後編
その後、大舞踏会は何事もなかったかのように開催された。
ただハンベルト、ランゲルト、フォーカム、アッサム、ソフィアはリオン付きの近衛兵たちに囲まれて姿を消した。
私はリオンから、『舞踏会を楽しんできなさい、授業なんだから単位に関わるぞ』と言われた。
とてもそんな気分ではなかったけれど、友達たちが懸命に盛り上げようとしてくれるのが嬉しくて、結局最後まで参加したのだった。
◇◇
それから。
アッサムは脅されていたことが考慮されて、隣国の親戚の養子となりそちらで再スタートするそうだ。
ソフィアは父親も一枚噛んでいたらしく、爵位剥奪の上全財産没収となった。それから一家がどうなったのか、誰も知らないようだ。
フォーカムは絶縁され僅かな手切れ金と共に家を追い出されたという。父親は息子の罪のけじめをつけるために辞職した。
そして。私とハンベルトの婚約は解消となった。
ハンベルトもランゲルトも廃嫡となり、それぞれ辺境に住む遠縁の親戚の元に出されたそうだ。幸い王子はもう一人いるから世継ぎには困らない。まだ五歳だけれど。
「だけど分からないわ」
私はとなりを歩くリオンに疑問をぶつけた。
先ほどまで両陛下の激しい謝罪攻撃を受けていた。それはもう、逃げ出したくなるほど、真摯で心がこもりすぎていてこちらが申し訳なくなるほどの謝罪で。
見かねたリオンが、両陛下を止めて連れ出してくれたのだ。
そして気分転換にでもと、王宮の庭園の散歩に誘ってくれて、今は二人きりだ。
「なにがだい?」とリオン。
「どうしてランゲルトはあんなことを企んだのかしら。仲が良かったのは、嘘だったの?」
うーん、とうなるリオン。
「双子だからこその愛憎だったのかなと、陛下とは話しているんだ。ランゲルトからすると、生まれたのがわずかに後だったせいで王太子になれなかったのが、悔しかったのだろう。王太子になった兄には素晴らしい婚約者もいる。妬ましさが高じて、道を誤ってしまった」
「…ランゲルトも良い友達だと思っていたのに」
そうだな、とリオンはうなずいた。
「ニコラには本当に済まないことをした。10年もの王妃教育がムダになってしまった」
「いいの、そんなことは」
「もっとも第三王子はまだ婚約者がいないから、君がなってもいいのだけれど」
それは両陛下にも言われた。
「いやよ!12も年下なんて!」
「まあ、そうだよな」
苦笑するリオン。
「両陛下も私も、君の再婚約には目一杯バックアップするからな。遠慮をせずに言うのだぞ」
ちらりとリオンを見る。本気のようだ。
リオンは。23歳でありながら婚約者すらいない。噂では、叶わぬ片思いをしているから、らしい。
生涯ひとり身かな、なんて兄と話しているのを聞いてしまったこともある。
そんなリオンに言ってもいいのかな?
ずっと誰にも言わず胸に秘めてきたけれど。
今が最大にして唯一のチャンス…かもしれないよね。
自信はないけど、今を逃したら永遠に言えない気がする。
よし!
気合いを入れる!
「あのね!」
「なんだい!」
「私、なりたいものが決まっているの」リオンは、へえ、と言って優しい目を向けてきた。
「私ね、大公妃になりたいの!」
思いきってそう言葉に出すと、カッと頬が熱くなった。
「大公妃?」
リオンは不思議そうに繰り返した。
まさかの鈍感なの!?
逆プロポーズですけど!?
しばらく経ってから、リオンは
「え?」
と呟いて私を見た。みるみる間に彼の顔が赤くなっていく。
「え?僕?」
大きくうなずく。
「いや、だって6つも年上だし、大公といったって一代限りだし、君はまだ17だし」
なにやらうろたえているぞ?
そんなにおかしいことだろうか。
「私、ずっとリオンが好きだったの!ダメ?子供っぽい?」
「いや、そんなことはないけれど、いや、だけどどうなんだ?」
こんなに慌てふためくリオンを見るのは初めてだ!なんだか嬉しくなる。
「じゃあまずはお友達からよろしくお願いします!」
そう叫んで片手を差し出した。
「がんばってあなたを落とします!」
「ええっ!?いや、僕じゃ宰相殿が、納得しないよ。貴族でいられるのは僕一代限りなんだよ?」
「父様には『がんば!』って応援されてます!」
「ええっ!?」
リオンは驚愕の表情だ。
「王妃様はさっきこっそりと、リオン殿下のお部屋の合鍵をくれました!」
「何それ!」
「好きに夜這いしなさいって」
「うわわわわ!女の子のセリフじゃないから!」
真っ赤なリオン。
やっぱり私なんて、対象外なのかな。
初めて会ったときから憧れていて、いつしか大好きになっていたのだけれど。
差し出したままの手が空しい。
そっと下ろした。
せっかく婚約がなくなったのに。
どうすればリオンに振り向いてもらえるだろう。
「…宰相殿は、本当に僕で構わないと言っているのかい?」
うなずく。
「リオン殿下ほど優れた人物はいないって、大歓迎」
そんな風にリオンを評価しているのは父だけじゃない。頭脳明晰なのに謙虚で、いつも控えめに異母兄のサポートをするリオンは、貴族から侍従までみんなに信頼されている。国民にだって素晴らしい大公だと、人気があるのだ。
「そうか。ならば気にすることはないのかな」
リオンはそう言って、下ろした私の手をとった。
「友達は嫌です。恋人から始めて下さい」
にこりと微笑んで、手にキスをする。
「ずっと大好きだったよ」
ぐにゃり、とその場に座りこんだ。
「え!どうした!ニコラ!」
だって!
そんなの予想外だよ!
心臓がばくばくいっている。
「こ、腰、抜けちゃった!」
「まったく、ニコラは可愛いなあ」
リオンはそう言うと、ふわりと私を抱き上げ、
「義姉さんからの許可があるなら、このまま僕の部屋でいいよね。夜這いにおいで。まだ真っ昼間だけど」
艶然とした微笑みを向けられた。
心臓が跳ね上がる。
「いや、あの、ちょっと、その、心の準備が!」
さっきまでの真っ赤な可愛いリオンはどこに行ったの!?
「ぷっ」
吹き出すリオン。
楽しそうな笑い声が庭園に広がった。
「冗談だよ。まずはサロンでお茶を飲もう」
「…それでお願いシマス」
「了解、可愛いニコラ」
チュッと音を立てて頬にキスをされて。
覚えているのはそこまで。
薄れゆく意識の中、父と陛下が、手が早すぎるぞ!と叫んでいる声が聞こえた気がした。
お読み下さりありがとうございました。
追記。
今さらながら、既作品とあれこれかぶっていることに気づきました。
ワンパターンですみません。