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 東の果てに広がる“鎖された砂漠”。


 太陽に焼かれ続けるこの砂の大地に、生物はまともに生きることはできない。

 雨は降らず、ただ中天に輝く太陽だけが世界を焦がす。

 逆に一度日が沈んでしまえば、後に残るのは零下にまで冷やされた極寒の地獄だけ。

 円卓国家として名を連ねる大国スラーナは、その過酷極まる環境で唯一存在する人間の生存圏だった。


 砂と風、太陽の輝きに包まれるスラーナの王都シェオル。

 大陸中原にあるオルランドの街並みとは異なり、そこに広がるのは酷く雑然とした景色だった。

 草木の緑は皆無と言っていい。白や茶色の砂や石の色ばかりが目に付き、背の高い建物は殆ど存在しない。

 通りを行く住民は厚手のローブで身体をすっぽりと隠しており、皮膚を陽光で焼かれてしまうのを防いでいる。

 賑わいはあるが、活気があるとは言い難かった。街を貫く通りには露店が並び、街に住む人々はそこで水や食料を購入していく。

 けれどそのどれもが決して安い代物ではなく、誰もが日々を生きるだけで精一杯だ。

 そしてたったそれだけの糧すら得られない者は、静かに太陽の光に焼かれて砂の一部となる。

 人間達の版図である“既知の領域”。そこに残された十の大国のひとつ、スラーナの現状がそれだった。


「………何とも、言葉にし辛いな。これは」


 噴出して来る汗を軽く指で拭いながら、トールは素直な感想を口にした。

 暮らす人々と同じように、身体はすっぽりとローブで覆い隠している。同行しているロキやヘラクレスも同様だ。

 非常に暑苦しい格好ではあるが、三者共にそれに関しては文句と口に出さない。

 ナインテールの時のように、街中で下手に目立つのは良くない―――という理由もあるが、本当に理由はそちらではない。

 それぞれ高位の神であるトール達でも、この国の陽光をまともに浴びてはいられないのだ。


「何でこんな場所に街なんざ作ったんだ? いや、煽り抜きのマジ話で」


 砂と太陽、どちらに対しても鬱陶しそうに顔を歪めながらロキが呟いた。

 ヘラクレスも同感だと、顰め面をフードの下に隠して頷く。


「何処の神かは知らないが、気配が濃すぎる………この異常に強い太陽の光も、恐らくはその神格の影響だろうな」


 東の地に起こっているという異変。

 その実態は未だに把握できていないが、オルランドの国境を抜けて砂漠の地が見えてきた辺りから、トール達はこの国の異常に気づいていた。

 最初にそれを感じ取ったのはロキだった。懐かしいのとは違う、何処か覚えがあるような気配。

 ヘル。冥界を管理する役目を負わされた道化の神の娘。眠れる死者達の女王。

 感じたのは、それに似た神の気配だった。ヘルもまた、自分達と同じようにこの地に落ちてきたのだろうかと。


「だが、違うな。もしヘルがこの場にいて、こんだけ強い存在感を放ってんだったら迷うワケがない」


 似ているようで違う。恐らくはロキやトール達の知らない、死や冥府に関わるような神格か。

 それ自体に問題はない。未知なる神が東の地にいることは予想していたことであるし、それそのものには何の問題もなかった。

 問題があったのは、この大国スラーナが置かれている現状そのものだ。


「降り注ぐ陽光も何もかも、色濃く神威を宿している。さしずめ生者を残さず焼き尽くす、死の国で燃え盛る炎といったところか」


 あまりにも強大過ぎる神が降臨している影響か、太陽はあり得ない程の強さと熱で輝いている。

 トールはまた、熱気でにじみ出てきた額の汗を拭った。人間を超えた神であるはずのトール達でさえ、音を上げてしまいそうになる灼熱。

 年中通して自然に雨が降ることのない場所だと聞いていたが、これならば道理だ。

 恐るべき神の権能によって、この辺り一帯の環境は明らかに正常とは異なる状態で歪んでしまっている。


「………なぁ、これが話に聞く異変だと思うか?」

「可能性は高いが、何とも言えんな。聞く限り、このスラーナという国は相当以前からこのような状態であったらしいが………」


 ヘラクレスの問いかけに、トールは答えながら小さく唸る。

 ナインテールの街を出る前にベルリンドから話を聞いたり、街道を進む道中などでスラーナに関する情報はある程度は集めていた。

 曰く、“三者の盟約”の後に成立した十の円卓国家の中でも、特に古い歴史を持つ大国であること。

 国と同じ名前を冠する由緒正しいスラーナ王家を中心に、様々な理由からこの不毛の地で生きねばならなかった人々が力を合わせて一つの国となったこと。

 まともに作物を育てられないような場所ではあるが、そこはスラーナ王家と契約を交わした偉大な古竜の力によって支えられていること。

 雨が降らない地に雨雲を呼び寄せる竜の権威は絶大であり、国を実質的に支配しているのは王ではなく古竜であること。

 このスラーナという国は、成立した当時からこれに近い状態であったことは間違いないだろう。


 国の置かれている状況と、実際に街を漂う空気。

 どこか生気の薄い人々の中に紛れながら、ロキはそれらを確かめるように視線を巡らす。


「誰も彼も辛気臭いったらねーな。浜辺に打ち上げられた魚みたいな面してやがるぜ」

「こんな場所に住んでおれば、まぁそうなるだろうよ」


 死の気配が強すぎるのだ。死の神の影響を受けた太陽に焼かれ続けては、誰もまともに生きる気力など持てないだろう。

 スラーナは他国にとっても謎の多い国であるようで、事前には上辺の情報しか得ることができなかった。

 こうしてその目で確かめてみれば、ここがまともな場所ではないのは明白だ。

 異変。テスカトリポカが語っていた、東の地で起こっている何か。

 成る程、これほど甚大な影響を及ぼすような神格がいるのであれば、どんなことが起こってもおかしくはない。


「で、軽く様子は見て回ったが、これからどうするんだ?」

「それが問題じゃなぁ」


 ヘラクレスとトール、二人の戦神は揃って首を捻る。

 異常、というか国自体が尋常でない状態なのは分かったが、具体的なところはまだ何も見えてこない。

 むしろ漠然とした空気だけが途切れることなく周囲に満ち溢れており、何かを探ろうにも感覚が阻害されてままならなかった。


「こりゃ、固まってゾロゾロ歩き回るんじゃ効率悪いな」


 ため息を一つ。肩を竦めながら、先ずロキがそう口にした。


「なら分かれて探るか?」

「ふーむ、確かにその方が効率がいい気がするな。三人バラバラに分かれるか?」

「それが一番なんだろうけど、オレはお前らダブル脳筋と違って喧嘩弱いんだから察してくださいよ」


 どちらも最強と称された戦いの神。どんな状況でも平然と切り抜けそうなトールとヘラクレスに対し、道化の神であるロキは苦笑した。

 トールとしては、ロキの方こそ多少の危険ぐらいでどうこうなる絵は浮かばなかったが、逆にしょうもない理由で無意味にピンチに陥るのもロキである。

 それを聞いて、ヘラクレスは自分の胸板を軽く拳で叩くと。


「なら、俺の方が分かれて動こう。どの辺りを探れば良いかとか、アイディアはあるか?」

「街中をもう少し詳しく探りたいのと、後は街の外か。“鎖された砂漠”の奥地は人間じゃ入り込めん場所のようだが、ワシらなら何とかなろう」

「それだったら、俺は街の方を担当するぜ」

「ほう、そりゃ構わんが大丈夫か?」


 街で情報を探るのであれば、ある程度の話術は必要となってくる。

 見た目の印象からヘラクレスはあまりそういうことが得意そうには見えなかったので、トールは首を傾げて確認した。

 トール自身も当たり前のように得意ではないので、そういうことが必要ならロキに丸投げするつもりだったが。

 対して、問われたヘラクレスは自身ありげな様子でにやりと笑った。


「これでも腹芸はそれなりに心得もあるんだ。俺の先生は色々と仕込んでくれたんでな。

 それに俺はこのナリだからな。街の薄暗い部分に入り込んだってよく目立つ。向こうから寄って来てくれるんなら、そっちの方が手間も省ける」

「何があるのか分からんのだから、少しぐらいは慎重にやれよ」


 自分を囮にあえて危険を招こうというヘラクレスに、トールは苦笑する。

 とにかく情報が足りない現状では有効な手ではあるだろうし、余程の危険でもヘラクレスなら容易く捻じ伏せるだろう。

 彼が強大な神であることは、トールもロキも理解している。故に信頼して任せることにした。


「むしろ俺よりもそっちの方が大変じゃないか? 街の外の砂漠なんて、どこまで広がってるのかも分からないんだ」

「文字通り、砂の海で砂金を拾うに近い無謀だよなー。その辺どうなのよトールちゃん」

「ちゃん言うなし。どうもくそも、手がかりの一つでも見つかれば御の字だと探し回るしかなかろうよ」


 仮に異変とやらが神に関わる事態であるならば、こちらから近づけば何らかの変化が起こるかもしれない。

 行き当たりばったりなのは間違いないが、現状ではこれが一番だ。ヘラクレスがやろうとしているのも似たようなことだから、問題はない、

 脳筋ばかりで言葉もないが、ロキも特に上手い方法があるわけではないから文句は言えなかった。

 ため息をまた一つ。吐き出す息さえ、降り注ぐ太陽に焼かれている。


「あー、こんなことならナインテールの方に残ってダラダラしときゃ良かったかなぁ………。

 つーかドタバタしてたせいで、結局ベルリンドの奴にはちょっかい掛けられなかったし、やっぱり今から戻って既成事実を………」

「やめんかいアホタレが」


 あまりの暑さに頭の中が茹だってきたか、妄言を吐き始めたロキの頭をトールは軽く叩いた。

 何やら抗議の声が聞こえるが、それはサラッと流して話を続ける。


「ともあれ、ここは一端二手に分かれて情報を探る。ワシとロキは砂漠の方へ向かうが、三日経っても何も見つからんようなら一度戻ってくるつもりだ。

 その時は分かりやすいように街の外で雷を落として知らせるが、それで良いか?」

「おぉ、それを見たら街の東門まで迎えに行こう。仮に俺がいつまで経っても出てこないようなら、そっちの判断に任せる」


 相当にアバウトな取り決めではあるが、それで特に問題はないらしい。

 かたや何が潜んでいるかも分からない王都の影、かたやどれほどの広さがあるかも知れない砂漠の向こう。

 それらを目的も定かでないまま手探りで情報を集める必要があるのだから、そのぐらいの適当さは仕方なのかもしれない。

 要するに行き当たりばったりなわけだが、口にしても仕方がないのでロキは触れないことにした。


「んでー、ガバガバだけど方針的にはそんな感じでいいの?」

「ガバガバ言うな。異論がなけりゃ、早速行動に移ろうと思うが」

「おう、じゃあお前らも気をつけろよ」


 そう言って、先ずはヘラクレスがその場から離れる。

 巨体であるにも関わらず、その姿はすぐに人混みの向こうへと紛れて見えなくなった。

 途中まではトールやロキの目にも追えていたが、気づけば影も形もない。

 あの無骨な外見で忍びの心得まであるとは恐れ入った。ただ戦うばかりが能ではないらしい。


「………さて、呆けとらんでワシらも行くか。砂漠の探検だぞ」

「テンション上がらんわー。いや、お前と秘境巡りすんのは久しぶりだし、それはそれで良いんだけどよ」


 巨人の国であるヨートゥンヘイムの冒険など、随分と昔の話だが今でも鮮明に思い出せる。


「あん時は巨人の王様に騙くらかされたりして大変だったよなぁ」

「ウートガルザ・ロキか。お前も大概ではあるが、アレも相当に底意地の悪い手合いじゃったな」


 神々すらも容易に惑わす幻術使い。巨人王ウートガルザ・ロキ。

 大きな山の頂上を巨人の頭に見せかけたり、杯の底を海と繋げて幾ら飲んでも水が尽きぬようにしたり、やられたい放題だった。

 あれはあれで大変だったし、良いようにされたのは苦い思い出であるが、心躍る冒険であったのも事実。

 正体不明の神威に満たされた熱砂の地。果たしてそこには、如何なる冒険が待っているのか。


「よし、腹括って行くぞ。頼りにはしとるんだから、しっかりしてくれよ。相棒」

「おいおい、道化の神様に言うこっちゃないだろーそれ? こっちこそ信頼してんだから、ヘマしないでくれよぉ?」


 トールはニヤリと、ロキはケラケラと笑って、二柱の神は歩き出す。

 目指すは風と砂の向こう側、砂漠に隠されているだろう何か。それは謎の神格か、あるいはもっと別の秘密か。

 根拠も何もないままに、トールとロキは生命を拒む死の大地へと向かった。



 その先に待つ運命が如何なるものか、彼らにはまだ知る由もなかった。



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