まだ、気づかぬ恋③
カチッ。
「おーい、17時だぞー!帰れるやつはさっさと帰れ!残業が必要なやつは一旦俺に報告してこーい!」
時計の針が17時をさした瞬間、武内の声がフロアに響き渡る。
田中はさっとパソコンの電源を落として、帰り支度を始めた。
そっと隣に視線をやると、何やら眉間にしわを寄せて困ったようにパソコンの画面と向き合っている近藤さくらの姿があった。
―また何か困ってんだろうな―
田中は心の中で呟きながら近藤に声をかける。
「おい、大丈夫か。」
「え?あ、はい!大丈夫です。ここの計算ミスしちゃってて、これが終われば帰れますから!」
そう言って近藤は再びパソコンに視線を落とす。
見かねた田中が、ぐいっと近藤のパソコンをのぞき込んで近藤に尋ねた。
「どこの部分だ。」
「っえ!?えーっと、こことここの、計算が合わなくて…」
「ふーん、俺こっちのデータ確認するから、お前はそっちみろ。」
「いや、いいですよ!田中さん仕事終わってるのに…」
近藤は断ってみたものの、田中は既にデータの確認に入っていた。
いいからやれ、と無言のオーラが田中から発せられている気がして、近藤も仕方なくデータの確認を続ける。
「おーい田中ー!行こうぜー!」
その時だった、フロア入り口から佐藤の声が響く。
「おう。俺この仕事だけ片付けて行くわ、先行ってて。」
「お前が残業してるなんて珍しいじゃん。ま、いいや。いつものところだからなー!」
そう言い残して佐藤は足早に走り去った。
今日は同期の男性メンバーで飲み会が企画されていたのだ。
朝の女性の誘いを断ったのも、この飲み会のためだった。
10分ほどたった時だった、
「ほら、ここ。」
そう言って田中が指差す画面には、一部計算式の誤っているセルが表示されている。
「わ!本当だ!!ありがとうございます!!」
思わず近藤から安堵の笑みがこぼれる。
「じゃ。」
田中は今度こそ仕事を切り上げ、約束飲み会場所へと向かったのだった。
―――
「1名様ごらいてーん!!」
「っらっしゃいませー!!!」
田中が居酒屋につくと、すでに佐藤とその他数名の同期での飲み会は始まっていた。
田中は佐藤の隣に腰を下ろし、注文を取りに来た若い女の子に「とりあえず生で。」と伝える。
学生バイトの女の子だろうか。
田中と一言交わした後、恥ずかしげにその場を走り去るのだった。
「お前さ、な~んか、近藤ちゃんには違う感じだよな。」
不意に佐藤が言い始める。
「なんのことだよ」
田中はいつだって冷静だ。
「普段だったら、相手が男だろうが女だろうが、向こうからヘルプ出されるまでお前から手貸すことないじゃん。そんなお前が近藤ちゃんのことだけは妙に気にかけているっていうか…お前もしかしてあれか
、ああいうのがタイプか!?」
「…ちげーよ」
そう言いながら、田中は届いたビールをグイッと喉に流し込む。
「…先輩として面倒みてやってるだけ。」
「ふーん…」
その夜、同期での飲み会は三次会まで続き、田中が自宅のあるマンションに向かう頃には時計の針は0時を回っていた―。




