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海音々(2010年)※番外編2

 四人乗りの軽自動車が渋滞に巻き込まれていた。

 銀の点線が夕暮れの名呑町を包む。窓から見える海は暗い灰色、雲と同じ色で境目がよくわからない。

「雨か」

 運転しているカナメは浮かない顔で呟いた。助手席のチャイルドシートに座っている、というより縛り付けられているといった様子のウミネネは、窓ガラスに頬を張り付けている。そのままナッツチョコを一粒食べる。指には溶けたチョコレートが残っているが、気にせず窓を触る。

「ちゃんと手を拭きなさい」

 カナメは見咎めて言うが、反応はない。

 信号待ちになり、後部座席で眠るコカゲを見やると頭を振ってため息を吐く。父親は再び娘に語りかけた。

「今日行った所な、母さんの墓なんだぞ。わかってるか」

 ウミネネはこくりと頷いた。

「――そうか。ならいい」

 カナメはハンドルを見つめて何やら逡巡している。

 数秒。

「お父さん、前、前」

 アクセルを踏んで少しだけ前に進む。静かな車内ではラジオの声が無遠慮に響き続けていた。

「続きましては去年失くなった忌野清志郎に捧げて、デイドリームビリーバー」

 ウミネネは、曲名を聞いた父親の瞳をじっと見ていた。ラジオからイントロが流れ始める。

「お父さん、ほらあれ! パチンコのパが消えてる!」

 ウミネネは急に笑いながら大声を出した。

「お父さん、あたし学校で新しいお歌ならったよ! 聞きたい?」

 父親の答えを聞かず、ウミネネは調子外れに歌い出した。後ろのコカゲが呻いた。

 ラジオのざらついた音が車内に響くが、その中でも清志郎の絞り出したような独特の高い声が目立つ。ウミネネの歌はかなわない。かなうわけがない。

「ラジオうるさいね、小さくしようか」

 音量を下げようとするウミネネの手を、父親が止めた。


 サビが流れる。


「お父さん、泣かないで。お母さんの好きなお歌だよ。お母さんいないけど大丈夫だよ」

「違うよ、ウミネネ」

 父親はウミネネの頭を撫で、目尻に涙をためて笑った。一筋、頬から顎へ伝って落ちた。


 もう一度、サビが流れる。


「俺が泣いてんのはお前らが優しいからだよ」

「――うん」

 父親に頭を抱かれ、ウミネネは嬉しそうだ。

「それとコカゲ、お前起きてるだろ」

 父親はミラーを見ながら言う。それでもコカゲは眠ったままを続ける。

「俺の泣いてるの、見なかったことにしてくれたんだよな」

 コカゲはしっかりと瞼を閉じることに集中しすぎて眉間にシワが寄っていた。

「お前も良い子だよ。母さんも――ナツもそう思って」

「前、見りぃよ」

 コカゲは目を閉じたまま、不機嫌そうに言った。父親――カナメはそれを見てニヤニヤ笑った。カナメは誰にも聞こえないように、ぼそりとひとりごちる。

「ナツ、さすがナツの子だよな。励まされちったよ。俺、もっとしっかりしなきゃな」


 ――ナツの死んだ翌年、夏の日のことだった。

読んで頂きありがとうございました。

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