◆一つの終幕◆
ディートの屋敷について、私はじっと彼の帰りを待っていた。
「……ミラ、おまえ、顔真っ青だぞ」
「だって」
屋敷にも入らず外で待つ私に、スティーグが呆れたようなため息を吐く。
「あいつなら大丈夫だって言ってるだろう、認めたくない話だが、今のあいつは魔術とあわせて俺よりずっと強い」
「……そう、なのですか?」
「もうおまえが思ってるほどガキじゃないんだよ」
飛竜の翼の音が聞こえ、ほどなく待ち望んでいた声が聞こえた。
「ミラの中で僕はまだ子供のままなのかい?」
「ディート!」
思わず駆けだして、そして、立ち止まる。
「あ、の、よかった、です、無事で、ずっと心配して」
「……」
けれどディートはとても不機嫌そうな顔で歩み寄ると、私がさがる前に腕を掴んだ。
「スティーグ、助かったよ。今日の礼は必ずしよう」
「その礼なら、今からミラに無茶をさせないってことで帳消しにしてやるよ。気持ちは分からんでもないがな」
「……分かったよ」
そんな会話を聞きながら、私はと言えば緊張から震えていた。
おそらくディートもそれに気づいている。
――どんな顔で、どんな声で、また彼に接すればいいのか。
屋敷へ入り、彼の部屋へと引っ張られていく途中私は考えていた。
「おかえり、ミラ」
部屋に入り、抱きしめられても私はがちがちに固まったままだった。
ディート達のことを、思い出した、けれど。
それについてやって来たのは、エルメルとの耐えがたく認めがたい記憶だった。
「……あの、ディート、わたし、は……」
「君が、忘れたいのなら忘れさせてあげることもできる」
ディートの言葉に私は首を横に振る。
「いいえ、いやです、そんなことは……しないでください」
彼の肩を押し、少しばかりの距離を取る。
「ディート、助けてくださったことは感謝しています、けれど――」
「その先は聞きたくない」
痛むほど強く手首を掴まれた。
「そんなよそよそしい話し方だって、されたくない」
どう伝えればいいか、私は考えていたのだがふと、ディートの腕に滲む血に気づいた。
「! ディート、怪我を?」
「こんなの、大丈夫だよ、それより――」
「よくないです! よくありません!」
手当をしなければと、道具を探して周囲を見回していると小さな笑い声が聞こえた。
視線を戻せばディートがおかしそうに笑っている。
「ディート! 笑いごとではないのですよ! はやく手当をしませんと……」
「……大丈夫なんだよ、ミラ」
そう言うと、彼は私の手を放して自らの傷口に手を当てた。
ほどなく、血の滲んだ衣服ごともとに戻っていく。
「……」
ディートはきょとんとしている私をもう一度抱きしめて、額にキスをする。
「ミラ、お願いだから、これからも僕のそばに居て」
「……だって」
安心すると同時に視界が滲み始めた。
「あなたがまたこんなふうに怪我をするのは嫌です、あなたが悪く言われるのも嫌です、あなたを傷つけるのも嫌なのです」
「もしその言葉が本当なら、最期まで一緒に居て、ミラ」
優しく囁かれた言葉に、私はこれ以上強がれなくなってしまった。
彼の背に腕をまわす。
「よいのですか、本当に、私でも」
「そうじゃなかったら、最初からこんなにも君を求めなかった」
私は目を閉じて、彼の胸に頬を寄せる。
「……愛しています、ディート」
「うん」
これが、私達の一つの終幕。
これにて本編は完結となります。
お付き合いくださりありがとうございました。




