第73話「王の影と知らぬ名」
第73話です。
今回は、これまで曖昧だった“人間側の動き”が
少しずつ形になってきます。
ただし――まだ全ては明かされません。
バドラスが知っていること。
そして、あえて語らないこと。
その“差”に注目していただけると嬉しいです。
一方、王都では別の角度から真実に近づいていきます。
それぞれの視点が、少しずつ同じ方向を向き始める回です。
魔王城。
玉座の間。
静寂は、空間そのものに沈み込んでいた。
バドラスは動かない。
ただそこにいるだけで、すべてが支配されている。
「用件は何だ」
短く落ちる声。
レオンが一歩前に出る。
「ヴァルク・レイドルについて聞きに来た」
沈黙。
すぐには返らない。
視線だけがゆっくりと動く。
測られている。
「……知らんな」
短い返答。
それだけだった。
悠真がわずかに息を吐く。
「だが」
続いた。
一拍。
「人間の話なら、別だ」
空気が変わる。
レオンの目がわずかに動く。
「どういう意味だ」
バドラスは視線を外さないまま言った。
「最近、人間が来ている」
短く。
「王の影だ」
悠真が反応する。
「影……?」
レオンが続ける。
「影の騎士団か」
バドラスは否定しない。
「ロビリアが拾ってきた話だ」
ダービラが小さく息を吐く。
「……やっぱりあいつか」
バドラスは続ける。
「王自身は来ていないようだ」
一瞬の間。
「影が動いている」
レオンの視線が鋭くなる。
「……交渉か」
「そうだ」
短く肯定する。
沈黙。
だが、空気は止まらない。
悠真が言う。
「何を求めてる」
バドラスの口元が、わずかに動く。
「力だ」
一言。
それだけで十分だった。
「老いている」
「そして何かに焦っている」
レオンの眉が動く。
「王か」
バドラスは答えない。
だが、それが答えだった。
「騎士団の弱体化を気にしている」
「我らに、後ろ盾になれと言ってきている」
悠真が苦笑する。
「ずいぶん都合いいな」
バドラスが静かに言う。
「人間とはそういうものだ」
「利用できるものは、利用する」
レオンが一歩踏み込む。
「受けるのか」
沈黙。
わずかな間。
「協力はできる」
バドラスが言う。
一拍。
「だが――条件がある」
空気が変わる。
重くなる。
「我らが、地上を歩くことだ」
短く。
「隠れずに、な」
悠真が息を止める。
レオンが言う。
「……それは」
バドラスがわずかに笑う。
「無理だろうな」
自分で言った。
それが現実だった。
沈黙。
場面は変わる。
王都グランセル。
石畳の街を、ララたちは歩いていた。
「……やっぱり出てこない」
リズが言う。
ララも頷く。
「情報が少なすぎる」
ローディアスが腕を組む。
「隠しているというより、見えないようにされているな」
一通り調べた。
だが、それ以上は出てこない。
「一度戻ろう」
ララが言う。
「ガイオの情報をもう一度確認したい」
屋敷に戻る。
ガイオは何も言わず、紙を差し出した。
「これ以上は出ないはずだ」
ララはそれを受け取る。
広げる。
視線を落とす。
そして――
止まる。
「……やっぱりこれ」
指が動かない。
リズが覗き込む。
「何?」
「食料……?」
紙に並ぶ記録。
金の流れ。
取引。
その多くが――食材だった。
「……一貴族が食べるには多すぎる」
ローディアスが低く言う。
「この量は異常だ」
ララが頷く。
「しかも保存食が多い」
ページをめくる。
「継続的に仕入れてる」
「単発じゃない」
リズが言う。
「何に使うの?」
ララは答えない。
視線は紙に固定されている。
そして、ゆっくりと言った。
「……これ、食べるためじゃないんじゃない」
空気が変わる。
「え?」
「使われてる形跡がない」
一瞬の間。
「おそらくどこかに流れてる」
ローディアスが目を細める。
「行き先は?」
ララは首を振る。
「わからない」
「途中で消えてる」
リズが呟く。
「……消えてる?」
ララは静かに否定する。
「違う」
一拍。
「……たぶんどこかに送られてる」
沈黙。
その言葉だけが残る。
ローディアスが低く言う。
「……おそらく地上ではないな」
空気が張り詰める。
ララの視線が揺れる。
「この先を知るには……」
「本人に近づくしかない」
ローディアスが言う。
「ヴァルクか、その側近だ」
一瞬の間。
「そう言えば、騎士団時代にロペという貴族と話した記憶がある」
「確か王都の外れに館を持っているとか」
ララが顔を上げる。
「繋がってる可能性がある……?」
「おそらくある」
短く答える。
ララはガイオを見る。
「その場所って、知ってますか」
ガイオは一瞬だけ止まった。
その反応で分かる。
知っている。
だが――
「……やめておけ」
低く言う。
ララが問い返す。
「どうしてですか」
ガイオは視線を逸らす。
一瞬の間。
そして――
「……そこには近づくな」
空気が変わる。
「戻れなくなる」
静かに。
はっきりと。
その言葉だけが、重く残った。
第73話を読んでいただきありがとうございます。
今回は大きく二つの流れがあります。
まずはバドラスとの会話。
ヴァルクの名前自体は出てこないものの、
人間側の動きとして“影の騎士団”の存在が浮かび上がりました。
そして王。
老いと焦りの中で、
力を求めて動いていることが示されています。
ここで重要なのは、
バドラスが“全てを語っていない”という点です。
知っていることと、あえて触れないこと。
そのバランスが、この世界の奥行きを作っています。
もう一つは王都側。
ガイオの情報から見えてきたのは、
異常な量の食料の流れ。
しかしそれは「使われていない」。
つまり――
どこかへ送られている。
ただし、その行き先はまだ不明です。
この違和感が、今後の大きな鍵になります。
そして最後のガイオの言葉。
「戻れなくなる」
この一言が意味するものは何なのか。
次回は
・ロペの館
・ヴァルクに繋がる手がかり
・さらに深まる違和感
このあたりに踏み込んでいきます。
引き続きよろしくお願いします。




