まだ、気づかぬ恋②
「いや~!ほんとうに助かった~!」
そう言いながら、お昼に社員食堂でカレーランチセットを口いっぱいに頬張る近藤さくら。
彼女が手にしているスマホは、充電100%を表示している。
「それで、自分の充電コードは見つかったわけ?」
「それが鞄の下の方から出てきたんだよ~」
「あんたってやつは…」
呆れたように彼女と会話をしているのは、彼女と同期入社の鈴木 南だ。
やれやれ、と言わんばかりに一息ついて、鈴木は続けて言う。
「それにしても、田中先輩はあんたのことよく見てるんだね。普通、充電コード探してるなんて分からないでしょ。」
「うーん…。田中先輩仕事できるからなあ…、きっとそういうところの察しもいいんだよ!」
近藤は、鈴木が遠回しに言おうとしている1つの‘仮説‘を慌てて否定した。
実は、近藤はこれまで男性と交際した経験がない。
「お前みたいなブスとは、無理だから!」
思い返せば小学生の頃、そう言ってクラスの男子から盛大に振られて以降、彼女は自信を失ってしまった。
誰かを気になることはあっても、好きにはならないように気をつけている。
それと同時に、自分に向けられた好意のようなものに気付いたときも、気づかないふりをするか、自分の勘違いだと思うようにしているのである。
これは、彼女自身のいわゆる‘自己防衛本能‘みたいなものなのだ。
「えぇ?確かに田中先輩誰にでも優しいけどさ、なんかさくらには違うというか…」
続けて鈴木が話すが、
「違わないよ!そんなのあるわけないから!」
近藤は全力で否定する。
容姿や性格もよく、仕事もできるミスターパーフェクトな男が自分に興味を持つわけなどないのだから。
その時、
「よく食べるんだな。太るぞ。」
近藤の背後から声がした。
振り向くとそこに立っていたのは田中である。
「わ、田中先輩!これは、その、ちょっと…、今朝朝ご飯を食べ損ねたのもありまして…」
予期せぬ田中の登場に、さっきの話をどこまで聞かれていたのかという焦りと大食いなところを見られてしまって恥ずかしい気持ちとがあり、ごにょごにょと近藤が喋る。
そんな近藤の方を一切見ることもなく、田中は近藤たちが座っているテーブルとは1つ離れたテーブル座って和風定食を食べ始めた。
自分から声をかけておいてさっさと行ってしまうその姿に、返事の仕方が悪かったかな、と近藤は少し反省する。
「ごめんごめん!田中くん、待った?」
そう言ってテーブルに座る田中の元に駆け寄ってきたのは、今朝田中に相談をもちかけた同期の女性社員だ。
「別に大丈夫。コーヒーで良ければ、入れてくるけど。」
「ありがとう!」
田中はコーヒーを淹れるために席を立つ。
田中の向かいの席に座ったその女性は、前髪を直したり服のしわを伸ばしたりして田中がコーヒーを淹れてくるのを待っていた。
暫くして、田中がコーヒーを両手に持って帰ってくる。
その姿を見て、
「ミルクも持ってきてくれたの?ありがとう…」
感激したように、女性が言った。
どうやら彼女はコーヒーにはミルクを淹れないとダメらしい。
田中は彼女のコーヒーにはミルクがいるという情報をどこかでやり取りして、きっと覚えていたのだ。
感激した様子で女性はお礼を言うが、田中はそれには返事せず、自分のコーヒーに口をつける。
「でね、今度のA社との会議についてなんだけど、この資料が―」
といって、女性がおもむろにPCを出す。
暫くすると、2人で熱心に画面を見つめてやり取りが始まった。
―ほら、誰にでも優しい人なんだ―
そんな2人のやり取りを見て、近藤は胸の中で思う。
なぜかちょっとだけ、きゅっとなった胸の痛みには気づかないふりをして、
「私たちも行こっか!」
近藤は鈴木に言った。
「わ、ほんとだ、もうこんな時間か~。昼からもだるいなあ」
と鈴木がつぶやく。
「ほらほら、がんばろっ」
近藤は鈴木と一緒に席を立ち、食器を下げに向かったのだった。




