17
カミタニさんに見送られ、俺は噴水前へと転送される。
結構時間が経ってしまったし、メイはさすがに居ないだろう。
と、不意に目の前の噴水の水がぐーっと盛り上がった。
そして、ざばーん。
俺はびしょぬれになった。
しかしこの気配は……
「メイ?なんすかそれ」
「あれ?もうばれた!?」
言うが早いか、水はスライムの様に粘って人型を取り、透明なメイの姿となった。
「新しい変身っすね。いつ取得したんすか?」
「ウンディーネ・スピリットっていうの。バブリースライムとアクアフィッシュのソウルで出来たわ」
こんな事ならもっと早くに作っておけば良かった。とメイは悔しがっていた。
たしかに、水中で活躍出来そうな変身だからあの龍相手にあれば良かったかもしれない。
「自分も作れるのに見落としてる変身があるかもしれないっすねぇ」
特にヒト・ソウルとか……
「ところで変身、っていうとさ。あのドラゴニュートってどうなったの?」
「ああ、結局使わないでくれってことになったっす」
「なによそれ。じゃあ丸損?」
「それはないっすよ。代わりにもらった物があるんで付いてきてほしいっす」
「なになにー?」
ウンディーネなメイはちゃぷんちゃぽんと言ったふうに歩いている。
ドレスのような服装も含め、機動力がそこまであるようなスピリットではないらしい。
そして俺はメイと通りを歩いていき、ある場所で止まった。
「えーっと、ここっすね!」
そこは、煉瓦造りの立派な家だった。
「ホームをもらったのね!」
メイが嬉しそうに飛びついてくると、体が濡れた。
「そうっす、中には生産設備一式があるんすよ!」
そして俺が三階建ての家のドアに手を触れると、『ホームに入りますか』というウインドウが出た。
YESを押すと、次いで『プレイヤー・メイに入室を許可しますか』というウインドウが出る。
許可を出すと、俺達は家の中に入れた。
「一階は鍛冶場なのね」
「料理も出来るようにしてもらったっす」
入ったところには大きな炉や鞴、金床や回転砥石がおいてあり、やっとこや金槌が壁に並んでいる。
奥に繋がるドアがあってそちらはキッチン、横にある階段から二階に行ける。
キッチンには一通りの道具がそろっている。
ひとしきり部屋の中を見たメイと俺は二階への階段を上がった。
「こっちは……裁縫?」
二階に上がると二つドアがあり、一方を開いてメイが言う。
そこの作業台の上には針や糸、それ以上に太い物などが所狭しと積まれていた。
「裁縫と革細工っす」
指し示す先には皮断ち包丁などの皮細工用品があった。
「これで服や防具も作れるっすよ!」
「おおー」
そして、隣の部屋は練金だ。
部屋には魔法陣のような物や薬草などが置かれている。
「こっちは錬金術?……早く勉強しにいかなくっちゃね」
「そうっすねー」
そういって俺達は部屋を出ると、廊下の先にある階段を上った。
「ここはリビングね!」
上がった先にはソファーやテーブルがあり、柔らかな照明も相まって落ち着いた雰囲気を醸し出している。
その奥にいくつかあるドアは一応付けてもらった個室だ。
ログアウトなんかをここでしても良いかもしれない。
「生産重視っすから場所が三階になっちゃったんすけどね」
「いいじゃない、見晴らしも良くって!」
メイはそういって窓から身を乗り出す。
続いて自分も顔を出すと……ある違和感に気付いた。
「この闘気は……!」
「は?また闘気?」
「ちょっと行ってくるっす!」
言うが早いか俺はオルトロスになり三階の窓から飛び降りる。
次いでエンプーサになったメイが壁やらを蹴って危なげなく降りてくるのを見届けるまでもなく、俺は町の中を走る。
これだけの威圧感ということは――!
ギャッ、と爪が石畳を蹴る。
「二人ともー!」
そしてそこでは。
「町中では止めるっすー!!」
「ハァァァァッ!」「ヌゥゥゥゥゥ!」
先輩とダイスケさんが対峙していた。
ガシャーン。
音に振り返るとメイがすっ転んでいる。
「どうしたっすか、メイ」
心配したのか、先輩とダイスケさんも闘気を解いてこちらを見ている。
そしてメイはやおら起きあがると体の埃を払い、笑顔で向き直った。
あ、やべ。
「またか武術バカども!!」
そして、俺達は正座でメイの説教を受けることになった。
なんで自分まで……?
で、今俺達はホームのリビングにいるわけで。
目の前では備え付けの茶葉で淹れたお茶が湯気を立てている。
「はぁー……」
メイが湯飲みを傾けて息を吐いた。
その対面では、先輩とダイスケさんが板の間に正座している。
と、言ってもこの二人の場合かえって自然に見えるから慣れというのは恐ろしい。
「で、言いたいことはある?」
どこかトゲのあるメイの声が二人に掛かり、二人がゴクリと唾を飲んだのが解った。
「もうしません!でしょ!」
「「も、もうしません」」
「よし!」
ここに二人が居るのは、野外で説教を続けるのはさすがにはばかるのでは、という自分の意見が入れられたからだ。
だが、メイの放つこの威圧感……できる……
達人二人も反論できなくなっている。
元々口が達者な人たちではないけれども……
「じゃあ、俺達は、これで……」
「退席する……」
「あ、ちょっとまつっす」
そそくさと逃れようとする二人を制して俺が声を掛けると、二人は一斉にこちらを見た。
「なんだ、ライト」
「まだあるのか」
この人達ほんとに気があってるなぁ。それはさておき。
「二人は、ここの生産設備を使ったりしてみないっすか?」
「良いのか?」
先輩の後ろでダイスケさんが肯首する。
「ほぼ減るもんじゃなしいいっすよ!というかダイスケさん」
「む」
「その生皮の胴着、何とかしましょうよ」
「むぅ……」
「まぁ、蛮族すぎるしな……」
「先輩も、ミミさんへの恩返しになんか作ってみたらどうっすか?」
「あー、そういう考えもあるなぁ……」
その後、いくらか何を作るかの話が続く。
そしてミミさんも呼んで生産設備の試用会をしよう、という事で話はまとまった。
「っちわー!生産設備ゲットしたんだってー!?」
先輩からのフレンド通信で呼び出されたミミさんは、荷物によろけながらホームのドアをたたいた。
『プレイヤー・ミミに入室を許可しますか』という表示が出るので、ためらいなくYESを押す。
するとドアがバーンと開いてミミさんが倒れ込んできた。
「おわぁあ!」
「大丈夫っすか!?」
俺はとっさにミミさんの体を支える。
柔らかい物が当たったが気にしない。気にしないったら気にしない。
見やるとミミさんは、鉄材や木材などを持てるだけ持って来たらしい。
職人気質もきわまれりである。
「いやー、GMメイドのちゃんとした設備があるって聞いてうれしくなっちゃってさ」
と、言ってミミさんは資材を鍛冶場の横に置く。
そうか、このゲームでは鍛冶用品の何もかもを一から作る必要があるのか。
「趣味でこんな生産職非優遇ゲームやってるっつってもさ、やっぱりちゃんとした工具は使ってみたいじゃない?」
ミミさんはいやに饒舌だ。よっぽど嬉しかったんだろう。
「おーミミ、せっかくだから俺の剣打ってくれよ」
今のは火山で大分痛んだんだ、龍素材はなくてもいい、とは先輩の言である。
そういえば自分も剣を作ろうとして鉄鉱石を集めていたが、あれはどうなったのだろう。
ミミさんに聞いてみたら、あの後確かめに行ったそうだ。
「残念だけど、あの鉱石は流れちゃってたわ」
まぁ、あんな鉄砲水が飛び出したのであれば、入り口近くに積んでいた物はぐちゃぐちゃだろう。
「その代わり、前も言ってたけど、私の使ってる鉄を教えるわ。今度取りに行きましょう」
今日は自分が持って来た鉄で作業をするようだ。
「うっす!」
「じゃあまずは、ケンの剣を打つところからやるわ。先手(大槌を振るって整形する役)は……せっかくだから男三人!がんばってもらいましょ!」
そして、俺達は剣を打つ事になった。
「次!」
「フンッ!」
「ホッ!」
「ハッ!」
カン、という軽い音の後に、ガンガンガンと重い音が三連打される。
横座(座って手槌を振るう制作指揮役)のミミさんの指示で、俺達は狙い過たず槌を振り下ろす。
竹刀なんかと比べると遙かに重く、先重りだが、振り下ろしへの慣れという物はやっぱり違う。
その点で俺は最初ダイスケさんを心配したけど、それは杞憂だった。
というか腰の入った見事な打ち込みで、ヘタをすると三人の中で俺がお荷物になってしまわないかという心配があるくらいだった。
だが、この中で一番様になった打ち込みをするのは先輩である。
ミミさんの相槌(打つ合図)に合わせて打つ事に不慣れな俺達は、どうしてもやりすぎたり、弱かったりする。
それを最後の締めでカバーしてくれているのが、先輩なのである。
目下では始めただの鋼の固まりだった物が、今では立派な剣の形になっていっている。
「次!」
「フンッ!」
「ホッ!」
「ハッ!」
俺達は無駄な会話をせず、一心不乱に槌を振った。
ジューッ……
鍛冶場が蒸気に包まれ、俺達は槌を降ろす。
横でずっと見ていたメイが、俺達に手拭いを渡してくれた。
「お疲れ様。あとは磨いて焼き入れて鈍して研いで拵えて完成ね」
「まだ先は長いんすねー」
さすがに作業工程の数が違った。
「そうねー、でも回転砥石もあるし、すぐよ?」
そういう物なのか。まぁどれも自分が作る時には参考になるだろう。
「でもすごい迫力ですねー……ガンガンガンって」
メイが少し呆けたようにそんなことを言う。
たしかに、やっている俺も覇気に気圧されそうで必死だった。
「それはこいつらだからって所もあるんじゃないかなぁ……」
ミミさんはそういって顔を拭いている二人の男を見やった。
あ、自分も入ってるっすか。そうっすか。
で、焼き入れの見極めを教えられたり。
試しに研ぎをやらされてみたり。
なんだかんだあって、剣は完成した。
「「おおー」」
俺とメイは感嘆の声を上げる。
先輩は剣を受け取ると、ためつすがめつしてから一振りした。
「……いつもの剣よりいいな。腕が上がったか?」
「先手が増えたせいじゃないかな、整形が早くなったから」
ちなみに、鍛冶は基本、少ない加熱回数でできあがる方が良いらしい。
人数が多ければそれだけできあがりも早いんだろう。
手っ取り早く作られた鞘に白刃を納めると、先輩はいくらだ、という。
「300Gかな。これでも手伝い代は引いてるからね?」
「おっけ、じゃあ冒険者ギルドの銀行で払うよ」
「まいどー」
300!
10Gのナイフを買う買わないと言っていた俺達とはえらい差だ。
しかし……
「冒険者ギルドに銀行とかあったんすね」
「おう、あるぞー。そうだな、お前の強さなら文句言われんだろうし今度一緒に行こう」
「うっす。前言ってたっすけどそういうもんなんすか?」
「ああ、強さの評価が生まれたてや素人あたりだと、ウサギでも狩って出直してこいって言われるんだよ」
くくっと先輩が小さく笑う。
「そうねー、ライト君とダイスケさんにも500Gくらい払うし、一緒に行くのもいいわね」
「え?そうなんすか!?」
「……」
ダイスケさんは向こうで相変わらず瞑目している。
「手伝ってもらった物を売って丸儲けって訳にはいかないでしょ?そういうのは大事なのよ」
なるほど、そういうものか。
と、納得していたら、不意に先輩が自分の剣を腰から外して投げてよこした。
「それ、やるよ」
「いいんすか?」
素朴な革の握りの剣は、手の中でずっしりを重量感を放っている。
「なに、どうせ一度に一本しか使えんのだ。構わんよ」
「あ、そのこと……」
「あー、そういやそうねぇ」
「……ん。なんかあったのか」
そして俺は変身ごとに装備が持ち越しされること、荷物持ちにしたり出来ることを、実演を交えて先輩とダイスケさんに説明した。
「……なんと」
先輩は冷静な顔をしているが、ちょっと失敗したと思っているようだ。
横ではダイスケさんが納得したように頷いていた。
「まぁ、武士に二言はないからな。持って行け」
そうして俺は先輩の剣を手に入れたのだった。




