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13話「わたくしの、初めてのお友達……」


 アルファと共に街を歩いた日の夜。

 ベアトリーチェは自室で一日を振り返り、ニヤニヤと堪えきれない感情を溢していた。


「お友達……わたくしの、初めてのお友達……」


 クリフォトの巫女である彼女は、自らの立場と役目、そして負い目から友達などというものを積極的に作ろうとはしてこなかった。

 アルファとの関係も、最初はあくまで祈祷師として治療を担当した程度のもの。

 彼女の中の冷静な部分が打ち出した僅かな打算から始まった優しさが──いつの間にか、放ってはおけないという気持ちにすり替わっていった。

 心の隙間に入り込んだ感情は強く抑えがたく、気がつけば今までの彼女からは考えもつかないようなことをしていた。


 ベアトリーチェという少女は、必要な時に冷静な判断を下せる一方で、それに対してどこまでも感情的になってしまう性分なのだ。


 故に彼女は今までクリフォトの巫女として淡々と職務をこなし生贄を数え選び処理しながら、それ自体に強く心を痛め無意識のうちに他人と距離を置いていた。

 自ら近寄りがたい雰囲気を醸し出す彼女へと堂々と近寄れたのは、それこそ無粋と無遠慮が服を着て歩いているようなウェルギリウスくらいのものだ。


 だが、今は違う。

 初めての友達であるアルファだけではない。

 久方ぶりに自分の意思で歩いた街では、皆怖じ気も怯えもせずにベアトリーチェを受け入れていた。

 これがアルファと出逢う前の彼女であったのならば、あまりの距離感に皆遠巻きに見て声をかけるくらいのものだっただろう。


「アルファ……」


 彼女は、思う。

 どこにでも居るような普通の女の子。

 けれども強大な力を持ち、死の運命を背負う女の子。

 誰よりも強く生きたいと願っており──誰よりも簡単に死地へと飛び込めるであろう女の子。


 クリフォトの巫女として沢山の人間の魂に触れてきたベアトリーチェだからこそ、一目でその歪さと美しさが理解できた。

 あれほどの気高さ(歪さ)が他にあるだろうか。

 あれほどの狂気(美しさ)が他にあるだろうか。

 

 アルファの魂の輝きは眩く、側にいて言葉をかわすだけで勇気を与えられ励まされるよう。



(そしてこれは、わたくしからですわ)


 ベアトリーチェの脳裏に、今までの自分からは考えられないような大胆な行動が思い起こされた。

 きっとあれは、アルファの眩しさに当てられてしまったのだと彼女の理性は考え、心臓の鼓動を落ち着かせようとする。だが、それを上回るほどの感情がとめどもなく溢れ、クリフォトの巫女ベアトリーチェからその仮面を剥ぎ取っていく。


(ただの女の子ベアトリーチェから、ただの女の子アルファへの。お友達に渡すプレゼントです)


 お友達、という言葉が何度も頭のなかでリフレインして、その度にこみ上げる嬉しさと恥ずかしさが、彼女を強く突き上げた。


「──────っ……っ!」


 とうとう堪えきれず、ついにベアトリーチェは枕に頭を突っ込んで身体をバタバタとさせる。

 冷静で、冷淡で、ツンとした表情を崩さない普段のベアトリーチェを知るものからすると、到底想像も出来ないような行動だ。



「………………」


 ひとしきり暴れて落ち着きを取り戻した彼女は、今度は自分のはしたない行動に赤面した。

 こんなにも心が乱されるのは、初めてクリフォトの巫女として職務を達成したときくらいだとベアトリーチェは思う。


「自分の思う以上に、わたくしは参っていたのでしょうか……」


 友達ができたなんてそんな些細なことで、ここまでおかしくなってしまうなんて。

 もしかすると、自分の心はずっと昔に壊れてそのままだったのかもしれないとさえ考えた。


 ──アルファ。わたくしのお友達。期せずして、わたくしを救ってくれた人。


 アルファを想えば想うほど、ベアトリーチェの心は満たされ癒やされていく。

 そして同時にアルファを待ち受ける運命が、ベアトリーチェの心へと暗い影を落としていくのだが──普通の少女としての願いを満たされた彼女は、意識的か否か、その事実に目を向けることはなかった。



            *



 人類最高の頭脳である男ウェルギリウスは今日も一人、クリフォト内部の高速エレベーターを利用していた。

 きたるべき最後の瞬間、その時を悲劇に染めぬよう伏線を張るためである。


「全く、どうして私がこんな面倒なことを……」


 彼がひとり悪態をつく相手はアルファでも、ミュゼスでも、ましてやベアトリーチェでもない。


「聡明な頭は私の武器だ。それはいい。性格の悪いとされる性分も、別に気にはしていない。だというのに──どうして私は、人の心(、、、)などというものがよく見えよく認識できる観察眼を持って産まれてしまったのだ」


 そんなものどうでもいい、気にもしたくないと彼は己に憤る。

 生来の研究者肌である彼にとって、それは紛れもなく余分なものだった。

 その観察眼さえ無ければ、せめて真面目な気質を持っていなければ。彼はアルファの死もベアトリーチェの嘆きも全て無視して、ただ人類全体のことだけを考え残酷に世界を救えただろう。


 だが、現実はそうではなかった。

 ウェルギリウスはこれ以上無いくらい正確に、少女たちの痛みと悲しみを理解していた。

 理解してしまっていた。

 ……最も彼自身は理解して尚、それがどうしたと考えてはいるのだが。


「くだらない。全くくだらない。人類の存亡がかかっているというのに、個人の生き死になど──」


 エレベーターが止まる。

 ウェルギリウスはぶつくさと文句を言いながらも、足早にクリフォト内部の整備用通路を目指した。




「…………よし。これでここは問題無いはずだ。事前にテスト出来ないのが不安要素ではあるが」


 内部の魔法式を解析、その意味を判別して破損箇所を魔石を用いた魔術で修復する。

 失われていたクリフォトのもう一つの機能(、、、、、、、)を復活させるため、彼は元より少ない睡眠時間を更に削り作業を進めていた。


 本来ならば膨大な時間と人員をかけて行う作業だ。

 だが、彼の類まれなる才能と知られざる努力がそれらを効率化し、僅か数日にして既に終末の時に間に合わせられるだけの目処をつけていた。

 むしろ全体を把握しつつその場その場で対応していく分、人数を費やすより遥かに早く事が進んでいるといえよう。


「後は向こうの位置と稼働状況の確認も居るな……集めた資料と天文台の観測で足りればいいが」


 どうしようもなければこの計画の要となる情報をもたらしたミュゼスに投げればある程度はどうにかなるだろう、とウェルギリウスはあたりをつける。

 彼女の協力が無ければ、彼はこれに実現性を見出すことが出来ず、全ては机上の空論で終わっていただろう。


「あの人工妖精もなかなかどうして人間味を持っている。こんなもの、合理的に考えれば完全に無駄でしかないというのに」


 思わずそう呟いてしまうほど、彼から見て彼女は明らかに非論理的な行動をしていた。

 機械的にしか考えられないはずの人工妖精が、使い手である少女に情を抱き行動を起こすなんて──それこそ、そんな不合理を人間的と呼ばずしてなんと呼ぶべきか。


「……いや。付き合ってしまっている時点で私も大概か」


 出来るのならばもう少し人でなしに産まれたかったと男は心底思う。

 いくら実現性があるからといって、こんな風に自ら汗水たらして働くようでは、まるでお人好しのようではないかと。


「せめてもっと無謀な賭けであったのならばな。……可能にしてしまう私の頭脳が恨めしいぞ、全く」


 そんな風にぼやきながらも、ウェルギリウスはテキパキと必要な作業をこなしていく。

 全てはアルファの命を救い、ベアトリーチェの心を守るために。


 これで彼が人情や人間愛から行動していれば美談となるところだが、残念なことに彼は一切そのようなものは持ち合わせていなかった。

 彼はただ、自分の能力と権限で可能だからやっているだけ。それに、どの道最後に(、、、、、、)決めるのは(、、、、、)彼ではない(、、、、、)

 奇跡は待つばかりでは起こらない。アルファが人として生き、ベアトリーチェが友のために真摯に祈ってこそ、物語はハッピーエンドに向けて動き出すのだ。


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