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0-002.うお(魚)っ!なんてこった!俺、半漁人(ヌンサ)に転生!?

 もし生まれ変わりというものが本当にあるのなら、次はどんな人生を送りたいだろうか?


 いまの人生には生きがいはなく、充実はしていなかった。

 激しい起伏のない人生は、よくあるたとえなら味のなくなったガムをかみ続けるようで、二十世紀末を生きた俺の人生経験でいうなら、ただ淡々とまるで謀ロールプレイングゲーム(RPG)でのレベル上げのように人生を過ごした気がする。


 でも嫌いじゃなかった。


 だから自殺なんて考えなかったし。

 死にたいと思えども、仕方がない死を待っていた。

 それこそ手遅れの末期癌、病死。事故死とか?

 もし望めるなら人助けをした上での名誉的事故死?なんていいなと思ってた。


 生きがいがあって、生にしがみつく人間から見たら、なに言ってんだこいつと思われたことだろう。しかし、この欲の薄い俺は二〇一三年に流行語にもなった『さとり世代』という言葉が自分にしっくりくるような人間だ。

 それこそ『さとり世代』の方々からしたら共感してもらえるのではと思いたい。


 何はともあれ、そんな俺にやっと死が訪れるときが来た。

 俺は血を吐いている。

 家の畳が血で真っ赤だ。


 まったく、ここは借間だ。大家さんには申し訳ないことをした。俺の遺体を片付ける両親にも。これが日ごろの不摂生と体の違和感を放置していたせいもあるから一層申し訳ない。

 でも人の生き死になんてそんなもんだ。

 どうせ死ぬときは迷惑がかかるもんさ。

 最期ぐらい割り切らせてほしい。


 ああ、今日はやけに頭の回転がいい。

 さっきも生まれ変わりなんて考えて、自分の人生論を考えて、死ぬっていうのにずいぶんと余裕があるじゃないか。かはっ、と吐血しながら笑う。

 途端に激痛が訪れてふっと痛みが消えた。

 電気が消えたように真っ暗になった。

 ああ、死んだ。なかなか悪くない人生、死に方だ。

 最期にもし望めるのなら、さっきの自問自答の答えを思って死のう。

 悠々自適に生きて死ねる飼い猫に生まれ変わりたい。


 ・・・・・オレンジ色の金平糖?

 ・・・ハ、ハジケてぇ――




 真っ暗闇の中で目が覚めた。

あ、目を閉じているせいか。必死に瞼を開けようとするが開かない。もどかしい。いらいらする。体をゆする。全身に感じたことのある抵抗感。

この感触は・・・・・水の中?

 何でこんなところに?

あ、死んだせいか?ここはあの世で三途の川の中とか?

 体は制限されていて相変わらずうまく動かない。

 わけが分からない。なんだよこれ。

 だんだんともどかしさとイライラが戸惑いへ。そして恐怖へと変わる。

 自分の今の状態がわからない。

 死ぬ瞬間は自分が死ぬんだと落ち着いていた。でもそれは自分の状態がわずかにでも認識できることがあったおかげだった。


 いまは何も分からない。


 怖い。怖い。ここから出たい。

 いやだ。怖い。出たい。

 無我夢中で体を動かした。徐々に動ける範囲が広がっていく。

 無我夢中で暴れた。

 やがて突き出した右手が何かを突き破った。


 あああああああああああああああ


 心で叫んだ。

 右店を突っ込んだ箇所に左手を伸ばして穴を広げる。

 腕に力を込めて顔をその先へ突き出した。

 瞼の裏が明るい。

 光!


「あら大変っ!」


 心地好い優しい声が聞こえてほっとした。気が緩んで涙が出た。閉じた瞼の隙間から流れ出て顔をつたう。


「みんな。子供が生まれたわ」


 子供?

 俺?

 急にパニックから開放されて落ち着いた心でぼんやりとそう思えた。

 ああ、そうか。

 俺はきっと生まれ変わったんだ。


 ・・・・・ないないない。


 もう終わった三十四年の人生がありえないと否定。でもとあこがれた人の創造する物語の世界に思いをはせる。もしかしたら本当に漫画や小説にあった転生を自分はしたのかもしれない。触感がある これが夢だとは思えない。

 ここはどこかも分からない。自分が何者かも分からない。

 なら、ここから知っていけばいい。

 死んだはずなのに生の中にいる。

 おかしな矛盾に笑ってしまう。

 声の女性が自分を抱き上げて瞼の裏をやさしく拭いてくれる。目の周りには薄っすらとした幕でもあったのかもしれない。それがいまのでふき取られたのだと分かり、自分は新しい人生に期待を膨ら ませながら目を開けた。


 ――目の前にあったのはでっかい魚の顔だった。


「ぎょ(魚)っ!ぎょ(魚)えええええええええええええええええええ」


 絶叫した。


「ほら~大丈夫よ~。何にも心配ないからね~」


 叫ぶ俺を心配して女性?メス?のピンクの魚がゆすってなだめてくれる。

でも違うんだ。俺が絶叫したのはそういうことじゃないんだ。

 いつしか叫び声を上げることをやめていた。だからといって落ち着いたわけじゃない。たぶんいまの俺は信じられないものでも見るかのように口をあんぐりと開けて、目を見開いているんじゃないかと思う。具体的に言うとあまりの出来事に驚き叫んだ後、今度は受け入れきれない現実に心がキャパオーバーしてパンク。惚けていた。


「なんじゃこいつ。叫んだかと思ったら今度は固まったまま動かなくなってもうた」


 横からももっさもさの白い口ひげを生やしたしわの刻まれた顔の白い魚が俺を覗いていた。


「きっと長老の顔に驚いてるんですよ」

「ああ、わしがイケメンじゃからか?」

「寝言は寝てるときにいえよ老害」

「なんかいったか?サマンサ」

「この子の名前どうします?と聞いたんです。ヌンサの長の仕事じゃないですか」


 一瞬だけ明らかにおかしな言葉のやり取りがあった気がしたけれども。二人はヌンサという半漁人(はんぎょじん)の種族らしい。俺を抱きかかえてくれている女性はサマンサという名前の金髪で体がピンク色のヌンサだった。裏地紫の黒のローブを羽織り頭に魔女の三角帽を載せている。長老と呼ばれている全身真っ白のヒゲ老魚はこの種族の長らしい。さすがに長老はあだ名で名前は別にあるかもしれない?ともかく、いろいろと転生前の人生観で受け入れられない許容外の出来事に振り回されすぎて逆に冷静になれた。おかげで分かったことがある。

 サマンサの言う子供とはやはり自分のことで合っていたようだ。

 どうやら俺はそのヌンサという半漁人に転生したようだ。

 そう、半漁人に・・・ってあれ?半漁人って何だ?

 前世の世界ではいなかった生物。ここは異世界か何か?俺はそんなものに生まれ変わったのか?半信半疑でうまく動かない腕を動かして顔周りをなぞる。鼻と口が前へと伸びていくライン。人の形をしていない容貌。間違いない。俺はヌンサに生まれ変わったんだ―――


「うお(魚)っ!なんてこった!俺、半漁人ヌンサに転生!?」


 事実が俺の許容量を再び超えて思わず叫んだ。


「そうだ。じゅげむ以下略、とかどうよ」


 人の叫びを気にもせず、長老はずっと名前を考えていたらしい。というか、そんな名前いやだし、じゅげむって前世の記憶で聞き覚えがあるんだけど。ここ異世界だよね。


「以下略ってことは、そこは名前ではないでしょうから、それ以上あるってことですよね。長そうな名前。それこそ、留子貴美子明江とか続きそう・・・却下します」


 却下してくれたサマンサさんに心の中で感謝する。


「ふむ。よくよく考えれば呼ぶ側も不便じゃしな。じゃあ、強い子に育つようにワーツヨイ」

「ジジイいい加減にしろよっ!てめえの自慢のヒゲ蝶々結びにして魔法で燃やすぞっ!」

「ひいっ!」


 長老がおびえた声を上げる。サマンサさん怖い。


「魔女サマンサの魔法は洒落にならん」

「私の力なんてほんの些細なもの。魔女としての嗜み程度ですわ」

「国一つを火の海にかえるのを嗜みとは言わん」


 過去に何かあったのだろう。生まれたばかりだというのにそのとき見た長老の真顔を一生忘れることはできない気がした。


「それに町長のひげを蝶々結びとか、ユーモアのかけらもないわい」

「ここは町と呼べるほどの大きさもない集落です。町長の肩書きはあなたにありません。そのぼけた頭を治すために一度死んで生まれ変わってください」

「・・・・・・ごめんなさい」


 最終的に長老が謝った。そうなるくらいなら言わなきゃいいのに。


「さて、名無しの権兵衛(ななしのごんべえ)のままというのもかわいそうじゃしな。名前をつけてやらんと」


 名前か。そういえば前世の名前が思い出せないな。死んだいまじゃ意味はないかもしれないけど。前世の記憶を引き継いでいるといってもすべてではないのかもしれない。

 長老がヒゲを撫でながら思案する。


「・・・・・ユーミン、げろしゃぶ、ボスケテ・・・・・・・いや、ヒッポロ」


 ぼそりと呟かれたその言葉に戦慄が走る。どれもいやだ。

と思ったら急にはっと面を上げて、


「ああああ」

「お前はものぐさなゲームプレイヤーかっ!」


 思わず叫び声を上げた。それはロールプレイングゲーム(RPG)で主人公に名前をつけるのを面倒くさがった人間がつかう常套手段の名付け方だ。


「なんじゃこやつは生まれてまもないくせにこんな激しいツッコミを入れるてくるとは。まあ、本人がいやなら仕方がない。他の名前にするか」


 唐突だったがなんとかツッコミのおかげで阻止できた。しかしこのツッコミが仇となる。


「しかし、さっきのは見事のツッコミじゃったな」

「ええ、まるでツッコミのために生まれた。ツッコミの申し子のようでした」

「名は体を表すというしの。ツッコミと命名しなければいけない気もする・・・が、なぜだかそれだとわしの命が後々危ない気がする」


 長老は俺の中に生まれた殺気を察知してくれたようだ。


「ツッコミも激しいツッコミより合いの手ぐらいのほうがいい。そうじゃな。()(しゅ)と読んであいのしゅ。語呂の悪さをいじって『アッシュ』というところでどうかな」


 合いの手→あいのしゅ→アッシュ

 由来は気になるけど。わるくはない。それ以上にここで妥協しないと後で後悔することになりそうな気がする。


「ツッコミがない。どうやら気に入ったようじゃの。今日からお前はアッシュじゃ」


 ツッコミの有無で判断するな、といいたいところだったけど。俺は生まれたばかり。

なんだかとても眠い。

 まどろみの中で前世の死に際の記憶を思い出す。

 猫に生まれ変わりたいと思ったのに。

 ふたを開けてみてびっくり。俺は魚。

 これ明らかに猫に捕食される側じゃないか!

 皮肉みたいでおかしくて笑った。


 新しい人生がこれから始まる。


 今日は俺が生まれて(転生)名前をもらった日。

 俺のヌンサ人生の始まりだ。

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