バグの休息、あるいは新たな火種
翌朝。
王立魔導学院の寄宿舎、一等客室のような豪華な自室で、ナナシは大きなあくびを噛み殺していた。
「……ふわぁ。やっぱり、ふかふかのベッドは最高だな。地下の魔力溜まりで引き裂かれるような痛みの中寝るのに比べたら、天国だぜ」
5歳児らしい可愛らしい寝巻き姿。だが、その独り言の内容は相変わらず狂気に満ちている。
ナナシが部屋の鏡を見ると、そこには Lv30 の影響で、わずかに鋭さを増した少年の姿があった。
「さて、今日の予定は……」
部屋を出ようとドアを開けた瞬間。
「「「おはようございます、ナナシ様ッッ!!!」」」
廊下に響き渡る野太い声と、一糸乱れぬ最敬礼。
そこには、昨日までナナシを「コネ入園のガキ」と馬鹿にしていたはずのエリート魔法使いたちが、直立不動で並んでいた。
「……は?」
「昨日のアイリス前会長との一戦……拝見いたしました! 5歳にしてあの魔力量、あの体術! 我々は己の無知を恥じ、今日からナナシ様を『真の筆頭』と仰ぐことに決めました!」
リーダー格の男子生徒(16歳)が、涙ながらに拳を握りしめる。
どうやら、圧倒的な暴力は恐怖を通り越して、ある種の「信仰」を生んでしまったらしい。
「いや、俺はのんびりしたいだけなんだけど……」
「滅相もございません! 筆頭の歩く道は我々が清掃し、食堂の席も最優先で確保いたしますッ!」
ナナシが困惑しながら歩き出すと、モーゼの十戒のように生徒たちが左右に分かれ、道を作る。
5歳児が15、16歳の少年たちを従えて歩く光景は、端から見れば異様極まりない。
食堂に到着すると、そこには既にエルーシアが待っていた。
彼女の目の前には、アイリスが残していったという「謎の黒い結晶」が置かれている。
「……ナナシ。お前の『取り巻き』については後で説教するとして、これを見て」
エルーシアが結晶を指差す。
それは、アイリスが強制回収された際、彼女の肩を掠めたナナシの魔弾によって弾き飛ばされた「個人端末」のようなものだった。
「これ、組織のネットワークに繋がってるみたいなんだ。魔力を流すと、妙な文字が浮かび上がる」
ナナシが結晶に触れる。
《スキル【解析】発動(地下レベリング副産物)》
文字がホログラムのように空中に展開される。そこには、背筋が凍るようなリストが並んでいた。
『特異点修正対象:リスト更新』
• 対象A:伯爵家養子・ナナシ(優先度:SSS・即時抹殺)
• 対象B:王国第一王女・レナ(優先度:A・監視継続)
• 対象C:魔導学院教師・エルーシア(優先度:B・状況により排除)
「……レナ王女? なんでアイツらのリストに王女様が載ってんだ?」
ナナシが眉をひそめたその時。
食堂の入り口が騒がしくなり、純白のドレスを纏った少女が、近衛騎士を引き連れて姿を現した。
「――どきなさい。そこに座っている『5歳の賢者』に、話があるの」
凛とした、それでいてどこか危うい空気を持つ少女。
リストに載っていた「対象B」、レナ王女その人だった。
「……おいおい、のんびりアイスを食う暇もねぇのかよ」
ナナシはスプーンを置き、不敵に笑う。
組織の次なる一手「フェーズ3」の幕が、思わぬ形で上がろうとしていた。




