0-008.ヌンサの商人
前回から月日がたちました。仕事が忙しくて執筆が遅れ気味ですが、マイペースにかき続けます。
朝。息苦しさに目を覚ますと見知らぬヌンサと長老が目の前に。そしてなにやら手に持ったダークマター的なものを俺の口の中につめていた。
「何さらしとんじゃああああああ」
ごばはぁ、とダークマターを吐き出しながら力いっぱい叫ぶ。
「こやつ目覚めと同時にキレおった。なんて沸点の低くさじゃ!」
「沸点が低いだって!お湯を沸かすのに便利だね!」
「あ、いや水の沸点じゃなくての・・・」
勘違い発言を長老が正そうとしつつもどう説明したものかと困って言葉を濁す。感情の起伏のボーダーラインの例えとして沸点という言葉をつかった長老。しかし一緒にいたヌンサは言葉のもつ本当の意味で返している。そういえば前世でもいたな。なんか毎度言っていることに対してずれた発言を返すやつ。あと冗談を冗談と受け取れているように見えないとか。そしてあのタイプにもいくつか種類があるんだよな。理解していてずれた発言を返すやつと実際に理解がずれていて返す言葉もずれているやつ。前者は実際理解してても返す言葉がずれてるから本当に分かっているのかがわからない。後者はもとから問題外。どちらも厄介だ。
「わかってるって」
いやそのわかってるかがわからないんだよ。
「大丈夫大丈夫」
あっはっはと気楽に笑っている。前世でもそうだったがこういうのは気にしたら負けだ。まあいいか、ただそうやって割り切って流すに限る。
「それで?朝っぱらからなんのようですか?」
「こやつを紹介しようと思っての?」
一緒にいたヌンサを手で示す。いまさらながらに落ち着いて見て相手のヌンサがとんでもないことに気が着いた。前世で馴染みのあるお菓子に似ていたのだ。それは魚の形をした小麦粉生地であんこが中に入った魚の形をしたお菓子。
「どうもはじめまして。行商人をやっているヌンサ・タイ焼きです。タイ焼き君って呼んでね」
どうしよう。名前もそのもの図張りだった・・・・・
「いろんなところにいくからの。世間では『ヌンサの商人』とも呼ばれ、ヌンサの中でも特に国内外に顔の広いヌンサになる。この世界のことを聴くには適した人物というわけじゃ」
「そんな。僕の顔の広さはヌンサの中でも標準ですよ」
「あ、うん。そうじゃの。わしが悪かった」
「何で謝るんですか?冗談を言っただけじゃないですか」
詰め寄るタイ焼き君に長老が顔を背ける。確かにどこが冗談だったのか分からない。あれは受け答えに困る。
寝起きの怒りもすっかり引っ込んでしまった。
口の端がゆがむと口内に残っていたダークマターの存在に気がついた。
甘い?
舌が甘さを感じ取る。さらりと解けるようになくなる舌触り。どこか懐かしい甘さだ。
あのダークマターはなんだったんだろうか?
長老とタイ焼き君の手にはまだダークマターが握られていた。
「これかい?あんこだよ。君なら分かるんじゃないかな?」
視線に気づいたタイ焼き君が答えてくれた。
たい焼き姿のヌンサにあんこ・・・べた過ぎる。
言葉を失っていると何を勘違いしたのか、取り出した入れ物にあんこをしまい、ポンッと手を叩くと自分の顔の一部をもぎ取った。
そう。文字通りもぎとったのだ。そしてもぎ取られた手の平からわずかにはみ出た大きさのそれを差し出してきて。
「きっと起きたばかりでお腹がすいているんだね。ほら、僕の体を『ストーーーーーーーーップ!それ以上言うんじゃない』お食べぼばあ」
は~は~。心臓がバクバクと鳴っていた。気が着いたら殴っていた。前世の記憶が。本能が。それ以上言わせてはいけないと訴えたのだ。
ふと前世の記憶が蘇り、子供のころに見ていたパンがモチーフのヒーローアニメが思い出される。脳裏を過ぎるのは主人公がお腹のすいた子供に自分の頭のパンを分け与えるシーン。
ああ、自分のしたことは間違っていなかった。
ふ~、と重大な一仕事終えたことを感じて額の汗を拭う。
「突然どうしたんじゃアッシュ」
「あれ以上言わせてはいけないと前世が警告音を鳴らしたんです」
「なるほど。前世の世界に関係することならばしかたがないな。他の異世界には異世界の森羅万象がある」
何故か二人そろって納得する。
そういえば勝手にこっちの理由で殴ってしまったがタイ焼き君は大丈夫だろうか?
あ~あ~、と悲痛な声を上げている。しまった!強く殴りすぎただようだ。
「すみません。タイ焼きさん大丈夫ですか?」
「さん付けは不要さ。タイ焼き君でいいっていったろ。それにやむ終えない事情があったんだろ?僕も今度から気をつけるよ」
殴ってないほうの面を向けてタイ焼き君が気にするなと手を振る。
「そうですか」
「君はこしあん派じゃなくてつぶあん派だったんだろ?」
その言葉にほっと無出をなでおろす。後の言葉?なんのことかな?あ~あ~あ~。聞こえない。俺の耳には何もきこえなかったそれでいい。なんだかんだいってタイ焼き君は音が悪いヌンサではない。大事なことだったとはいえ、事情の知らない人に申し訳ないことをした。
「頭じゃなくて体ならいけると思ったんだけどな・・・」
前言撤回。こいつ事情を分かった上でいいやがったな。ぼそりとした呟きを俺の耳は聞き逃さなかった。ヌンサ(魚)の耳ってどこにあるのか不明だけど。
あれ?とあることに気がつく。
「さっきからずっと横向いたままですけどどうかしました?」
さっきから殴っていないほうの面だけをこっちに向けているのだ。
「気になるかい?」
「別にいいです」
あっさりと断った。
「そこは気にしようよ!とはいっても確かに気にしないほうがいいかもね」
はて?どうしたんだろう?
「だって――」
たらりと冷や汗が人で言うこめかみの辺りを伝って堕ちていく。ぶるりと寒気がした。
「――こんなの見せたら君気にしちゃうだろ?」
「ぎゃああああああああああああああああ」
振り向いたタイ焼き君の顔半分が崩れていた。その崩れた顔はまるで前世でやったゲームに出てくるゾンビを髣髴とさせた。ホラーだった。
考えてみれば自分の体の一部をあっさりと取り分けていた。崩れやすい体をしているのだろう。ましてや見た目どおり体がたい焼きでできているのなら崩れても当然だ。割れて崩れた先は黒くなっていて中にあんこがあるようにも見える。生地の量を考えればたっぷりとあんこが詰まったたい焼きということになる。
「はっはっは。そんなに驚かなくていいじゃない」
「ほんとすみませんすみませんすみません」
俺はひたすら謝った。
「大丈夫。でも体を元に戻さないとね」
そう言ってタイ焼き君は外へと出て行った。
外に出ると焚き火が準備されていた。火の上には黒い鉄板が置かれている。よく見れば前世で見慣れたたい焼きをやく鉄板だった。取っ手がついていて閉じられるようになっている。
「さあ、みんな。準備はいいかな?」
『お~!』
どこから沸いたのかヌンサが集まっていた。熱した鉄板の上に生地をしいていく。ぶくぶくと泡がでいた泡が生地が焼け固まると同時に出なくなる。生地を流し込んだヌンサが取り出した串を刺し抜きして先端に生の生地がついていないことを確認する。振り返りタイ焼き君に告げた。
「そろそろころあいです」
タイ焼き君はそれに頷いて答えると叫んだ。
「キャ~ストオフ」
タイ焼き君の衣が四方八方に飛び散る。中から現れた黒いあんこの本体が生地の中へと飛び込んだ。鉄板が閉じられ。どこからか流れる音楽。くるくると回される鉄板。雰囲気といい。音楽といい。前世にやったゲームの音楽に似ているのは気のせいだろう。
やがて音楽が停まると。
『美味しく焼けました~!』
どこからかそんな言葉が当たり一面に響いた。
鉄板が開かれ、とうっ、という勇ましい掛け声と共にタイ焼き君が飛び出てくる。
スチャ、という効果音と共に着地すると両腕を動かしながら、
「燃え上がれ、俺の小宇宙。たい焼き流星拳」
流星のごとく大量のたい焼きが流れ落ちた。
『わ~い今日のおやつはたい焼きだ~』
ヌンサたちののんきな声があたりに響く。
ふ~っと額を拭ったタイ焼き君と視線が噛み合った。
「そう。分かったと思うけど。僕はたい焼き座のセ「たい焼き座ってなんだ!」」
ついに堪えきれなくなって俺はツッコミを入れた。
手に返ってくる反発力に拳が押し返される。
「これがフカフカ生地の弾力さ。さあ、君もたい焼き食べたくなっただろ?」
スチャッ、となぞの擬音を鳴らして両手にたい焼きを構えるタイ焼き君。
「タイ焼き美味し~いよ~」
軽くホラーだった。
「怖えええよ!」
「怖くない。怖くないよ。きっと美味しいはずだから。ほっぺた落ちちゃうよ。しろあん、ずんだ、クリーム、かぼちゃ。お好み焼き風まであるよ」
「無駄にレパートリー広いな」
「さくさく食感クロワッサンたい焼きはいかがかな?」
なんか普通に食べてみたくなってきた。
ザッパ~ン。
手を伸ばしかけたとき、波の音と共にタイ焼き君が津波に掻っ攫われていった。
「無理やりは駄目って言ったでしょ」
聞きなれた女性の声。急な津波を起せるのは魔法しかない。つながる人物は一人しかいない。思ったとおりサマンサさんがいた。
「長老も見ているのが楽しいからって傍観してないで助けなさい」
よく見れば家の扉に隠れた長老の姿が目に付く。顔だけ出しているけど。ヌンサの体型だと顔がでかいから隠れているようにみえない。滑稽な姿になる。人だったころの感覚で自分もやってしまいそうだから気をつけようと思う。
「違うんじゃ」
「何が違うのかしら?少なくとも後ろめたいことがない人はそんなこといわないわよね」
にっこりと微笑む顔が怖い。
「もう。ふやけちゃったじゃないか」
ブーブーと口を尖らせながら不満な声を上げてタイ焼き君が戻ってきた。
「また焼き直しだ。別に僕は鉄板の上で毎日焼かれたいわけじゃないし、海でふやけるまで泳ぐ気もないんだけどな」
「自業自得でしょ」
「サマンサさんにそういわれるのなら僕に悪いところがあったんだろうね。理解できるかどうかは別として反省はするよ。それにどれだけの意味があるのかはわからないけどね」
「表面上だけ取り繕ったものをどう受け取るかは結局受ける側次第。つまり私は許さないわ」
ピシッ、と空気に亀裂が走ったのを感じた。
「次は乾かしてあげる」
くいくいとサマンサさんの口が動く。チーンッ、と周囲に音が鳴った。その瞬間タイ焼き君の表面が泡だって破裂。蒸発した。飛び散った生地が顔に張り付く。
「あらいやだ。私ったら前世の感覚で電子レンジの呪文唱えちゃったわ」
モハヤコトバガデテコナカッタ・・・
前世の知識どおりだと。電子レンジは電磁波で水分子を激しく振動させて食べ物を温めていた。体内に大量の水分をもつ生き物にそれをやるということは、体内で水分を蒸発させるに等しい。内部で膨れ上がった圧力を押さえきれなくなった体は爆発することになる。
アキラカニコロシニカカッテマスヨネ。
ガタガタガタガタ
体の振るえが治まらなかった。
「ほんとおちゃめが過ぎるぜ」
ビシッっと親指を立ててタイ焼き君がパチッとウィンクする。
くいくいとサマンサさんの口が再び動く。
ボッ、とタイ焼き君が炎上した。
すぐさま炎は消えたがタイ焼き君が炭化した。
「真っ黒黒助か」
真っ黒黒助のタイ焼き君が召喚された。
すっと目の前にスプーンが差し出される。
「目玉ほじくる?」
真っ黒黒助。目玉ほじくる。前世で見た謀有名アニメの一シーンが思い浮かぶ。
「いつも思いますけど。長老は転生者じゃないですよね」
はあ?何言ってんのこいつ?といいたげな顔が違うことを如実に教えてくれる。
うん。わかってる。聞いた俺が悪いんだよな。聞いたことについて考えないようにした。
「さて焼き直しだ」
とうっ、と掛け声と共にタイ焼き君が再び鉄板へと飛び込んだ。ずたぼろの体を焼き直しにかかる。
「しかしタイ焼き君はあんな状態になってまでよくあのテンションを保てますね」
「それがやつが『ヌンサの商人』と呼ばれたるゆえんじゃからの」
「何かあるんですか?」
うむ、と軽い返事に短い思案をしてから口を開いた。
「『ヌンサ商人』という呼び名はヴェネス国の国民からやつに送られた名じゃ」
「一国にどれだけの被害を出したというんですかっ!」
「なぜそう悪い方向に結び付けるっ!」
「今朝のことを思い出して自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
朝に寝ている自分の口にあんこをつめていた奇行をいっているのだが、長老は顎下の奥(胸?)に手を当てるもわからなかったのか咳払い一つして、
「月日で数えるともう四百年前のことじゃったか」
何も聞かなかったことにして語りはじめてしまった。
「行商で訪れたヴェネスでやつは国と癒着していた悪徳商人シャイロに苦しめられる人々の姿を目の当たりにしたんじゃ」
「悪行ですか?」
「うむ。市場を牛耳り物価操作。貧しい人々は食うにも困る有様。他の商人は罠にはめて破産に追い込み余計なことができぬようにし、さらには恩を売るフリをして奴隷とした」
「罠ですか?」
市場の牛耳りに物価操作か。まるで前世で見た漫画や小説にあった悪徳商人そのままだ。罠も概ね価格操作を行い、価格を下げ利益を無くし破産に追い込む。中にはごろつきを雇っての営業妨害とか。そして借金の肩代わりで逆らえなくしていいようにこき使うといったところか。
「サマンサと近い世界から転生したお主なら高度な教育も受けておろう。罠というのは概ねお主の考えとる通りじゃよ。最終的にはみな払えぬ借金でがんじがらめというわけじゃ」
まるでこちらの頭の中を読んだかのように長老が言い頷いた。
「特にシャイロの汚いやり口の一つに『借金は本人及びその親類が払うものであり、他者からの援助は不可。期日までに払えなかった場合、肉八パウンド捧げる』というものがあった」
「パウンド?」
「この世界の重量単位でお主の世界で言うキログラムじゃったか」
となると八キログラム。前世の中年太りした俺の体重が六十八キログラムだから体の約八分の一にあたる結構な量だ。
「もちろんそれだけの肉を切り取れば下手したら死ぬじゃろう。生きながらえても無事ではすまない。この世界には魔法があるが莫大な治療費が必要じゃ。借金で首が回らぬ人間がそんな金額払えるはずもない。過剰摂取となろうとも五体満足でいるために奴隷として身をささげるしかない。タダ同然の労働力の完成じゃ」
「奴隷か死か。胸糞悪い話ですね。でも俺のいた前世で似た話を聞いたことがあります。シェークスピア作の『ヴェニスの商人』というのですが――」
「肉を切り取れば血が出る。血を捧げるとまではいってはいない。肉を切り取り血を流した場合、それは契約違反となる、かの?」
驚いた。長老に先に落ちを言われてしまうとは思わなかった。
「知ってたんですか?」
「当時の転生者にその話を知るものがいての。同じことを言って負けた」
「なっ、なんだって!」
前世の知識が通用しない?物語と違ってどうして負けた?どうやって勝った?
「じゃどうやってタイ焼き君は――」
「やれやれ、僕のいないところで僕の昔話をしないでくれるかい?」
生地を焼き直したタイ焼き君が現れて内緒話を咎められる。
「さてそんなことよりも――」
スチャッ、と聞き覚えのあるなぞの擬音が鳴る。両手にはたい焼き。
「タイ焼き美味し~いよ~」
「またそれかい!」
身構えながら後ずさってしまう。
「タイ焼き君のその執念は何なんだよ!」
「たい焼きの普及こそ。僕が『ヌンサの商人』たるゆえんだからね」
タイ焼き君の両手首を掴みながら必死に押し返していると横にいる長老が答えてくれた。
「つまりこやつはタイ焼きを広げるためだけに国を相手に戦って買ったということじゃ」
「結局そういうオチかよ!」
怒りで発破が掛かり、だらっしゃああ、というなぞの掛け声と共に押し返すことに成功。
「付き合ってられるか」
そういって踵を返すと。
「そういえば長老。アッシュにあれは伝えたのかい?」
「おお、そうじゃった。アッシュ待つんじゃ」
タイ焼き君の言葉に長老が何かを思い出して俺を呼び止める。今度は何だよ、とうんざりしながら振り返る。
「タイ焼きにあわせたのには理由があるんじゃよ。もう少しで生まれてから1ヶ月になるしの。お主をそろそろ町へ連れて行ってやろうと思っとったんじゃ」
「本当ですか?」
予想していなかった言葉に思わず振り返えって聞き返す。
「本当じゃとも一週間後にタイ焼きが行商がてら町へと行くのでな。それについていく形になる」
他国にも行商に出ているタイ焼き君が保護者代わりというわけか。
「もちろんわしも保護者としてついていくがの」
「あ、それはノーセンキューで」
俺は長老同伴を即座に断った。
それを皮切りにいつもどおりの俺と長老の口喧嘩が始まった。
タイ焼き君はそんな俺らを一瞥した後。やれやれ、と俺にタイ焼きを食べさせるのを諦めて歩き出して呟いた。
「さて、今日もたくさんの人をたい焼きで笑わせなきゃね」
その両手にはたい焼きが握られていた。
ひと段落着いたらいつかたい焼き君主人公の『ヌンサの商人』書いてみたいものです。