0-009.ヌンサの魔法
「わかりました。扇子と網タイツを買ってくればいいんですね?」
朱色ヌンサのターノさんにメモを取りながら聞き返す。
「そうよ。お願いね」
手を振って返答と共に離れていく彼女へと手を振った。
「やあ、ご苦労様。どのたい焼き食べる?」
相変わらず、食べる食べないの選択肢はないんだな、と思いながらもここ数日で聞きなれたフレーズに苦笑する。現れたタイ焼き君に注文をした。
「白あんをお願いします」
「がってん承知の助さ」
とてもうれしそうにどこからともなく取り出されたたい焼きを受け取ってかぶりつく。やけどしない程度の温かさ。どこから出して、保温して、いつ作ったの?なんて疑問は持つだけ無駄だともう分かっているからいまではもう考えることをあきらめた。素直においしいたい焼きを楽しんでいる。外側はカリカリで中はもっちり。かぶりついたその先から一つ一つ割れや傷、大きさを確認して厳選された豆で作られた白あんが出てくる。あんは木目細かく潰されていて舌の上でさらりと解けてすぐになくなってしまい、しつこく舌の上に残ることもない。甘さの後に淡白な生地だけが舌に残るくらいだ。前世でもそうだったが俺はクリームのような油分を含んだものよりもあんこの方が好きだ。油分が舌にまとわり着いて残るあの感じがあまり好きではないからだ。
しかし前はあんなに抵抗したのに一度食べてからは普通に食べるようになったな。名前がタイ焼きというだけあってタイ焼き君のたい焼きは絶品っていうのもあるけど。ちらりとタイ焼き君の顔を見る。たい焼きを食べてもらっているときのタイ焼き君はすごく幸せオーラを放射する。料理を食べてもらって喜ぶ客の顔を満足げに見ているシェフのようだ。純粋に人に振舞っておいしいと言って食べてもらうのがうれしくてしかたがないのだろう。そんな姿見せられたら釣られて当初の警戒心もどこかへいってしまった。
「仕事は順調なようだね」
もごもごと食べながらタイ焼き君に頷いて返す。
ここ数日街へ連れて行ってもらえることになってから、何でも屋の仕事の一環としてタイ焼き君の手伝いをしていた。町のへの買出しで必要なものを村のヌンサに聞いて回っている。
ついでにとばかりにメモを差し出したら、なぜかメモと交換でたい焼きを渡された。
素直に二個目も口にする。む。これはただの白あんじゃない。見るとほのかに緑色が。これは抹茶を混ぜたのか!抹茶のアクセントでほのかに甘さが抑えられて二個目なのに食べやすい。
横を見るとメモから顔を上げたタイ焼き君がにやりと笑った。こやつ、やりよる。グッと親指を立てて賞賛を送ると同じように返された。
「ふむ。網タイツに扇子か。ターノさんはまだあの島にいっているようだね」
「あの島?」
「彼女は異世界にある島にしょっちゅう遊びに行っているんだよ」
「彼女は異世界へ行けるんですか?」
「誰でも行けるわけじゃないよ。彼女が特別なだけさ。なんでも赤と青の意思をもった石を祭っている島らしい。島にはその石によって生み出された人や人語を話すカタツムリやミミズや獣と奇妙な生物がいるらしいね。ヌンサに似た魚人もいるらしいよ。彼女はその魚人たちと波長が似ていたがために島に引き寄せられて島へ渡ることができるんだってさ」
いけるといっても異世界の島限定らしい。
「なんでもそこで気に入った男性に出会ったらしくてね。網タイツをはいて島の魚人のフリをして求婚しているらしいよ。あと、ん~ばばんば、だったかな?そんな感じの掛け声で太鼓叩いて島のみんなと踊るのが楽しいそうだよ。扇子はそのためかな?」
他は、とメモをめくり、
「次は何のたい焼きがいいかな?」
次のたい焼きを進めてきた。
「もう結構です」
「そういわず。君と僕の仲だろう?」
「紛らわしい言いかたしないでください!」
押し問答を繰り返していると、
「たい焼きの押し売りはやめなさい!」
厄介ごとが舞い込んできたようでため息が出た。
「たい焼き魔人タイ焼き!あんたの悪行もここまでよ!」
元気よく叫ぶ彼女はオーロラピンク色のヌンサでやたらとひらひらしたフリルを纏い、頭に小さな白い帽子をかぶっている。片手のステッキをタイ焼き君へと向け、ピースサインの指を額にかざし、 ビシッとポーズを決める様は前世で見た魔法少女のようだった。
「魔法少女マリーここに参上!」
名乗ったということはどうやら本当に魔法少女らしい。
「やあ、マリー久しぶり」
魔人と呼ばれたタイ焼き君が普通に挨拶する。どうやらこのやり取りはいつものことらしい。
「あ、うん。こんにちは・・・じゃなくてっ」
「どうもはじめまして。ヌンサ・アッシュです」
「こちらこそはじめまして。ヌンサ・マベリエリーです。マリーって呼んでください」
挨拶すると彼女も律儀に返してくれた。悪い娘ではないらしい。タイ焼き君も気にした様子はなくにこやかに笑っている。
「ちなみに見た目に騙されるな。やつの魔法少女に憧れたおっさんの転生者じゃ」
緊急事態。長老という名の余計なものが現れた。っていうか。え?いますごいこといわなかったか?魔法少女に憧れたおっさんの転生者?
驚きのあまり顔を向けた瞬間長老が吹っ飛んだ。
「長老~駄目ですよ~乙女の秘密を暴露しちゃ~」
ウィンク一つ。
「めっ、だぞ」
ピースサインを額にかざしてまたキメポーズをとっている。たださっきとは違い、ステッキだと思った杖は三分割に分かれて鎖でつながっていた。前世の知識で確か三節棍と呼ばれていた武器だ。手首を捻ると三節棍が棒の上体に戻ろうと動く。
ずるずる。何の音だろうと思ったら戻る三節棍の先端に長老がついていて引きずられる音だった。ん?でもなんで引きずられてるんだ?
よく見て気がついた。
前言撤回。棍ではなくて槍。三節槍だった。長老に槍の先端が刺さっていた。
長老大丈夫か?
引き抜かれた槍先はトランプのダイヤ型。ひし形のとても小さく短いもので戻った三節槍では最初ステッキと見間違っただけあって槍先が装飾のように見える。
長老の傷もそれほど深いものではなかった。ピクピク痙攣してるけど。
「いっておきますけど。私は今世ではれっきとした女子ですからね。そりゃあ、魔法少女といっても魔法じゃサマンサさんに勝てないけどさ」
ちぇ、と地面を蹴って拗ねてみせる。彼女の言うことにも一理ある。前世がどうだったからなんていったら、それはいまの自分を否定することになるのではないだろうか?
「そうですね。今世と前世は別物」
「そうそう。前世は前世。今は今」
ぶんぶんと音を立てて見事な槍さばきで三節槍を振り回す。
「あのさ。この世界にはね。奇跡も魔法もあるんだよ。せっかくファンタジーの世界。しかも魔法のある世界に女子として生まれ変わったんだよ。こりゃあもう夢だった魔法少女目指すっきゃないでしょ?」
ああ、この人は今世を楽しんで生きてるんだな。そう思ったらうらやましくなった。
しかし魔法か。前々から思っていたが俺でも使えるのだろうか?
「俺でも魔法使えますかね?」
「う~ん。どうだろう?才能の関係もあるからなあ」
マリーさんが困ったように首をかしげる。
「みな使えるぞ」
長老が復活した。
「ヌンサは魔力も多い。後は勉強と気の持ちようじゃな」
意味が分からない。勉強といっているからには勉強して努力すれば誰でも使えるということだろうけど。気の持ちようとは一体?
「はーい長老に質問です」
「なんじゃマリー」
「気の持ちようっていうのはどういうことですか?」
「まあ、お主らでいうところの才能みたいなもんじゃ。マリーはこの世界の魔法体系を勉強せずに魔法が使えたじゃろ。サマンサやお主の魔法はこの世界じゃ異質じゃ」
「どういうことですか?」
「サマンサの魔法は前世のものじゃ。この世界のものとは違う。最近じゃこちらの魔法も研究して新しいものになっておるの」
「じゃあ、マリーさんのは?」
「マリーの魔法は放出した魔力を思い込みで魔法にしているものじゃ。魔法の形式も体系も何もへったくれもない」
「というと?」
「前世の知識とそれによる思い込みが魔法を起こしとるんじゃ。マリーは魔法を使うとき、特に難しいことは何も考えとらん。自身の中にある魔法少女ができて当たり前のことをしているだけなんじゃ」
つまりはマリーさんの中にある魔法少女像通りに魔法を使っているということになる。
「まさしく気の持ちようですね」
いうなれば俺も魔法が使えると思い込みが激しければ魔法が使えるということだ。試しに目前の空間に水よ出ろ、と念じてみるが何も出ない。思い込みが足りないのかもしれない。
「まあ、あとは集団で使う魔法があったりするかの。お主は参加するだけでいい。みなで発動するものじゃがそれならお主が魔法を使ったことにもなるじゃろ」
「集団魔法ですか?」
「うむ。ちなみにヌンサ固有のもので『ヌンサの魔法』がある」
ふむ、と髭を一なでする。
「いい機会じゃからやって見せよう」
パンパン。長老が手を叩いて叫ぶ。
「みなのもの集まれ!」
な~に~?なんだなんだ?とヌンサたちが集まってくる。
「ヌンサインフィニティ(無限)をやるぞ。みなのもの配置につくんじゃ」
長老の掛け声と共に十二匹のヌンサが一列に並ぶ。
「みなのもの。ポーズをとれ」
『セット』
ビシッ、と各人がキメポーズを決める。太鼓の音が規則正しい間隔でリズミカルに鳴り響き、ヌンサたちがリズムに合わせて体をゆすってリズムをとる。
「詠唱開始」
『ヌンサッヌンサッヌンサヌンサ』
その呪文?を繰り返し唱えながら踵が足の付け根にぺちぺちとつくくらい膝を曲げる。それを左右交互に繰り返して進んでいった。両手は手首から先を地面に水平にしてL字を描く。
やがて一本線から徐々に『8』の字を描いていき、繰り返していた呪文とは別に合間に何か別の呪文を入れて始める。間で何の詞を言っているのかはよく分からなかった。
やがて徐々にヌンサたちの体が光り始め、
『ヌンサインフィニティ』
最期にヌンサインフィニティを言った瞬間、あたりを光が覆った。
俺はあまりのまぶしさに目を瞑り、瞼越しに感じていた光が治まったのを確認してから目を開いた。
楕円を描いて立つヌンサたち。その中心に何かが落ちていた。
身を乗り出して眺めようとした矢先、横をサマンサさんが通り過ぎる。
「よかった。ちょうどほしかったのよ」
ちょうど欲しかった?
サマンサさんが拾い上げて顔にかけたのは前世のときから見慣れたもの。メガネだった。
あれだけの魔力を放出してこれだけの手間をかけて行った集団魔法で起きたのはメガネの生成。それは魔法としてどうなのだろうか?いやいや。若しかしたらタダのメガネじゃないのかもしれない。
「サマンサさん。それ――」
サマンサさんへと問いかける。
「これ?最近読書のし過ぎで眼が悪くなってたのよ。それで長老に読書用のメガネ頼んでたの」
「ただのメガネなんですか?」
「ただのメガネよ。でも私に合わせた度のぴったりのメガネね」
「そ、そうですか・・・・・・・」
なんかがっかり感が強すぎて肩の力が抜けてしまった。
「どうじゃ。ヌンサの魔法はすごいじゃろ。メガネを生み出せるんじゃぞ!」
ドヤ顔ではしゃぐ長老。
「え~とすごいですね」
「そうじゃろ。そうじゃろ」
さらに調子に乗って喜ぶ。
「言っとくが『ヌンサの魔法』はヌンサだけが使える特別な魔法じゃ。ヌンサ以外の村の外のものには秘密じゃからな」
こんなメガネ生成魔法を自慢できるわけない。笑われるだけだ。
「こらっアッシュ。わかってるの?」
乾いた笑いを浮かべているとサマンサさんに怒られた。あせりながらもコクコクと頷く。
しょうもない魔法のことはさておき、仕事の続きでもするかな。
気持ちを切り替えて歩き出した。




