14話「いえ。私が好きでやっていることですから」
あれから数日。私は今日もミュゼスちゃんを持って街を出歩いてた。
ベアトリーチェは用事があるらしく、今回はお休みである。
「あ、アルファちゃん! ほらこれ持っていきな!」
「ありがとうございます!」
異形の襲撃も今のところは小規模に収まっており、いずれも街の戦力で危なげなく対処できている範囲だ。
よって強力すぎる決戦兵器である私アルファは、休息を取り英気を養うのが仕事というわけだ。
「友よ讃えよう~我らの天使を~」
「もう! その弾き語りは恥ずかしいから止めてくださいって言ってるでしょ!」
一部の人を除けば街の人はもう私のことをちゃんと名前で呼んでくれるようになった。
……ただ、ベアトリーチェとセットと思われているのか。ベアトリーチェの居ない日は、今日はベアトリーチェ様と一緒じゃないのか、という趣旨のことをよく言われるようにもなったが。
ベアトリーチェは私と違ってきちんと役職を持っているし、忙しくて出てこれない日も当然あるというのに。
『いやあ、アルファちゃんも大分この街に馴染みましたねえ。……それで、今日はどうするんです?』
「ぶらぶらして、まだ行ってないところに顔出して、出来るお手伝いを探す感じかな」
お祭りムードだった頃はともかく、それも落ち着いた後ではあてもなく歩き続けるというのは難しい。
じゃあせっかくなら、ということでベアトリーチェと一緒に始めた小さなお手伝いが、気がつけば日課になっていた。
街の人も萎縮するかもしれないし、ベアトリーチェにいつまでも手伝わせるのは……と最初の頃は思ったものだけれど、ウェルギリウスさんの「たまには外に出て動け引きこもり巫女」という一言で続行することとなった。
ちょっとした伝言や人探しに失せ物探し、お使い程度の使い走りに簡単な清掃等。
本当に些細な、あってもなくても変わらない程度の助力。
しかし私にとってそれは、とても大きくて魅力的なことに感じられていた。
「おー、あんたが噂の天使様か。毎日頑張ってるな。感謝するのはこっちの方だってのに、そんなに張り切らなくてもいいんだぞ?」
「いえ。私が好きでやっていることですから。それから私は、アルファです」
今となっては初めて会う人にも気軽に声をかけて貰える。
街を救った英雄としての認識より、街でよく見る女の子としての認識が広まったからだろう。
「そうか、スマンな。アルファちゃんだな、覚えたぞ」
「はい。アルファです。……ところで、何かお手伝い出来ることはありますか?」
「そうだな……」
声をかけてくれたおじさんに尋ねてみる。今日のお手伝いはこのあたりを中心に廻ることになりそうだ。
*
アルファがいつものように街を廻り、人々との交流を深めているとき。
ベアトリーチェはウェルギリウスと共にクリフォト中枢、生贄の祭壇を訪れていた。
「……本当に、アルファの命を救える手段がありますの……?」
異形との最終決戦。そのときにハルモニア収束砲により魂を消費し尽くされて命を終える運命の少女アルファ。
ベアトリーチェは友としてアルファを想うあまり──その事実から目を背け、見ないようにしていた。
そんな彼女の自己防衛を突き崩し、同時に未来の可能性を見せたのはウェルギリウスだった。
「それはお前のこれからの努力次第だ。修復はした。座標も手に入れた。だが──失われた聖句だけはどうにもならなかった」
ハルモニア収束砲によりアルファが死ぬのは、魔力の消費ばかりではなくその魂を消費するからだ。
ならばその魂を追加で用意してやればいい。
ここに魂を束ね撃つ塔がある。
神でさえ匙を投げかけた不可能は、第一紀、第二紀、第三紀、第四紀全ての力の結集により解決されようとしていた。
「そこでお前の出番だ。最もクリフォトとの親和性の高い巫女ベアトリーチェ。クリフォトを使い自らの魂を星へと送り──神に会い、その記録から失われた制御聖句を見つけてこい」
かつての昔。クリフォトの可能性が模索されていた頃。薄く広く魂を集めることで消費の問題を解決しようというアプローチがあった。
事実それは成功し、その手法により幾度かの異形の襲来を退けたのだが──後に、住民の突然死が多発しその機能は封印された。
魂を削るということは即ち寿命を削るということ。一度二度ならばともかく、何度も使用すれば……待ち受けているのは、全体の衰弱死だ。
「神に……この惑星の心に……」
「精霊魔法の最盛期や第三紀の時代での研究では、稀に用いられた手法だそうだ。無論相応のリスクは伴うが……お前なら問題あるまい」
言ってウェルギリウスはベアトリーチェに青く輝く小さな魔石を手渡した。
彼女にとっては懐かしい物。まだ小さな頃、クリフォトの巫女を引き継ぐために行った儀式で用いた、制御聖句の封じられた魔石。
一呼吸の後。ベアトリーチェはそれを口に運ぶと、コクンと一息に飲み込んだ。
即座に魔力が体内で染み出し、少女の心の中で新しい聖句が紡がれていく。
「魔力放射塔、モード変更。【神との対話】スタンバイ」
彼女の口から自然と言葉が溢れ出る。
カチリカチリとクリフォト内部の回路が切り替わり、同時にベアトリーチェの精神も塔との同調状態へと移行していく。
全身が拡張され、自らが塔になっていく感覚は彼女にとってもはや慣れたものだ。
「いけそうか?」
ウェルギリウスの問いかけに、ベアトリーチェはええ、と短く返す。
そしてそのまま祭壇の中央へと移動すると、そこで手を組み目を瞑った。
「────実行開始」
祈りは囁くように。歌うように。
「惑星大魔石へ照準、低出力照射開始。帯域幅調整……コンタクト。事前プロトコル……承認。魂魄の変換を開始します」
ベアトリーチェの身体がふわりと浮かび、空間に固定される。
それと共に彼女の意識は薄れ、魂が最適な形へと成形され保護される。
「変換終了。魔力充填……完了。目標、惑星大魔石、星の海────射出……!」
ピカリ、と一瞬強い光が瞬いた。
魔力の殻に守られたベアトリーチェの魂が、クリフォトの大魔石を経由し塔中央の竪坑を通り惑星へと射出される。
「……行ったか」
ウェルギリウスは即座に踵を返し、出口へと向かう。
もはやこれ以上ここで彼にすることはないし、最後まで見守る気も無かった。
人の心などわからないし、わかりたくもない。
そう胸の内で呟きながら速やかにその場を後にする。
男にとって成否はどうでもよかった。
ただ、己の頭脳が可能だと回答をはじき出したからそれに従ったのみ。
恐らくベアトリーチェは成功し、全てを成し遂げるだろう。
それのもたらす結果は、全員の寿命のごく僅かな減少と、アルファ一人の命。
どちらが良いかという判断は彼にはできない。強いていうならば、嘆き悲しむ人数が少ないほうがいいのだろうと推測する程度のもの。
彼自身はただ、異形を駆逐し世界を取り戻せればそれでいいとだけ考えていた。




