チェックポイントと銀の騎士
最後の一頭が、喉を木片で貫かれて絶命した。
ドサリ、という重い音が静まり返った森に響く。
「……はぁ、はぁ、……やりきった」
全身が熱い。返り血が肌に張り付いて気持ち悪いが、それ以上に心地よい全能感が全身を支配していた。
レベルアップの影響か、先ほどまで動かすのも一苦労だった5歳児の体が、今は驚くほど軽く、力に満ちている。
《条件:群れの殲滅を確認しました》
《レベルが一定に達しました。セーブデータを更新します》
脳裏に響く無機質な声。
「セーブデータの更新……? ってことは」
《死に戻り地点が現在時刻に上書きされました。これより、死亡時の再開地点は本時点となります》
一気に肩の力が抜けた。
もう、あの最初の出現シーンからやり直す必要はない。あの大狼と命がけの鬼ごっこをしなくて済むのだ。
「……あぶねぇ。あのまま死んでたら、また最初からだったのか」
ゲームオーバーの恐怖が遠のき、代わりに「報酬」の時間がやってくる。
《レベルアップ報酬:スキル【魔力操作Lv1】を獲得》
《レベルアップ報酬:スキル【隠密Lv1】を獲得》
《死亡ボーナス継続:ユニークスキル【死者の叡智(】が解放されました》
「レコード……?」
スキルの詳細を確認すると、思わず喉を鳴らした。
どうやらこれは、**「一度戦った、あるいは一度でも自分を殺した相手のステータスや行動パターンを、死後も完全保存する」**という、まさに死に覚え特化の解析能力らしい。
「えぐいな……。死ぬのが前提の、最悪で最高のチートだ」
俺は死体の中から、一際大きかった最初の一頭の元へ歩み寄った。
その胸元には、淡く光る結晶体――魔石が埋まっていた。
「これが異世界の換金アイテムか? とりあえず食いぶちには……」
そう言いかけた時だった。
「――おい。そこで何をしている、子供」
冷ややかな、しかし凛とした声が背後から響いた。
心臓が跳ね上がる。『危険察知』が反応していない? 殺気がないのか、それとも感知できないほど格上が相手か。
振り返ると、そこには月明かりを反射する銀色の甲冑を纏った、一人の女騎士が立っていた。
長い銀髪を一つに束ね、腰には精緻な意匠の剣。
彼女の背後には数人の兵士たちが控えているが、全員が異様な光景に目を見開いている。
「この惨状……ランクCの『マッドウルフ』の群れが壊滅しているだと?」
「おい、見ろよ。あのガキ、血まみれで笑ってやがる……」
兵士たちの引き攣った声が聞こえる。
確かに、ボロ布を纏った5歳児が、十数頭の魔物の死体の山の中で、返り血を浴びて魔石をいじっているのだ。通報案件どころか、怪異の類に見えてもおかしくない。
銀髪の女騎士が、警戒を解かぬまま一歩前に踏み出した。
(……誰だ? 味方か、それとも――)
その時、俺の脳裏に「最速の攻略法」が浮かんだ。
今の俺では、この女騎士がどれほど強いのか、善人なのか悪人なのかも分からない。
なら、確かめる方法は一つだ。
「……あ」
俺はあえて無防備に、隠し持っていた木片を彼女に向けた。
敵意。それも、子供が精一杯背伸びしたような、稚拙で、しかし明確な殺意。
「ほう。その体で、私に牙を剥くか」
女騎士の瞳が鋭く細まる。
刹那。
「は??」
視界が火花を散らした。
痛みすら感じない。
彼女が剣を抜いたのか、あるいは鞘で打ったのかすら見えなかった。
ただ、俺の意識は一瞬で闇に突き落とされた。
《個体名:エルーシア・フォン・アルトワによる致死ダメージを確認》
《死亡を確認しました》
《リトライを実行します》
一瞬前と同じ、狼の死骸が転がる森。
だが、今の俺の視界には、先ほどまでは無かった「文字」が浮かんでいる。
《ユニークスキル【レコード】発動》
《個体名:エルーシア・フォン・アルトワ》
《推定レベル:計測不能(今の貴方の100倍以上)》
《特性:超高速剣、魔力纏、不殺(加減ミスにより貴方は死亡しました)》
「……げぇ。不殺のつもりで5歳児を殺しちゃうとか、どんだけパワーバランス壊れてんだよ」
俺は喉を鳴らす。
だが、これでいい。「一度死んだ」ことで、俺は彼女の正体と実力を完全に把握した。
(にしても化け物すぎるだろ)
「――おい。そこで何をしている、子供」
二度目の、初対面。
彼女が声をかけてくる。俺は今度は木片を捨て、両手を挙げて「無害な子供」を演じた。
「答えろ。この罠……お前が作ったのか?」
エルーシアが倒木を指差す。俺は首を振る。
「……いや。もともと倒れかかってたのを見つけただけ。一番いいタイミングで蔦を引っ張って、そこに狼を誘導した」
「……ただの子供が、誘導だと?」
エルーシアの眉が動く。
俺は『レコード』で得た彼女の特性――「誇り高いが、実力者には敬意を払う」という性質を逆手に取り、あえて不敵に言い放った。
「生き残るためなら、森の全部が武器に見えるんだよ。……あんたのその剣も、俺を殺すには過剰すぎるだろ?」
「…………っ」
エルーシアが息を呑む。
彼女からすれば、初対面の子供に「自分の剣が過剰だ」と見抜かれたことになる。
「……面白い。その年齢でその胆力、そして私の剣圧を理解する眼力。ただの捨て子ではあるまい」
彼女は背後の兵士に合図を送る。
「その子を収容しろ。アルトワ領へ連れて帰る。……死なせておくには、あまりに惜しい才能だ」
(よし、攻略成功だ)
兵士に脇に抱えられながら、俺は内心でガッツポーズを作る。
一度死んで情報を抜き取り、二度目で最適解を選ぶ。
これが、俺の「異世界攻略」だ。




