドレスのどこかに隠せるので許します。あと暗器はそんなに持って行かないようにしてくださいね。通称、出会いの場と言われているあの行事に暗器を持っていく令嬢なんておかしいですから」
「バレなければ良いのでは?」
「ナバル殿下の護衛騎士様にバレますよ、きっと」
武力を好むフューネをちょっと呆れた目で見つつもその目には深い愛情が揺らめいていた。なんやかんやいってアンナはフューネに甘いのだ。結局フューネの意向に沿って、長剣以外の武器であればなんでも隠せる、少し前にこしらえた特注のドレスを用意した。
フューネはそれは嬉しそうにそのドレスを着てくるりとその場を一回転して暗器の出し心地を確認した。
そして、馬術と魔術の初日授業を終えた次の日。ラレンス、という名で令嬢を誑かしていたとは思えないほど静謐で厳かで美しい令嬢が出来上がっていた。ふ、と口元に常にたたえる笑みは聖女のようで見惚れぬものはいないであろう。アンナは額に浮かぶ汗を袖で拭い、やり切ったぞという顔でフューネを見つめた。
フューネはといえば、頑張って令嬢のツラを幾重にも重ねて被っていた。袖に隠してある暗記を器用に指先で撫でながらアンナへ笑いかける。
「ちゃんと令嬢みたいになっているかしら?」
「ええ、久々にお嬢様の本来の美しさを前面に出したコーディネートを考えることができました。もう、どうしてあんなにも隠したがるのでしょうかね。この美しさであれば、ちょっと上目遣いでお願いすれば騎士になれるでしょうに」
ぶつぶつと呟くアンナは怪訝そうな顔をするフューネに気付いて微笑んだ。誤魔化したともいう。
「さあ、そろそろ出発されたほうが良いのではありませんか?エスコートされる殿方はおられるのか少し心配ですが」
「ナバル殿下がお越しになるそうですが」
嫌そうな顔で呻くフューネ。令嬢のツラが早くも剥がれかけている。アンナはナバルのことを不憫に思いつつもフューネの反応を面白くも思っていた。
「まあ、頑張りますよ」
フューネは微笑みを貼り付けてドアを開けた。
ーーー
今日は近くの森に行ってピクニックを行う。勿論テーブル等は先にセッティングされているがそこまでは転移魔法ではなく歩きだ。馬車が一番の移動手段であるが歩きが推奨されている。自分の足で歩いて目的地まで行け、という話だ。つまり、足腰を鍛えて戦いに備えよ、ということだ、とフューネは勝手に思っている。フューネ以外のものは立食パーティーだと認識しているが。
ザークよりも先にエスコートを申し出て無事にフューネのエスコート役をもぎ取ったナバルはフューネの隣にずっと陣取っていた。フューネはうんざりしていたがそれでも令嬢のツラは取れないように必死で保っている。
ピクニックは、イベントである。ヒロインが攻略者の親愛度をあげる、あのイベントだ。実は、ゲーム内ではフューネは前日にはしゃぎすぎて熱を出し、このピクニックには参加していない。因みにだが、この世界のヒロインであるフローラが前日に「あらあら! フューネ様のお姿を仰げるのね! いやあ、何を着ましょうか、隣に立っても恥ずかしくないようなドレスにしなければ」とはしゃぎ、体調を崩して休んでいる。これではイベントは発生しないではないか。
「ラレンス嬢。とても美しく、心を持っていかれそうです」
ナバルは社交辞令としてそう言ったがフューネは「あら、お世辞はよろしいのですよ」と小さく微笑んで返した。
きりりとした令息にも、ふわりとした令嬢にもなれるフューネに酷く驚いたグルーネイはフューネならもしかしたら初女騎士になれるかもしれない、と思っていた。変装をして偵察をする際に別人だと思われるほどの見事な変装技術は重宝されるのだ。
「これはこれは」
ザークがナバルとフューネの姿を認めて近くにやってきた。フューネをとられて少し不服そうに口を尖らせている。
「昨日、お見かけしませんでしたが授業には出席されているのですか」
「ええ、出席しておりました。とても面白く、卒業まで楽しめそうです」
嘘つけ、魔術で目が死んでいただろう、と目で語りかけるナバル。フューネはしれっと無視をしている。
「ザーク。という事でラレンス嬢のエスコートは諦めて下さいね」
「……今日のところは引きましょう。しかし、今後は負けませんよ」
では、と礼をしてザークは去っていった。フューネは別についてきても変わらなかったのになぜ追い払ったのだろうと不思議そうな顔をしていた。
自分がザークに求婚されたことなどすっかり忘れている。
「さて、邪魔者は消えましたし、ここにはたくさんの目があります。ようやく幼き頃の約束を叶える時が来ました」
ナバルはそう言ってフューネの耳元に口を寄せた。
「幼き頃、フューネ嬢にお会いして一目惚れをしました。その時、その思いを伝え、貴女はそれにイエスと答えた。公爵令嬢たるもの、約束を違えることはありませんよね」
「ええと」
はい?と思わず声を上げてしまいそうになったフューネはこほんと咳をしてそう言うに留めた。とりあえず状況判断をしたい。
「フューネ・ニューウェースト嬢。シェーナ王国の王太子としてお願い致します。どうか、僕の婚約者になって頂きたい」
自分の名を告げていないはずなのにナバルは知っている。そして、フューネに覚えはないが幼き頃フューネはナバルの求婚に頷いてしまっている。ザークの求婚を断ったのはナバルとの約束があったからだとすれば非難されないし、おそらく美談として語り継がれる。ここで断ればこの国での就職は難しく、口約束を守れないものに騎士という職につかせられないと一蹴されるだろう。
そんな思考をフューネは行い、観念した。頷いても断っても、男として、ニューウェーストの令嬢だと隠して騎士になるのは不可能だ。ならば。
「ええ。分かりました。王家の名とあらばお引き受け致します」
フューネは謹んで婚約を受け入れた。
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