鑑定儀式と「死」の積み残し
アルトワ領主館、謁見の間。
そこは、返り血で汚れたボロ布を纏う5歳児には、あまりにも不釣り合いな豪華絢爛な場所だった。
「エルーシア、冗談だろう? その子供が『マッドウルフ』の群れを一人で?」
玉座に座る初老の男――領主アルトワ伯爵が、信じられないといった様子で身を乗り出す。
その傍らには、いかにも神経質そうな魔術師風の男が、水晶球を抱えて控えていた。
「事実にございます、父上。この目で痕跡を確認しました。この子は……ただの子供ではありません」
エルーシアの言葉に、周囲の家臣たちがざわつく。
俺は兵士に囲まれながら、内心で『レコード』を回していた。
(領主は話が通じそうだが、あの魔術師……俺を『実験動物』を見る目で見てやがるな)
案の定、魔術師が冷たい声を出した。
「ふん、賊に拾われ、暗殺者として育てられた『調整体』の類でしょう。伯爵、まずは【鑑定】を。素性が知れぬ者を館に置くわけには参りません」
鑑定。
異世界ものの定番だが、今の俺には「死に戻り」という隠し通さなきゃいけない秘密がある。
もしバレたら、一生どこかの地下室で死と再生を繰り返される「リサーチ対象」にされるだろう。
(……一回、死んでおくか)
「おい、小僧。この水晶に手を触れろ。嘘をつけば魂が焼かれるぞ」
魔術師が邪悪な笑みを浮かべて水晶を差し出す。
俺はあえて、無防備にその水晶に触れた。
直後――。
《外部干渉:精神汚染を検知》
《強制的な記憶の抽出を確認》
《致命的な情報の流出を阻止するため、心臓を停止させます》
(……は!? そっちの『死』!?)
ガクン、と膝から崩れ落ちる。
視界が急激に暗転し、エルーシアの驚愕する顔がスローモーションで見えた。
《死亡を確認しました》
《リトライを実行します》
再び、謁見の間。水晶を差し出される「一分前」。
《ユニークスキル【レコード】更新》
《対象:宮廷魔術師ザベル》
《特性:精神干渉、記憶盗撮。鑑定と称して対象の脳を破壊し、情報を奪う外道》
(なるほど。あいつ、鑑定にかこつけて俺の脳を焼くつもりだったな)
一度死んだことで、ザベルの術式と、それを防ぐための「魔力の流し方」がデータとして頭に入った。
先ほどの魔力操作の感覚を再現し、脳への回路を遮断するイメージを作る。
「おい、小僧。この水晶に手を触れろ」
二度目の催促。俺は平然とした顔で、再び水晶に手を置く。
ザベルが「かかったな」という顔で魔力を流し込んできたが――。
(……甘い。そこを通る魔力は、さっきの死で『予習』済みだ)
俺はザベルの魔力を受け流し、逆に彼の水晶に「偽のステータス」を叩き込んだ。
《鑑定結果:表示》
《名前:ナナシ》
《職業:村人(Lv.1)》
《スキル:【投擲Lv1】【逃走Lv1】》
「なっ……!? 村人……だと?」
ザベルが目を見開く。
水晶に浮かび上がった「あまりにも弱すぎる」結果に、広間が静まり返った。
「馬鹿な……そんなゴミのようなステータスで、マッドウルフを? 水晶の故障か?」
「……知らねえよ。俺は必死に石を投げて、必死に逃げただけだ」
俺は白々しく、手に入れたばかりの【隠密】スキルを全開にして「弱そうな子供」のオーラを垂れ流した。
だが、隣で見ていたエルーシアだけは、疑いの眼差しを向けてくる。
「ザベル、その水晶は正常か? 私の目は、この子が『ただの村人』などとは言っていない」
「あ、ああ……異常はない。だが、これでは……」
ザベルが焦る。
俺は一歩前に出て、アルトワ伯爵を見据えた。
「鑑定は終わったろ? 腹が減ったんだ。飯を食わせてくれよ、おじさん」
「お、おじ……っ! 貴様、伯爵閣下に向かって何という無礼を!」
家臣たちが色めき立つが、アルトワ伯爵は愉快そうに大笑いした。
「ははは! 面白い! ザベル、その子は偽装の余地もないほど真っ白(レベル1)なのだ。ならば、エルーシアの言う『才能』を、これから私がこの手で育ててみようではないか」
(よし、潜入成功だ。まずはこの館の飯と設備で、効率よくレベルを上げさせてもらうぜ)
俺は、悔しそうに顔を歪める魔術師ザベルを視界の端に捉えながら、不敵に口角を上げた。
一度死ねば、鑑定すらも欺ける。
この世界は、死んだ回数だけ俺の味方をするらしい。




